始まりと出会い
【何かの始まり】
ああ、死にたくないなぁ
絞首刑台で項垂れている死刑囚。その顔は長い黒髪に隠れて観衆からはよく見えない。
観衆からは死んでしまえ、と死刑囚をなじる声や、死なないで、と死刑囚が助かることを祈る声様々である。
みんなのためを思ってやってたはずなのになー
「罪人、真朱!」
執行人が声高々に宣言する。
「この者は多くの貴族様のお屋敷で盗賊行為を繰り返した! 許しがたきそれらの行為に対し西部連合国家政府はこの者に死刑という名の罪状を決定された」
執行人の宣言に観衆の勢いは増していくばかり。観衆を抑えている警徒の者たちも留めるのに精いっぱいとなっている。
「よって絞首刑を処す!」
執行人が言い渡すと、隣に控えていた屈強な男が項垂れている死刑囚、真朱の面を髪を掴み上を向かせた。
真朱の表情は死刑を恐れている表情ではなかった。その顔に浮かぶは何かを考える表情。その首に縄をかけられてもその表情は変わらなかった。
「落とせー!」
バコン、と真朱の足元が大口を開け、真朱の身体が浮遊感に包まれた。
【第一話】
「あ、起きた! ねぇ、誰か蘇枋さん呼んできてー」
目を開けると知らない天井が視界に入った。ここはどこだろう、と男は思いながらそのまま天井を見上げていた。視界の上の方では誰かが自分を上から覗いているのが見える。
「自分で行きなよ。人少ないんだから」
声の部屋の扉の所で片手に携帯端末を持ち、それを操作している青年がその画面から顔を上げずに言う。そう言われ最初に男が目を開けて声を上げた明るい声の男装の女性が座っていた椅子から立ち上がった。
「ウラちゃんのいじわる」
そう言いながらも男装の女性は部屋の外へ歩いて行った。逆に青年が男の眠るベッドへと近づいてきた。そしてやや圧し掛かり気味で男を見下す。
「んで、お兄さんの名前は? いくら蘇枋さんがいいって言っても僕は信用できないんだけど」
ベッドで横になる男を油断ない警戒の瞳で見ながらもその片手は凄い勢いで携帯端末を操作していた。その画面には男と同じ髪色の男性の顔の画像が次々と流れている。
「僕の持ってる情報源でお兄さんのこと調べてる最中だけど一向に見つからない。これってどういうことだかわかる?」
青年の質問に男はただ首を振る。青年はなお男に迫る。
「それはねぇ、お兄さんはこの西部の人間じゃないってこ……」
「そんなこと、どうでもいいじゃないか!」
青年の声を遮り、扉の方から大きな声がした。二人が扉の方に視線を向けると扉の所には先ほど出て行った男装の女性ともう二人、腕を組み不敵な笑みを浮かべている女性と、その後ろに控える鋭い眼光の男性。
入ってきた人物を確認するとウラちゃんと呼ばれた、ベッドに横になる男に迫っていた青年が身を引きながらため息を付く。
「どうでもいいって……蘇枋さん、本当適当。いつかそれが命取りになっても知りませんよ」
「ハハハッ、裏葉は細かいことを気にしすぎなんだ」
蘇枋と呼ばれた女性は不敵な笑みを浮かべたまま部屋に入ってくる。それに伴い裏葉と呼ばれた青年はベッドに横たわる男から離れ、窓際に移動する。携帯端末は操作しながら。
「で、どこにいたんだってこの子。辰砂」
蘇枋は後ろを付いてきてた男装の女性に尋ねた。辰砂と呼ばれた男装の女性は答える。
「ゴミ捨て場。最初は死んでるかと思った」
辰砂は蘇枋の質問に答えながら男が横になるベッドの足側に腰掛ける。そして男の顔を覗きこむ。
「初めまして、俺は辰砂。なあお前の名は? 帰る場所はあるのか?」
「辰砂に見つけてもらってよかったな。じゃないとお前、のたれ死んでたぞ」
ベッドに横になる男は辰砂に覗きこまれて顔を少し赤らめ顔を逸らす。おや、と辰砂は思いながらそのまま男の顔を見つめ続ける。その二人の様子を見ながら蘇枋は男に語りかける。
「私の名前は蘇枋。ここのセプトのリーダーをさせてもらっている。それからそこの愛想の悪い男は竜胆、それから携帯端末をいじってさっきお前に迫った奴は裏葉だ」
「何勝手に紹介してんですか、蘇枋さん」
裏葉は先ほどまでいじっていた端末とは違う端末を取り出して操作している。勝手に紹介されたからか眉間にしわが寄っている。可愛い顔が少し残念なことになっている。
「あとここにはいないが鴇と憲房という男二名がいる。うちのセプトの構成員は以上だ。さあ、こっちの自己紹介は済んだ。お前のことを聞かせてもらおうか」
