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辰砂  作者: 藤代美杏
3/3

東への確執

【第三話】


 その後の行程も順調だった。はぐれ兵などに会うことも無く、目的地まで到着した。そして辰砂が心配していた支子の様子は変わることなかった。

「辰砂、どうしましたか?」

 キャラバンを目的地の町まで送ったあとはセプトの目的地は北になった。国境すれすれの道を北に向かう旅路はキャラバンに相乗りさせてもらっていた馬車旅に比べては大変だったが、和気あいあいとした和やかな旅立った。一人、支子を除いては。

「支子の様子がおかしい」

「そんなのいつもでしょう、喋れるのに喋らないんだから」

 休憩中渇いたのどを潤しながら考え事をしていると憲房が話しかけてきた。思っていることを素直に言えば、非常に現実主義な憲房らしい返事が返ってきて笑ってしまった。

「なんですか、そっちから話しを振っておいて」

「ははは、いや憲房らしい」

 同時にこれは自分らしくないと思う。自分はうじうじ悩んでいるタイプではない。


「東に残してきた家族でもいる?」

 東の方を向きながら歩いている支子に言ってみる。まるで名残惜しんでいるような姿は東方皇国が支子の故郷であると考えさせるには十分である。支子がセプトに来たばかりの頃、裏葉の情報網では支子が引っかからなかったということから東の人間であるという確信はあった。

 辰砂の言葉に振り返った支子は辰砂が想像したよりも穏やかな表情だった。驚いたような表情の後に自嘲するような笑み。瞳には寂しさの光が宿っていた。見覚えがある、昔の自分の表情に似ている。


 捨ててきたのか、捨てられたのか……


 支子はゆっくり首を振る。辰砂は心の中で深く頷いた。そうか、支子はあたしと一緒なんだね、と。

「どうしてかって? だって支子、東に近づくにつれてどんどん顔が怖くなっていったし、ずっと考え込んでたし。丸わかりだ」

 支子は参ったな、というような顔をする。無自覚だったのか、どう弁解しようとしているのか手に取るようにわかってしまうから、思わず吹き出してしまう。いきなり吹き出した辰砂を支子は目を丸くして見返す。

「悪い悪い、あんまりにも分かりやすいから、つい……フフフ」

「辰砂さんどうしたんですかー?」

 いきなり笑い出した辰砂に支子の他のメンバーも少し驚いたようだ。それぞれの雑談を止めて辰砂と支子の様子を見ている。

「いやー、支子ってわかりやすいなって思ってさ。コロコロ変わる表情見てたらついね」

「支子の表情わかるの辰砂だけだよ」

 裏葉の容赦ない突込みでみんなに笑いが伝染する。滅多に笑わない竜胆も口角を少し上げていた。

「なんか楽しそうだなぁ」

 遠くから投げかけられた声に一同雰囲気を一変させ気を張り詰める。唯一蘇枋と竜胆を除いて。

「鴇か!」

 声の方をした方に目を凝らせば先にある木の枝の上に人影が見える。みんながいるところから見れば小指の先ほどの大きさにしか見えなかった人影だが、ジャンプしたかと思ったらもう目の前にやってきた。

 短い黒髪を揺らし猫のように着地すると、スクッと立ち上がる。その赤目に好奇の光を宿らせて、顔には満面の笑みを浮かべている。

「よお、久しぶりだな蘇枋、竜胆。あと裏葉に辰砂、支子、憲房と……おお! 無事入れたみたいだな紫苑」

 順番に見ながら顔を名前を一致させるように言う。最後に紫苑を見たときには歓喜の声を上げた。紫苑をセプトに誘ったこともしっかり覚えていたようだ。

「はい、無事入れましたよ! もー、鴇さん全く帰ってこないからどうしたかと思いましたよ」

 鴇に駆け寄りながら満面の笑みを浮かべる。駆け寄ってきた紫苑の頭をよしよしと撫でていると、裏葉も近寄ってくる。

「鴇兄、今回の紛争で面白そうな情報無い?」

 情報に目ざとい裏葉は現地に入っているならではの情報を聞きたがる。

「裏葉は相変わらずだな。時々蘇枋に送ってた情報以外に知りたいのがあるなら、俺の端末勝手に覗いていいぞ」

 ズボンのポケットから端末を取り出すと気軽に裏葉に差し出す。裏葉は嬉々としてそれを受け取り、早速自分の端末とつなぎ、新しい情報を習得している。その間に他の面々も鴇の周りに集まる。

