R-103 恒星船だって!
「俺も気になって、南のジャングルを調査したんだが……」
爆撃前に俺のところに寄ったユングにサンドワームの営巣地から南に向かうグリードについてたずねたところ、すでにユングは調査を終えたらしい。
「典型的な熱帯雨林のジャングルだ。小型の獣は多いようだが、種類を特定することは諦めた」
「全てグリードに淘汰されると言う事か」
ユングが小さく頷いた。今は生きてはいるがグリードが向かった段階で地上から淘汰されるとはむごい話だ。
生態が良く分からないから、他の地に移動させてもそこで繁栄するかどうかは疑わしい。
「ある意味、最初から分かっていたことだ。今更の話だな。ヨルムンガンドの南には最終的には草木も残らない荒地になる運命だ。だから俺も生態系を破壊するようなジャングルの焼却に力を注いでいる」
「そうだな。奴らをヨルムンガンド南に閉じ込めれば俺達の勝ちだと姉貴も言っている」
増えすぎたグリードを養うだけの獲物が無ければ、飢え死にするだけだからな。ある意味ソフトキルと言う事になるんだろう。
「それよりも気になるのは、前にミズキさんが言った言葉だ。この戦の後を考えるのは早い方が良いぞ。俺も気になって色々と調べてはいるんだけど」
「お前に分らないことが俺に分かると思うか?」
俺にニコリと笑いかけてタバコの箱を取り出した。
2人で分けて火を点けると、ディーが俺達にコーヒーを入れてくれる。
「まぁ、そう言うな。俺達2人はある意味対極にいる。それが重要だとこの頃分かってきた。唯一、同じ部分は悪人ではないと言う事位だろう」
無機質の身体を持ったユングと有機質の俺は共に無限の時を生きていくことになりそうだ。似たような連中がいるから寂しくは無いけど、そんな俺達だから長期的な目で、この世界の事象を見守っていくことはやぶさかではない。場合によっては、今回のように積極的な介入を行う事になるわけだが……。
「カラメルの長老達も意見を持っているんじゃないかな?」
「同じような存在になりつつあるな。介入するに積極的か消極的かの違いだが、科学力はバビロンを遥かに越えている。最終的にはカラメル族と同じ道を歩むことになるんじゃないかと思ってるんだけどな」
ん? 待てよ。確か姉貴は『ヒントはカラメル族にある』と言っていた。
その上で、『サーシャちゃんでも出来そうだが知識が足りない』とも言っていた。ユングにそれを頼むという事になるんだろうな。
サーシャちゃん達に足りないのは科学的な物の考え方になるんだろう。そうなると……。
「何か分かったのか?」
「ああ、昔の話だが、歪を俺達で同時に破壊したことがあったよな……」
あの時に、カラメル族と対応を話したことがある。それを思い出すままにユングに行かせることにした。
「なるほどな。確かにそれも一つの方法だろうが、次元の融合によるエナルジーの開放がどれほどの範囲に影響を与えるか想像も出来ないな。やはり歪の破壊は正解だっと思う。それより、カラメル族の過去に起こった方が問題なのかもしれないな。この地球にだって起きないとは限らない。いや、起きると考えた方が良いのかもしれないな」
ユングが黙ったままコーヒーを飲んでいる。
奴なりに色々と考えているに違いない。こういう時にはユングを頼りにできる。
「何となく分ったぞ。たぶんエクソダスを考えてるに違いない。それも大規模なものだ。この世界に住む住人を余すことなくと考えてるに違いない。その方法は……、そう言う事か。確かに俺達が適任だな。カラメル族に協力して貰えば、少しはやり易そうだ」
「姉貴の考えがわかったのか?」
「概要はどうにかだな。たぶん間違いないと思うぞ。ミズキさんの考えてるのは、メテオストライクに対する備えだ」
「何だと!」
メテオストライクなんて早々起きるものではない。だが……、確かカラメル族の母星はそれで滅んだんだよな。
キューブを通して見た光景は悲惨なものだった。最後の恒星船が出航しても、あの星にはかなりのカラメル族が残っていた。若者を率先して乗せていた姿には今でも頭が下がる。
「カラメル族はメテオストライクで銀河を放浪してここに来たんだ。かなりの船が母星を逃げ出したんだが……」
「たぶん悲惨だったに違いない。通常なら、メテオインパクトに気が付いてから、その瞬間までの期間は短いんだ。1年もあれば凄い科学力だと思うな」
確か、それ位の期間じゃなかったか? ということは、事前に恒星船を作ると言う事になるぞ。
だが、万単位で人を乗せる恒星船を作るのは今の科学力では不可能だ。
姉貴は、その対策を俺達に考えさせようというのだろうか?