蘇枋の言葉に男は蘇枋の方を見る。しかし困った顔をするだけで何も喋ろうとしない。
「喋れないんじゃないね。喋ろうとしないんだね」
ただ困った顔をするだけで喋ろうとしない男を見つめながら、辰砂は一人納得したように言葉を発する。
「どういうことだ、辰砂?」
「そのままの意味だよ蘇枋さん。この人は喋れる。もしも東方の人だとしても俺達の言葉の意味を正確に理解してる」
辰砂の言葉にベッドに横たわる男は困った顔から驚いた顔をする。なぜわかるのか、そういう顔をする。
「わかるよ」
男の目がより見開かれる。
「だってあなた、わかりやすい表情してるもん」
自慢げに言う辰砂。それを呆然と眺めて男は困惑していた。かつて自分は表情が読まれにくいと称されたことがあったのに。
「おいおいわかるの辰砂だけだよ」
その男の思いをフォローするかのように携帯端末から顔を上げた裏葉が言う。
「そうかなぁ?」
「辰砂は人の表情を読むのが上手いからな。にしても最低限のことは知りたいな。例えば名前とか、行くところ、帰るところはあるのか、とかな」
蘇枋も同感と頷き、そしてふと真剣な顔になったかと思えば男に話しかける。男は驚いた顔からまた困った顔になり首を振る。
「帰る場所は無さそうだな。そして名前も言えんか。それなら書くのはどうだ?」
蘇枋は他の案を出したがそれでも男は首を振るのみ。書けないのか、書きたくないのか、それは辰砂にもわからなかった。
「名も名乗れないようならさっさとここからいなくなれよ」
裏葉としては得体のしれない存在が自分のスペースにいることが許せないのだろう。普段から人を寄せ付けないような雰囲気を纏っているが、今は余計にピリピリしているような気がする。
「落ち着け、裏葉。うちのセプトは困っている人を放り投げるほど閉鎖的なセプトにした覚えはないぞ」
困ったように言うがその表情は先ほどと全く変わっていない。
「……出しゃばってすみませんでした」
裏葉はしかめっ面のまま部屋から退室しようとする。どこ行くの、という辰砂の声に、部屋だよ、と返しそのまま出て行ってしまう。一瞬部屋がシーンとなる。
「すまないな。裏葉はここをとても大事に思ってるんだ。その思いはセプトの中でも一番強い。だからこそ異質な存在に一番敏感。だがその分認められればとても強い味方になる」
沈黙を破る蘇枋の言葉は男を励ます言葉。
「行くとこが無いのならうちにいればいい」
「だが、もしもうちに何か仇成すようなら、その時は……」
蘇枋の言葉に続いてそれまで沈黙を続けていた竜胆が続ける。その気迫は真に迫るものがあり、前から知っている辰砂ですら背筋に寒いものを覚える。
「竜胆まで……落ち着け」
蘇枋は呆れたように一言。そして竜胆の言葉に凍りついた男の肩に手を置いた。
「まあ、話す気になったらいつでも言え」
そう言うと、じゃあな、と言って部屋を退室していった。竜胆は無言で蘇枋の後に従い出て行った。
二人が出ていくと部屋には辰砂と男だけになった。男は辰砂もすぐに部屋を出ていくだろうと思っていた。しかししばらくたっても出て行かないことに疑問を抱き辰砂を見ると、辰砂は二人が出て行った部屋の扉をただ見つめていた。その顔にあるのは重大な問題の選択に悩んでいるような真剣な何かを考えている面差し。
男がその横顔に見とれていると、ふと辰砂は顔を俯き、フーッと大きく息を吐いた。
「……竜胆さんのあれ怖いよな」
「…………」
俯いたまま辰砂は呟いた。その言葉が独り言なのかそれとも自分に対して向けられているのか男には測り兼ねた。
「普段はいい人なんだよ、竜胆さんもウラちゃんも。ただ外部の人間に対して人一倍警戒心が強いっていうか」
辰砂は顔を上げて言葉を続ける。その言葉が流石に自分に対し向けられていることは男もわかっていた。
「その分蘇枋さんや俺が警戒心が無さ過ぎるから、プラマイゼロって感じかな」
男言葉になりきれていない女言葉を操る辰砂は無邪気な笑みを男に向ける。そしてベッドから立ち上がると軽く伸びをして、
「さて、俺も自分の部屋に帰ろ」
と言うとさっきまで真剣な顔をして見つめていた扉に近づきドアノブに手をかけると、ノブを下げ扉が開いた時何か思い出したようにそうだ、と男を振り返る。
「にいさん、さっさと自分の名前言わないと俺にいさんのことクチナシって呼んじゃうぞ」
口無し。なるほど、今の自分にそれほど似合う名前は無いと男は納得するとその納得した表情を読まれたのか、辰砂はにいさん、変わりもんだね。と面白そうに言う。そして付け加えるように、