「予想よりも早かったじゃないか、鴇」

「たまにはな。みんないるって話だったし」

 紫苑を撫でていた手を上に上げ、蘇枋とハイタッチする。人数の少ないセプトであるが、全員集まるのは珍しい。もっとも毎回いないのは当の本人だが、そこには誰も突っ込まない。

「北の紛争は収まってきたか?」

 腰を落ち着けて話題を始めたのは蘇枋。鴇は水を一口飲んで首を傾げながら口を開く。

「そうだなー、もうちょっとって感じか。北の連中にとっては紛争なんていつものことだからいつまでも続いてても問題ないって言わせてるが、いい加減終わりにしないとまた東を刺激するんじゃないか、って空気になってきた方が大きい」

 西部連合国家の中でも古い歴史を持つ北の諸国は昔からよく紛争をしていた。西部連合国家として統合してからはその数は減ったが、東方との戦争が落ち着いた途端紛争を始める当たり、北の諸国は紛争を生業としている。と他の西部の国々に言わしめさせている。

「……」

「支子、どうした?」

 表情がわずかに動いた支子を目ざとく見つけた辰砂が顔を覗くと支子は困ったような顔をした。良く気付くな、というような表情だと思いながら、顔を鴇に向けた。辰砂の視線が外れたことに安心したのか息を付く音が聞こえる。

「東方ね。代替わりから三ヶ月経って最近やっと落ち着いてきた感じだが、また始まりそうかはわかるか?」

 鴇と蘇枋は二人のやり取りに気付かずそのまま話しを続けている。元軍人として戦争のことは気になるのだろう。

「どうかな。傭兵仲間の中に東のやつがいたが、そういう話は聞いていない。ただ東の状勢的に今は戦争を再開する余裕はなさそうだ」

「あまりよくないらしいな、現在の皇王」

 竜胆も鴇の意見に同意した。

 東方皇国は歴史が長い一つの大国であり、代々王族が国の実権を握ってきた。長子相続制だった慣例が打ち砕かれたのは記憶に新しい三ヶ月前。皇王となるはずだった長男が腹違いの次男からの反乱を受け、脱却させられてしまった。

 よき王になると言われていた長男ではなく次男が世襲したことにより、長男一派だった老中たちは国外追放。東方国内は一時内乱などがあり、東西の冷戦状態が長引いているという人も少なくない。

「それは傭兵仲間も言ってた。長男殿の方が兵士に対しても良くしてくれたが、現在の皇王様は自分の周りのことしか気にしていないって。もし戦争再開しても西部の勝利確実とも言ってたぞ」 

「長男を改めて王にしようとする一派はいないのか?」

「それが長男様はどっかに雲隠れらしい」

 鴇の一言で瞬間、その場の空気が緊迫する。誰もが口を閉ざした。

 誰かが口を開く前に行動したのは支子。音無く立ち上がると、輪になっているところから遠ざかる。皆は何も言わずそれを見送った。

「支子は東の話題になると、深刻な顔すんな」

 鴇が不意に言う。視線の先には支子の背中。

「ああ、それぐらいの表情の変化ぐらいなら私にもわかる」

「だからあいつは東方の人間なんですよ。わかりやすいやつ」

「でも支子さん私たちの言葉分かりますよね。こっちに近いところに住んでいたのかな」

 鴇に続いて、蘇枋、裏葉、紫苑と続く。支子の素性は三ヶ月経った今でもわからないことが多い。現在全員の総意なのは支子は東方の人間であるということ。

 しかし西部と東方では言語が違うが、言葉が分からなくて苦労している素振りはない。唯一喋らないことが西部の言葉が喋れないのではということに繋がるも、書けるから喋ろうと思えば喋れるのだろう。それらのことから東方の人間という確証を持てていないのも確かである。