「グリードを迎撃しながら、長期的な視点で恒星船の設計を俺達でやれってことなのか?」
「いや、すでに案を持っているに違いない。カラメル族を越える恒星船の当てがあるに違いない。明人が昔言ってたな。ミズキさんは俺達を超越した存在だって?」
「そうだ。俺達と同じ人間だけど、意識の中にもう一つの存在を持っている」
ユングが取り出したタバコの箱から1本失敬して、ジッポーで火を点けた。ユングが咥えたところで火を点けてあげる。
「済まんな。……たぶん、その意識が警報を出してるんだろう。時間軸は分らないけど、この間の話ではかなり先の話にはなるんだろうな。その時に慌てないようにと俺達に宿題を出したに違いない」
かなり回りくどい言い方だな。
ある意味、直ぐにどうと言う事は無いって事か? だが、それは確実にやって来る。それをどんな形で収拾させるかが問題だと言う事になる。
ハードはユングにソフトは俺にとも言ってたから、恒星船の方はユングン任せると言う事になるんだろう。だが、ソフトと言うのは……。まさか俺に恒星船に乗せる人員を選べというんじゃないだろうな?
残れば間違いなく死んでしまう。乗せるのなら全員だが、そうなると恒星船の大きさは途方もないものになるぞ。
恒星船をたくさん作るというのも選択肢としてありそうだが、だいたいどれ位乗り込めるんだ? 一旦船出したら、船内で世代交代をしながら進むんだろうから、資材が積荷の9割を占めてもおかしくは無いような気がするな。
「明人、最低でも数十万人は必要だ。新たな大地に降り立って人類を繁栄させるためには、ある程度の母数が必要なんだ」
「必要な空気と水、それに食料を考えると、いったいどれほどの規模になるか考えも付かないな」
「だが、いつかはクリアーしなければならない。100年後ということは無いだろう。少し考える時間があるのがありがたい話だし、物理科学を発展させることも可能だ。5世代も立てば現在の魔道科学はもっと進むだろう」
概念を考えてみると言って、ユングは指揮所を出て行った。
その概念でさえ、しばらくは掛かるんじゃないかな。フラウがいると言っても現在はグリード対策で忙しいはずだ。
恒星船の概念ができてからが俺の仕事になるんだろうか?
いや、それまでに乗せる動植物のリストを作っておいた方が良いのかも知れない。バビロンやユグドラシルは胚や種を多量に保管していたのは、アルマゲドンの後の地球創生を考えての事だろう。
その考え方は踏襲できるんじゃないかな? バビロンの神官にアルマゲドンの後の地上の再生についてレクチャーして貰うのが一番だろう。次にユグドラシルの神官にも頼んでみれば、2つの地下都市についての新たな知見が得られるだろう。
・・・ ◇ ・・・
グリードがウルドの対岸に集結し始めてから、半年が過ぎようとしている。
砲撃と爆撃で未だに20万以下に納まってはいるのだが、昨日ついに新たな行動に出た。グリード達が数十の数で体を寄せ合い、運河を越えようとしたのだ。
ウルドの南の石塀から戦闘工兵達の放つ銃弾によって、運河の半ばを過ぎる群れは幸いにも無かったが、これが大規模に行われたら厄介なことになる。
あれほど遊よくしていたサメ達の姿が見えないのも気になるところだ。
新たな海生生物が運河に入り込んでいるのだろうか?
「いつの間にか、サメがいなくなったのう。運河に落ちたグリードを良く食べてくれたのじゃが……」
「カニが多くなったせいではないか? 港にも数匹姿を現したそうじゃ」
夕食後に小さなカップでワインを飲む。
夜間はキャルミラさんとディーが状況を見て対応してくれるから、俺達は数時間の睡眠が取れる。
姉貴もちゃんと睡眠をとっているのだろうか? 向こうにはアテーナイ様とユングのところから出して貰ったラミィがいるのだが、姉貴の考えは俺達の斜め上を行く時があるから、振り回されていないか心配になる。
それでも着実にヨルムンガンドの運河を東に伸ばしているんだよな。来年にはスクルドに届くかも知れないぞ。
「サーシャ達の工事は驚くべき早さじゃな。このままで推移すれば、再来年には運河を連結できるのではないか?」
「問題は、運河の管理だと思う。潮の満ち引きでかなり土砂が堆積しそうだ。それに運河の深さも問題だろうな」
ユングの話では大西洋の方が太平洋よりも水位が高いらしい。バビロンの趣味レーション結果では100年ほどで運河が2倍に広がるらしいが、その土砂がどこに退席するかまでは分からないらしい。一応、スクルド付近であろうというころで大きな湖を作ってはいるのだが、あまりあてには出来そうもない。
「ウルドの海側は港もあるから水深があることも確かだ。やはりカニが増えただけでサメがいなくなるのも考えにくい。サメの天敵が入り込んだと見るべきなんじゃないか?」
「それも考えられるのう……。とはいえ、海中の中じゃ。海面を見ているだけではわからんのう」
生態系に何らかの異変でもあったのかもしれないな。とはいえ、けっこう物騒な生物だから、いなくなってほっとしているのは俺だけなんだろうか?