ヴァレンタイン・デイ・アフター・トゥモロー
思いつきで書きました。一日遅れですがバレンタインネタで書いてます。
2月13日、それは男にとって最後の追い込みをかける時期である。受験勉強?否、カカオからできるアレを獲得するためである。
そして、女子にとっても、この日は最後の追い込みをかける時期であった。誰にどうやって渡すのか、他の女子は誰に渡すのか、当日の騒乱を避けるためにも女子は事前に情報収集を怠らない。
放課後、1-B組の教室には3人の女生徒が椅子を寄せ合い井戸端会議をおっぱじめていた。
「ねぇひよっち、明日誰にチョコ渡すの?昨日作ったやつ」
赤縁メガネをかけたお下げ髪の少女が、右向かいのショートヘアの少女に話しかけた。
二人は昨日、一緒にチョコを作ったようだ。
「えっ?いや、あれは、せ……しぇんぱいに」
ショートヘアは顔を赤くし俯く。完全に先輩にほの字である。
「あぁ、あの先輩かぁ、名前なんだっけ?」
「えー覚えてないの!?むっちゃんひどい!ほら、苗字が『え』から始まるエクストリーム・アイロニング部のー」
「あーエメ○ヤーエンコ・ヒョー○ル先輩?」
「違うよー!スキンヘッドじゃないし、江守先輩だよ」
「あー、ニシローランドゴリラとクロスリバーゴリラを足して2で割った感じの?」
「違うよー!そんな毛深くないよ!」
「ちょっとまて!さっきからいろいろおかしいだろ!!」
「「えっ?どうしたのスルメ?」」
二人の会話に割って入ったのは、三人目の少女、茶色の肩で切りそろえられた髪、スルメというあだ名の今時の女の子だ。
「さっきからおかしくないか!?こんな田舎の高校に人類最強の男がいるはずないだろ!それにゴリラとゴリラ足して2で割ってもゴリラじゃねぇか!濃縮還元ゴリラ100%だろ!イチゴと違って全然甘酸っぱい青春送れないぞ!」
「スルメ、怒鳴ると血圧上がるぞ、ほらチョコ食べるか?」
むっちゃんは、机の脇に掛けていた紙袋の中から可愛らしく梱包されたハート形の包みを取り出した。
「ちょっとまってむっちゃんそれ私が江守先輩に渡す奴じゃん!なんで!冷蔵庫に入れといたのに」
「あぁ、私の家の冷蔵庫にな、私の家で作って私の家の冷蔵庫に入れて帰っただろ?ほら、大事なものはちゃんとしまっときな、ひよっちよ!ものには使いどきというものがあるのじゃ」
何処かの博士みたいな口調でむっちゃんはひよっちに包みを渡す。
「そうだったんだーごめんね、ありがとうむっちゃん!」
満面の笑みでひよっちは包みを受け取る。
「あれ?武者小路?それ朝からずっと電気ストーブの上置いてなかったか?」
「あぁ、ひよっちの燃えるような熱い心をチョコレートにも込めてやろうと思ってね」
「えっ!!それじゃ中身べちゃべちゃじゃん!そんなの先輩に渡せないよ!」
「先輩の靴の中にでも流し込んでおけば、一世一代の奇抜なバレンタインサプライズになりそうじゃない?」
「武者小路、それは新手のバレンタインプレゼントじゃない、新手のいじめだ。しかも相当悪質な」
「むっちゃんどうすんのこれ!スルメもなんかもっとこうなんか言ってやってよ!」
「お前の語彙力にびっくりだよ」
「スルメひどい!」
「スルメ選手、容赦のない死体蹴りを炸裂!」
ひよっちは席を立ち上がりむせび泣きながら、教室を出ようと走り出した。
そこにむっちゃんが足を引っ掛けた。
盛大にずっこけた。世界ずっこけ選手権があれば9位には入れるレベルだろう。あの三人組にも負けずとも劣らない。
ひよっちは涙と鼻水で目と鼻を赤くしながら、追加のトッピングでおでこも赤くして女子トイレへと走って行った。
「どうするのよスルメ、ひよっちが汚い顔のまま飛び出しちゃったじゃない」
「どう考えてもトドメさしたのお前だろ。それよりどうすんだよ、ひよりのチョコレート」
「あぁ、あれはひよりがエンド・オブ・ワールド先輩に作ったものじゃないよ」
「お前名前覚える気無いだろ……じゃああれは誰のなんだ?」
「あれはスルメにあげようと思ってた友チョコだ、海鮮入りの」
「どんなゲテモノ食わせようとしてんだ私に、それより早くひよりを追いかけてやれよ」
「えーめんどくさいなぁ、溶け出したチョコの中にナマコの刺身入ってるのみれば気づくでしょ」
「友チョコって偽装表示だろ、わたしにどんな恨みあんだよ」