 辰砂は支子の背中を見ていると、支子がどこかに行ってしまいそうな気がして、無意識のうちにその背中を追いかけた。

「辰砂さま!」

 背に憲房の声がかかるが、足は止まらない。すぐに歩いていた支子に追いつき、服を掴む。支子は驚いた顔で振り返る。

「どっかに、行っちゃいそうだと、思って」

 呼吸をわずかに弾ませて、驚いた顔をする支子に言い訳みたいに言う。追い付いて、すぐここにいることにどこか安心している思いもある一方、手を離すといなくなってしまいそうな不安な思いもある。服を掴んだ手が離せない。支子の顔が見ていられなくて、俯いてしまう。

「……」

「おーい、そろそろ出発しよう」

 支子は困った顔になりながら辰砂の顔を覗こうとしたが、蘇枋の呼びかけに辰砂がはーい、と返事をして向こうに行ってしまったからそれは叶わなかった。そして辰砂の後を追って、みんな待っているところに足を向ける。


 その後の目的地は北で一番の大きな都市フエキエフ。雪のちらつくその街は紛争地の中心とは思えないほど、穏やかな時が流れていた。

「今日はここで宿を取って、明日一日観光。自由に過ごせ。私と竜胆は西に行くキャラバンや商人がいないか探しておく。一日探していなかったらその次の日には帰投する」

「蘇枋さん、宿はどこですか?」

 紫苑が手を上げて質問をする。紫苑の質問は蘇枋の話を聞いていた他の者の質問でもある。みんな蘇枋の回答に耳を傾ける。

「宿? そんなん取ってないよ。自分らで適当に探しな。じゃあ明日の20時ごろに私たちの結果を伝えようからまたここに集まってくれ。その次の日の集合時間はその時に伝える。じゃ、解散」

 ある意味皆の期待を裏切らない回答に納得する者、不満な声をもらす者様々。そんなみんなを差し置いて早々に蘇枋と竜胆は行ってしまった。今日は飲むのだろうか酒の話が遠く聞こえる。

「だろうと思った。じゃあ俺はいつも世話になってるとこに行くか」

 そんな中鴇が先陣切って輪から外れていく。様々なところを飛び回っている鴇にはいきつけの宿がどこの地域にも存在するのだろう。

「ねーねー、裏葉はどこ泊まるの?」

「これから探すけど、なに? 同じ宿にするつもりなの?」

「だって裏葉の決めたのに間違いないもん」

 紫苑は裏葉のこういうことの決定に対し絶対の信頼を置いている。感性が合うのか紫苑が裏葉に文句を言っている姿を見たことがない。

「辰砂さま、どのような宿にしましょうか?」

「なんでもいいよ、憲房に任せる」

 辰砂もこういったことに対しては大抵憲房に任せている。

「ちゃんと支子の分もだからな」

 そして一緒に支子のことも頼む。憲房は苦い顔をしながらもやることやるので決して辰砂の期待を裏切らない。

 セプトのメンバーは各々北の街へ散って行った。


「かー! 北の酒は身に沁みるねー」

 宿を決めて荷物を預け、早々に飲み屋に居座った蘇枋は西だけではたくさん味わうことのできない、北の酒をたっぷり堪能していた。

 頬を染め、眼をかすかに潤ませているその様は周りの男たちを誘惑しているようにもみえるが、隣の仏頂面の竜胆がいることで誰も声をかけられずにいた。

「ここにいたかお二人さん。なあなあ、もう帰りの分の客見つけちった?」

 そんな二人に声をかけた勇者と思いきや、声をかけてきたのは別行動をしていた鴇だった。竜胆はこっそり蘇枋の手元の酒を水に交換した。

「いんや、まだだよー。だって探すのは明日だもんねー♪今は美味しいお酒を楽しむの♪」

 ご機嫌でコップの中身を干すがその中身が水だとは気付いていない。さらに水を注がれるがご機嫌に次々と干していく。

「というわけで俺達はまだ何もしていない。もしかして何かあてを見つけたのか、鴇?」

 酔っ払いの蘇枋は置いて竜胆が話しを続ける。

「まあな。おやじ、俺にも同じやつ。俺がいつも北にお世話になってる宿に行ったら、丁度そろそろ出発したい商隊とかち合ってよ、出発を明後日にできるなら護衛できるって言っておいた。相手はそれで了承した。正確な返事は明日出すってことも含めて」