「ちなみに口が無くて口無しっていうのももちろんあるけど、にいさんの髪色が支子色みたいだなって思ったのもあるかんね」
と言ってそのまま部屋を後にした。
部屋に一人残された男はさて、これからどうしようかと思案に耽りながら、襲ってくる倦怠感と睡魔に身を任せ目を閉じた。
「にいさーん……寝てる?」
その日の夕方。もう日が沈んだ頃夕食を終えた辰砂は昼前に目を覚ました男が夕食の席に姿を見せなかったのを気にしていた。蘇枋にはそのままにしておけ、と言われたがそれでも気になっていた。あのどこか昔の自分を彷彿とさせる、疲れ何かに悩む表情を見てしまうとどうしてもほおっておけない。
「……寝てるか」
電気もついていない部屋の中を歩き、ベッドに近づく。ベッドはカーテンが開けっ放しの窓から入る月明かりで部屋の電気が付いていないままでもぼんやり確認できた。男は吐息静かに寝ていた。いなくなっていることも考えていたから、辰砂は男がちゃんとに部屋で寝ていたことに不思議と安心していた。
男の寝顔を見ながら辰砂はかつて自分が蘇枋に拾われた昔のことを思い出す。
『こりゃあひどいね』
ボロボロの姿でゴミ捨て場に転がる辰砂を何人の人たちが見過ごして行っただろう。霞む視界で何人と目の前を通り過ぎていくのを見た。
『あんた、帰るところは?』
目の前で足が止まった時は、ひどいと声が聞こえたときはまたそのまま見過ごされると思った。だから声をかけられても自分に声をかけられたとはわからなかった。
『ねえ、聞いてるの?』
視界が開けた。顔を覆っていた長い前髪を耳にかけられたようだ。これで声をかけている対象は自分ということがわかった。目線を声をかけてきている女に向ける。
あ、た、し……?
『そう、あんただよ』
声は出ない。口もわずかしか動かせないが、それでも女は自分の言葉を読み取ってくれたようだ。わかるように頷いてくれる。
『帰るところあるの?』
再度尋ねてきた質問に力を振り絞って首を横に振ることで答える。女はそっか、と頷くと手を頭に乗せてきた。女の手は温かかった。
『じゃあうちにおいでよ。今セプトメンバー大募集中なんだ』
既に体力の限界で朦朧とした意識の中、女の笑顔が視界に入った。どこか安心させるような笑顔に自然と涙が流れてきた。そしてその安心した気持ちのまま目を閉じ、意識を手放した。
「あ、起きたか?」
寝ている男の身じろぎで辰砂の意識が昔から現在に戻された。息遣いの雰囲気から男が起きたのがわかる。一瞬しかめられた瞼が開くと、視線はすぐに辰砂に向けられた。
「お腹すいてないか? 飯が下に用意されてるぞ」
ゆっくりと男が起き上る。眠気がまだ抜けていない感じがあるが、疲れは取れているようだ。昼間目が覚めたときに比べると表情が明るく見える。
男は辰砂を見つめながら首を傾げる。食べていいのか?と聞いているようだ。
「食事のこと? 勿論食べていい。お客さんを飢えさせるわけにはいかないからな」
辰砂の言葉に男は少し笑うと頷いた。食事を食べることを了承したようだ。辰砂は部屋の電気を付けて開いたままのカーテンを閉める。その間に男はベッドから立ち上がった。しかし一日以上横になっていた所為か足元がふらつき、再度ベッドに座り込む。男は戸惑ったように足を撫でている。
「はは、寝っぱなしてりゃ多少力も入りにくくなるわな。肩貸そうか?」
辰砂はベッドの傍に寄り、男に手を差し伸ばす。何日も寝ることで足の筋力が落ちるのは辰砂も経験したことのあること。自分にはこうやって蘇枋が手を差し伸べてくれたものだ。自分はあの時の蘇枋のようになれているだろうか。
「……」
男が笑い辰砂の手を掴んで再度立ち上がる。ふらつくも、辰砂の肩を借りているから今度は座りこまなくて済む。
「行こうか」
相変わらず男は喋ろうとしない。笑ったのは感謝の意図かな、と思いながら共に歩き出す。歩きながら男に話しかける。
「そういえば話そうとしないってことは支子って呼んでいいってこと?」
少し間を置いて男は頷く。自分を支子として受け入れる意思を辰砂に示した。
「そう、よろしく支子」
男の穏やかな表情から自分の思いを押し付けていないということにどこか安心しながら、支子と共に食堂へ入った。
初めまして藤代美杏です。
始まったばかりでまだまだわからないかと思いますが、読んでもらえれば幸いです。