「これはひよっちのぶん!」
「だから、トドメさしたのお前だって」
スルメは呆れ顔で席を立った。ひよっちを迎えに行くのだ。スルメは三人の中ではいつもこのような立ち回りをする。むっちゃんがひよっちをいじり、耐えかねたひよっちが泣き出すとスルメがひよっちを慰めて事無きを得るのが、この三人のお馴染みのパターンなのだ。
むっちゃんはスルメに引き摺られ渋々女子トイレへと向かう。もちろん本物の本命チョコも一緒だ。
女子トイレの中では、重苦しい淀んだ空気が来るものを出迎えていた。おまけに水浸しである。霊的な何かを彷彿とさせるすすり泣く音が入り口から3番目の個室から聞こえてくる。
「なんだこれ、事情を知らない奴が来たら間違いなく恐怖を抱くだろこれ」
「子泣きじじい改め、子泣きクソババアね」
「ババアの扱い酷いな、ババアに恨みでもあんのか」
「今年お年玉くれなかったのよ、新春開店のパチンコで全部スったって」
「そりゃ災難で」
ぴちゃぴちゃと怪訝そうに水音をたてながら、二人は一つだけしまってる個室の前にたどり着いた。
「おーい、ひより!お前が持ってったチョコ!それ偽物だぞ」
「ぐすっ、えっ?そうなの!?本当なのスルメ?」
「あー本当だ。そのチョコの中身見なかったのか?」
「あんまりよく見てなかったかも、隙間から覗いたら溶けてたからよく見てないの」
「ったく。同じ包装してたから、武者小路がドッキリ仕掛けたんだとよ、な?」
「そうなのひよっち、ひよっちが先輩にあん肝入りチョコ渡して振られるところが見たくて、スルメにあげる予定の肝チョコにすり替えようと思ってたんだけど、間違えて片方をストーブの上に乗っけちゃって」
「ストーブの上に乗っけたのはうっかりかよ、つーかやっぱ友チョコじゃねーじゃねぇか!なんだよ肝チョコって!ナマコの他になに入れてんだよ!」
「後は蟹味噌と生の魚卵とフグの肝かな」
「殺す気か!」
むっちゃんの頭部にスルメの拳が落ちた、ゴチンと。
むっちゃんは頭を押さえながらしゃがみ込む。
「いったーい、殺す気!?」
「こっちのセリフだよ!」
「ちょっと!今話題にされるべきはむっちゃんでもスルメでも無くて私でしょ!無視して漫才始めないでよ!」
個室から聞こえる怒号に二人はここに来た目的を思い出した。ひよっちを連れ戻すために来たのだ。
「ひよっち、とにかくそこから出てきてよ。本物のチョコ渡せないでしょ」
「そうだぞひより、いつまでもトイレに引きこもってても問題は解決しない。Not think,Actionだ」
「何かそれすごく脳筋っぽいわね」
「いや、出たいのはやまやまなんだけど」
「だけど?」
「鼻水かんだティッシュとあのチョコを箱に入ったまま感情に任せてトイレに流したら」
「鱈?」
「トイレが詰まって水浸しになっちゃって」
「なんだ、それならとっとと用務員さん呼んでボロクソに怒られれば済むだけだろ」
「そう思ったんだけどね」
どこかひよっちの様子はおかしかった。問題はトイレを詰まらせただけではないらしい。
「出ようと思ったら、足滑らせて便器にはまっちゃったの!」
「……ぐっ、ぶふ」
「ひっ……ひひ」
「笑ってるでしょ!誰のせいでこんなことになってると思ってるの!」
「ぐひっ、いやっそれはひよっちがトイレ詰まらせたからじゃ」
「ひっぐふふ、バカ、その因果を作り出したやつのことだろ武者小路」
「早く助けてよ!」
スルメはトイレの扉に手を掛ける。扉を開いたその先、ひよっちがケツを便器に突っ込みあられもない姿で出迎えた。
「ひより、大胆だな、黒とは……もっと子供っぽいというかスポーツ向きのぴったりフィットかと思ってたが、ひよりがそんなものをつけるとかな、感慨深い」
「ちょっ!いいじゃん何着けようが!それより早く助けて、あとジャージ持ってきてくれると助かるんだけどなぁ」
「よし、じゃあ武者小路、ひよりを救出してくれ。私はジャージ取ってくる」
「ラジャー、さぁひよっち!大便はすませた?トイレの神様にお祈りは?便器の中でガタガタ震えて命乞いする準備はOK?」
「してないよ!大きい方なんてしてない!早く引っ張ってよ!」
「せーの!」
ポンッと軽快な音と共にひよっちが便器から飛び出した。
「うわっ」