 鴇も二人と同じ酒を頼みつつ答える。鴇が懇意にしている宿は普通の旅行客よりも商人などが利用している宿なのでそういう相手は見つかりやすいのだ。

「ありがたい。そのまま話しを進めてくれ。行き先は西だよな?」

「もちろん抜かりはないぜ。だた正規のルートじゃなくて、ちょっと東を通るルートだ。じゃあこれから宿に帰ってまだ相手が起きてたら伝える。値段は勝手に交渉しても?」

「頼んだ。大目に見積もれそうなら大目にするの忘れるなよ」

「ああ、任せとけ! てか、この酒結構強いのな。蘇枋がつぶれんのわかる気がする。宿決まってる? って聞くのは野暮か」

 二人で乾杯をし、互いに杯を干す。蘇枋は既にうつらうつらとし竜胆に凭れかかっている状態だ。

「当たり前だ。決まってなけりゃ酒は安心して飲ませられん。酔えばつぶれるとわかっているから尚更にな」

「そりゃごちそう様。そういや、最近黒姫に会ったか?」

 飲もうと口元まで来た杯が一瞬止まる。思案顔になり、杯を空けてから鴇の質問に答える。否、と。

「そっか。いやな、俺今回北に来る前に偶然会ってな。そういえば二人は会ってんのかなーって」

「黒曜の場合偶然かどうかわからないがな」

 蘇枋と竜胆の幼馴染の黒曜は世間では『中立の黒姫』と呼ばれている。〝王の能力(グランディオ)〟と呼ばれる特殊能力を所持している彼女は二人とは現在距離を置いていて最後に別れてからもう何年になるだろうか。

「なーにー、黒曜ちゃんの話ー?」

 黒曜のことを考えていた竜胆の思考を、寝ているとばかり思っていた蘇枋の声が遮ってきた。肩にかかっていた心地よい重みが無くなる。

 蘇枋の方を向けばゆっくりと起き上り、再度コップを傾けている。眼はうっすらとしか開いていなく、まだしっかり覚醒していないだろう。頬杖付きながら思い出に浸っている顔をしている。

「黒曜ちゃんはねー、真面目で公私を分けるのが苦手だから。だから、黒曜ちゃんが私に会いたくないのならば私からは会いに行かない。……どうせ会えるときには会えるもんだから」

 コップの水を一口飲んでまたゆっくり竜胆に寄り掛かる。

「私には竜胆がいるから、寂しくないよ」

「はいはい、ごちそうさま。じゃあ俺は行くわ。また明日な」

 また寝息を付き始めた蘇枋の肩に腕を回す竜胆に言い置いて鴇は酒場を後にする。竜胆も一息ついて赤らんだ頬が元に戻る頃、蘇枋を抱えて酒場を後にした。


 次の日目覚めた蘇枋に朗報が入った。前日どんなに飲んでも二日酔いになったことのない蘇枋は早朝から散歩をしてシャワーを浴びてきたところだ。鴇はもう帰ったとのとこだが、その商隊との交渉結果が紙にまとめられている。

「そうか、鴇が見つけてくれたか。さすが普段からそういうことやってるとこういう時役に立つな。てか大丈夫か? 水持ってくるか?」

 一方竜胆はどんなに酒を飲んでも酔いはしないが次の日に影響が出る。普段はいい寝起きが酒を飲んだ次の日に限っては起きれない。そして一日中襲ってくる頭痛に悩まされ、仏頂面により磨きがかかる。

