かくて山田太郎はさじを投げた
僕の名前は山田太郎。
こんな名前のせいで僕は今まで散々からかわれてきた。友人はもとより先生からも時折変な反応をされるし、酷い時には本当にこんな名前の人いるんだみたいな目で見られることもある。
小学中学では名前のせいでみんなにいじられたし、これから始まる高校生活でも、やはりでもそうだろうと思う。
親にどうしてこんな名前を付けたのか聞いたこともあるが、
「由緒正しい名前だろう」
と一笑に付された。
その時の僕は、笑えばいいのか泣けばいいのか分らず、奇特な性格をした両親にただただ呆れていたように思う。
憂鬱な気持ちを溜息として吐き出す。
何せ、今日は高校のクラス分け発表の日。新しい友人候補たちから、またもや微妙な反応を受ける記念すべき日だ。
新しい環境と仲間、それでいて今までとおなじような、ありきたりで変わり映えもしない毎日。
一か月もすれば僕の名前にも慣れてくれるだろうと思いなおし、僕は腕にはめた小型端末をチェックした。
そこには今、『時刻・朝8時15分22秒』だとか『気温20度46分』だとか『紫外線中度、注意』だとか基本情報が表示されている。時には光化学スモッグの有無や空気中の有害物質濃度なんかも警告してくれるすぐれものだ。
不審者に会った時には警告音を鳴り響かせられるし、メーカーによってはボタン一つで催涙ガスだって出せたりする。今の時代の子供は、親に持たされている事が多い。
……悪戯に使われることも多々あるのだが。
「おはよう、山田君」
僕は自分の名前を呼ばれて顔をあげる。
そこには茶色い髪をした女の子がいた。目が細いが愛嬌のある顔立ちで、肌は真っ白だ。僕と同じ高校の制服を着ている。
髪の毛を二つにくくっていて――“ついんてーる”というやつだろうか。現実でお目にかかることの少ない髪形をしている。
「ああ、青木さん。おはよう」
僕に話しかけてきてくれたのは小中と同じ学校だった青木さんだ。幼馴染と言うほどではないが、同じ高校に受かったためそれ以降何度か話をする機会があった。
「同じクラスだといいね」
「そうだね、姫様」
「もう! そのあだ名嫌いだってば!!」
青木さんはそういうと、スクールバッグで僕の背中を叩いた。鈍い音がした。地味に痛い。
空間への映像投影技術を利用した立体投影型の掲示板の前は、指定された時間の十五分前だというのに人でごった返していた。
僕は必死に自分の名前を探す。
「あ、あった」
僕は反射的に、名簿の上の方を見た。
青木さんの名前があった。
「山田君と同じクラスだね」
「うん、一年間よろしく」
僕たちはそんなあいさつを交わすと、指定された教室へと足を運んだ。
「こんにちは皆さん」
担任の先生は、五十は超えているだろう、癖のある白髪をした人の良さそうな女性だった。
彼女は黒板に自分の名前を表示させると、自己紹介をした。
「私が受け持つ教科は古典で、趣味は電子書籍を読む事です。一年間よろしくお願いします」
そう言った後、先生は初めの仕事として生徒名簿をおもむろに開く。おそらく、名前の読みの確認と同時に、出席を取るのだろう。
こういう時ですら僕は注目されないかと緊張する。大体、初日に限って先生は名前をフルネームで呼びたがり、同時にその読みに困惑したり名前ついて二言三言感想を言ったりするものなのだ。
僕はごくりと生唾を飲み込んだ。
先生の唇が、まさに名前を呼ばんとする動きが、スローに見える。
やがて、先生は生徒の名前を呼び始めた。
「青木乙女姫さん」
「はい」
「伊東心乃羽君」
「はい」
「奥村魅来さん」
「はい」
「尾野貴羅理さん」
「はい」
「川田宇宙人君」
「はい」
「北村大皇子君」
「はい」
「木村愚零都君」
「はい」
「岸宝石さん」
「はい」
「木津愚々零……さん」
「はい」
さすがの先生も少しだけ戸惑ったようだ。
「いいお名前ですね。三十年以上教師をしてきましたが、初めて見ました」
「あ……ありがとうございます」
木津さんは恥ずかしそうにぼそぼそと言った。
その姿に可愛いなと思っている間にも出席点呼は続き、ついに最後の人物。つまりは僕の番になる。
「山田……た、ろう君」
「はい」
「……珍しい名前ですね。昭和時代や平成時代あたりの古典作品ではよく見かける名前ですが」
「よく言われます」
僕は自嘲気味に笑うと、無意識に窓の外を見ていた。
今は西暦23××年。春。
その青空を、最近開発された反重力エンジン搭載型飛行機が虹色の後光をなびかせながら飛んでいた。
いつかこんな日がくるのでしょうか……。
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