むっちゃんは勢いよく飛び出したひよりを受け止めることが叶わないと思ったのか、引っ張った手をそのまま後方へ引く。
さらに勢いをつけたひよりをむっちゃんは体を逸らして紙一重でかわした。
「ぐひゃっ!」
反対側のトイレのドアへ思い切りぶち当たった。
「うわ、痛そー」
「痛そーじゃないよ!あっ!鼻血!鼻血でてるよぉ……」
「ティッシュ丸めて突っ込んどけばそのうち止まるでしょ」
「酷い!もう……制服もびちゃびちゃだし…
」
「ジャージ持ってきたぞ……ってなんかさらに酷くなってるな」
「いやーひよっちが運動部のくせに反応が悪くてさー」
「むっちゃんが身をかわさないで受け止めてくれればよかったんじゃん」
「ひよっち、あんたのハートを受け止めるのは私じゃないエンバーミング先輩の役目だろ」
「江守先輩だって!」
「はぁ、ひより、武者小路、とりあえず今日はもう帰ろう。疲れたよ、いつも疲れるんだけどなんか今日はお前らのテンション無駄に高くてさらに疲れた」
ひよっちはまだ無事な個室で制服からジャージに着替え、用務員の方にこっぴどく怒られた後、三人で帰路についた。
本番は翌日なのだ。ひよっちが思いの丈を江守先輩に伝える大切な日なのだ。
二人はもちろん、影から見守る体でひよっちの告白現場を覗き見するつもりである。
むっちゃんに至ってはギリースーツを通販で購入していた。¥4,980-なり。
翌日、何処かやけにそわそわしている男子たちを尻目に三人は登校する。
自分はバレンタインとか気にしてないよ、という体を装いつつも、靴箱やロッカー、机を漁る時の挙動不審っぷりは見てて面白いものがある。
そして放課後、男子の中でも数人を残して現実を見始めた奴らは、男だけでカラオケ行こうぜ、とか自虐じみた集まりを開くが、だいたい本当に落ち込んでるやつなんていないものだ。そこだけわかって欲しい、世の女性陣よ。
ひよっちの方はというと、むっちゃんを通して手紙で呼び出してもらっていた。
恥ずかしいということで内容だけ自分で作り、手紙の執筆はむっちゃんに任せていた。
その手紙は、むっちゃんの手により古印体でワープロ入力され見事江守先輩の手に届いている。
放課後、指定された場所に江守先輩は現れた。スルメとむっちゃんは茂みに潜み、動向を伺っている。
しばらくして、ひよっちが現れた。手にはこギレイに包装されたあのチョコが握られている。
「あっあの江守先輩!」
「おぉ、ひよりちゃんだっけ?最初ちょっと驚いたよ、怪文書かと思って」
「えっ?」
「いや、まぁいいんだ。それで用って」
「そっその、江守先輩のこと前から好きでした!チョコ受け取ってください!」
「ひよりちゃんありがと!俺甘いもの好きでさ、これ今開けて食べちゃってもいい?」
「えっ江守先輩がいいなら……お口に合わないかもしれないですけど」
「ひよりちゃんが作ってくれたものなら大丈夫だよ、へぇ、いろんな形のチョコが入ってるね」
「えっ?いろんな形?」
「おっ、このチョコとか美味しそう。じゃあひよりちゃんいただきます」
江守先輩はひょいとチョコを一粒口の中に放り込み、咀嚼する。
中に何か入っているようで、噛み締めると何処か日本海の荒波を想定させるような磯の匂いが江守先輩の口の中に広がる。
「ごふっ!!」
「どうしました!?先輩」
「うげぇ、ぐぇ、うぅ……ごはっ!」
吐血。江守先輩の口から鮮血が吐き出された。
「あっやべ、もしかして本当に溶けてたのは本命チョコだったのかな?」
「はぁ!?お前どうすんだよあれ!絶対フグの毒だろ!?」
「大丈夫よ、先手はうってあるわ」
茂みから聞こえる不穏な会話はひよりには届かないし、それどころではない。
「えっ!?えっ!?どうして!?先輩!先輩!」
間も無くして、江守先輩は死んだ。江守先輩の体からはデトロトドキシンが検出されたそうだ。日永ひよりは殺人の罪で起訴され、武者小路睦美の証言もあり、その犯行手段、狂気の入荷経路の悪質さから懲役10年の実刑判決が下った。
冤罪を訴えるも、控訴・上告審共に原判決を支持し、網走刑務所に収監されることとなった。
駿河 芽衣と武者小路 睦美は、友人が及んだ凶行に心を痛めるも次第に元気を取り戻し、それぞれ志望する大学へと進学、卒業後はそれぞれ刑事と法曹への道を歩み、世の中から悪を断つため、日々邁進するのだった。
おしまい