 鴇が持ってきた紙を見ながら椅子に深々と座る竜胆に心配の眼差しを向ける。

「……いや、大丈夫だ」

「そう? じゃあいいけど、今日はのんびりしてよっか」

 竜胆の強がりを認めながら妥協案を提示。すると竜胆は悔しそうな顔をしながらも応、と頷く。

「そうと決まればなんか美味しそうなもん買ってくるね」

「……酒は買うなよ」

「お土産ならいいでしょ」

 昨日の酔っていた姿とは裏腹のるんるんな様子に嘆息するしかなかった。

(俺の能力はいわば強化。アルコールに対する強化の結果がこれだ)

 嘆息の理由は蘇枋の様子だけでなくて、自分に対してのことが主だった。

 竜胆は周りに隠してはいるが〝王の能力〟の覚醒者であり、それが同じような〝王の能力〟を持つ黒曜が二人から離れている本当の理由。

 強大な能力である〝王の能力〟は接近することで反発を生み出すことがある。自分が能力を発動してから三人で会った時に、よりによってそれは起ってしまった。

 そのことから黒曜は独りになることを選び、竜胆自身も黒曜に倣い独りになろうとした。しかし、独りになろうとしたところに蘇枋がねじ込んできたために独りにはなれなかった。

『竜胆が能力を発動してしまったのは私の責任。それなら一緒にいるのは当然でしょ』

 蘇枋を遠ざけようとした際に言われた殺し文句は今でも一語一句違えずに思い出せる。

(この頭痛も強化で治せればいいんだが、能力の反動だから如何せん無理だ)

〝王の能力〟の行使は個々によって違う。竜胆の王の能力は簡単に言ってしまえば『強化』。自分の肉体や対象とするものの強化することである。

 自分以外のものの強化をするときには意識しなければ発動することは無いが、自分に関する強化は一部無意識の元で行っている。アルコールに対する耐性もその一つだ。

 しかし強化すると簡単に言ってしまえばそれだけだが、無理に強化されれば疲労もその倍かかってしまうのはしょうがないこと。当然強化の後には反動が来る。つまり酒を飲んだら酔わない代わりに次の日に普通の人の倍以上の二日酔いが来てしまうのだ。

「ただいまー」

 そう考えてどれくらい時間が経ったのだろう。蘇枋が紙袋を抱えて部屋に帰ってきた。

「……おう」

 椅子に力なく寄り掛かり、頭を抱えている竜胆の弱った姿など他のセプトのメンバーには想像できないだろう、と思いながら竜胆は買ってきた紙袋を机の上に置いた。

「ねえ、キスしよっか」

「な! ……何言ってんだよ、お前」

 動揺する竜胆もまた珍しく、微笑ましく、そして愛おしい。蘇枋は椅子の前に立ちはだかり竜胆の退路を断つ。

「竜胆は難しいことよく考えてるけど、私の気持ちはどんな状況でも変わらない。黒曜ちゃんに会えなくなったのは確かに寂しいけど、それでも竜胆がいれば寂しくないんだよ」

 竜胆の頬に手を添えて顔を近づける。そっと、二人の影は重なった。


「やっぱりあの二人って付き合ってるんだよな?」

 今日の北の街は雪は降っていないがそれでも冷たい空気は肌を差すように冷たい。寒さを凌ぐように公園のベンチに座る辰砂と支子の二人の距離は自然と縮まる。

「あの二人って、蘇枋さんと竜胆さんな。憲房は違うんじゃないかって言うけど、あいつそういうことに対しては限りなく鈍いからなー」

 辰砂は先ほど屋台で購入したホットチリドックを齧りながら支子に寄り掛かっていると支子がいきなり立ち上がり、辰砂はバランスを崩した。

「いて! 支子、どうした?」

 見上げた支子は今までになく驚いた表情をしている。顔色は青いを通り越して白い。辰砂は支子が見つめている方を見てみた。

「あれは……」

 支子の目線の先には見慣れない服の一団がいる。

「東の人間か?」

 ここは北の主要都市フエキエフ。東方皇国との国交の主要の場でもある。当然東の領事館があってもおかしくない。それが二人がいた公園の目と鼻の先だったということだけ。

 支子の知り合いでもいたのだろうか。それとも東の人間ということに過剰反応を示しているのだろうか。

「支子、俺の声が聞こえているならとりあえずベンチに座った方がいい」

 支子は驚いていたが、辰砂の声が聞こえていなかったわけではないようだ。ハッとしたように、辰砂の指示に従った。先ほどと違うのは顔を伏せて若干震えている点。

「大丈夫。今支子はそんな目立つ格好はしてないし、俺と一緒にいることで観光客のカップルぐらいにか見えない。そんな震えなくても俺が守ってやるよ」

 支子は抱きしめてくる辰砂を見上げる。辰砂は支子と目が合うとニコッと微笑む。

「なんでわかるかって? 支子はわかりやすいんだよ」

 抱きしめながらくすくすと笑う。それを見ていると支子は身体の力が抜けていくのを感じた。身体の震えがゆっくりと収まっていく。

 そっと、右手を辰砂の背中に回して縋るように服を握りしめる。それだけでさっきまで激しかった動悸も落ち着いてくる。このまま時が止まってもいいと思った。

「そろそろ宿に帰ろう。20時まで外にいたら凍えちまう」

 東の人間が全員建物の中に入ったのを確認し、辰砂は支子に声をかけた。ゆっくり腕の力を抜き、その中の支子を覗く。支子は腕の中で目を閉じて辰砂に身をゆだねていた。耳を澄ませれば寝息が聞こえてくる。

(ここんとこ寝れてなかったみたいだしな)

 昨夜うなされていたと憲房から聞いていた。その前の野宿の時も寝れていないことは体動から何となく察していた。

 寝れる時に寝れるのが一番かな、とそのまま支子を抱きしめ続けた。

「お、こんなとこにもラブラブカップル」

 思わず身をすくめて後ろを振り返れば、そこにいたのは神出鬼没の鴇。先ほど辰砂も食べていたホットチリドックを食べてる。

「鴇さん……」

「んー、向こうに東の領事館があるしなんかあって、辰砂が安定剤の役割をしたってとこかな?」

 鴇は周りを見渡しながら何となく二人のそれまでを察する。一個目のホットチリドックを食べ終わると、抱えていた紙袋からさらにもう一個取り出し、頬張り始める。

「見てたんですか?」

「いんや。でも支子のバックグラウンド知ってれば何となく予想できんべ」

 ベンチの空いたスペースに陣取り、チリドックを堪能し始める。辰砂は支子を抱き続けながら鴇の洞察力に驚きを隠せないでいた。

 今まで鴇のことは戦うことが大好きな戦闘オタクというイメージしかなかった。しかし支子の東に対する何かを察しているのは蘇枋、竜胆、そして自分ぐらいだと思っていた。

「おにーさん見くびるなよ。これでも色んな戦場潜り抜けて、生死の境も何度も彷徨ってきた。これはいわゆる戦場を潜り抜けてきたもんが身に付ける勘ってやつだな」

 アイオリニという民族があるということを辰砂は鴇に出会って初めて知った。かつてその民族は西、東、北、南の全勢力に恐れられていた戦闘民族である。一昔前、東のある研究の一端に利用されてその数を減らし、隠れ里に身を潜めてからは滅多に世間に出なくなってしまった。

 しかしその特徴とも言える紅の瞳と、その拳は鋼をも砕き、膂力で空を舞う、という伝説は今も語り継がれている。

「その支子なんだが、俺どっかで見たことある気がするんだよな」

「いつ? どこで?」

 いきなり鴇に告げられたことに驚きが隠し切れない。唯一支子を起こさないように声を潜めて聞く気遣いしかできなかった。腕に力が入ってしまったが、支子は深い眠りに入っているのか幸いにも起きなかった。

「んー、それが思い出せないんだわ。でも思い出せないってことは結構昔のことだと思う。そんで結構昔ってことは東にいた頃じゃねーかな」

「……やっぱり、東なんだな」

 辰砂は考える。東の、兵士である鴇が見ることのできる立場の人間。同じ兵士だったのか、それとも上官だったのか。それとももっと……

「お、起きたみたいだぞ支子」

 腕の中の動きと、鴇の声にいまだ支子を抱き続けていることを思い出した。思考を中断し、腕の中の支子の様子を窺う。目をパチパチさせ、寝ていたことに少しばかり驚いている様子だ。視線が合うと頬を少し赤らめて、何というか可愛い。

「おはよう、支子。夜寝れてない分少し寝れたか?」

 ゆっくり頷くその姿も可愛いと思ってしまうあたり、自分は支子から離れられないのではないかと思ってしまう。でも自分にその資格はないと同時に思い知る当たり、救いようがないと思う。

「支子、俺は一旦宿に帰ろうと思うがお前はどうする? 鴇もいるし、別にここにいても……」

 ベンチから立ち上がり、歩きかけた辰砂の手を支子は掴んでいた。一緒に行くよ、と表情が言っている。

「わかった。一緒に行くか」

 掴まれた手をそのまま握り返し、一緒に歩き出す。ホットチリドックを食べ終えた鴇もまたその場を後にした。


「というわけで次お世話になる商隊の皆さんです! 今日から西に帰るまでとりあえず一緒なのでみんな仲良くね!」

 鴇のおかげで早々に次の仕事相手が決まったため、出発前夜は交流会と言う名の酒盛りになった。蘇枋の号令で乾杯が始まり、セプトのメンバーと商隊メンバーが大いに盛り上がった。しかし不参加者もいた。

「別に私は大丈夫だから、酒盛り行っといで支子」

 雪のちらつきそうな寒空の下で長時間いた影響か、普段の疲れが出た影響か、珍しく辰砂は熱を出して寝込んでいた。当然憲房が進んで看病を申し出たが、逆に休めないという理由で蘇枋に酒盛りに引っ張られていった。

「……」

 そして代わりに看病を申し出たのは支子だった。最初はそれも辰砂は断ったが、支子は頑なにベッド脇から離れようとしなかった。

「何年かに一度あるんだ。普段体調崩さない代わりに、すっげー悪くなる時。体調悪くなるの慣れてねーから、どうしても寝込んじまう。まさか今日なるなんて、惜しいことをした」

 朝から熱を出し一日中寝て体力が少し回復したためか、幾分話す余力が出てきたのだろう。一日中ベッドの脇にいる支子の心配もできるようになった。

「だから俺に付き合って支子まで惜しいことをするとこはない。行っといで、だいぶ調子は戻ってきたから」

 上体を起こし、支子に笑いかける。倦怠感が身体を支配しているも熱は下がってきた気がする。しかし支子の心配顔は変わらずに、辰砂の肩に手を置くとゆっくりと横にする。そして自分はベッド脇の椅子に腰かける。どうやら離れる気はないようだ。一つと決めたことに対し意見を変えないところは相当な頑固だと思う。

「わかったよ、降参。好きなだけ、いてくれるがいいさ」

 熱は下がったが、昼間の熱に体力を奪われたせいでいくら休んでも身体が眠りを欲する。瞼が重くなってきた。それを察した支子はわかっているかのように頷く。寝ていてもそばにいると、言っている。

「……うん、おやすみ。明日には、また、元気に……なるから」

 眠りに付く辰砂を支子はずっと見守り続けた。


 次の日。辰砂は全快とまではいかないが、それでも熱が下がり、動けるまでにはなった。

「無茶するなよ辰砂。病み上がりなんだ」

「もう大丈夫! って言いたいとこですが、今日はお言葉に甘えさせていただきます。すいません、蘇枋さん、みんな」

 商隊の馬車に乗せてもらい、もう一日大事を取る。それが蘇枋からの辰砂への命令。出発の日を伸ばすこともできたが、熱は下がったので行ける、と辰砂の要望もあり、出発が決定した。

「では皆さん、改めてよろしくお願いします。今回はちょっと東を通っていくことも考えていまして、もしかしたら争いに巻き込まれることも考えられるので、とても頼りにしてます。では女神シテルの加護がありますように」

 商隊の隊長の挨拶で西への旅が始まった。隊長の常套句にやはり蘇枋はいい顔をしていないが、それに気付いたのは竜胆だけだった。


どうも藤代美杏です。

いまのところ続けて投稿できてますが、それはストックがあるからです。

そろそろゆっくりな投稿になると思います。

飽きずに読んでいただければ幸いです。

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