召喚その2
大変お待たせいたしました
それでは、どうぞ
生徒の興奮も冷めぬまま、時は流れ定刻となりハスネ先生が現れた。先程の説明していた穏やかな口調とは打って変わって、真剣な表情で私達を見つめる
「召喚の陣は予め私が準備しておきました。貴方たちが呪文を失敗しない限り、パートナーは現れるはずです」
ハスネ先生がスッと手を地面につけ魔法陣を展開する。魔法陣はその人の特徴を表すと言われている、この人の魔法陣は紫色…陣の形は薔薇だった
(紫薔薇、ねぇ)
陣が光るのを横目に、優しく大人しそうなハスネ先生からはあまり想像のできない陣に私は静かに疑念を抱いた。しかしこの疑念の正体も、ジィさんが彼女の存在をよく思っていないといった先入観からだとその疑念を頭の片隅に追いやった
生徒がざわめく…ついに自分のパートナーを呼び出すのだ。私もラクアを召喚するまで、彼らと同じように興奮しながら大人たちに宥められていたのだとふと思い出した
パンッ
ハスネ先生が手を叩き準備が整ったことを知らせる。それを聞いた生徒が彼女の周りに集まり期待の眼差しを向けていた
「早速、始めましょうか。先に黒魔法を扱う生徒から行います。人型が召喚された場合は残るように。それ以外は契約を済ませたら各自講堂へ戻り既に配布されている今後の授業予定を確認し待機するように」
私は白魔法を扱う…という事になっているから、リンと一緒に大樹の下で待機することにした
「ミシェル、どんな召喚獣が良い?」
「私達には選ぶ権利はないからなー、でもふわふわした大きな…獅子のような召喚獣がいい。リンは?」
木陰に二人で座る
黒魔法使いは既に列を作っていた、一番最初はさっき俺のターンだと抜かしていた男子生徒だ
「私は、妖精がいいですわ。天族の中でも精霊はメイビスの家系において尤も相性のいい召喚獣だそうです。もともと先祖が妖精と人間の間から生まれた子だったと言われていますし」
「妖精かー!何の妖精がいい?」
「もう!それこそ、選ぶ権利など口にするのも烏滸がましいです…精霊であれば、なんであれ私は心から歓迎いたします!あ、だからって他の召喚獣が駄目って訳ではないですよ!?等しく歓迎いたします」
リンは一人で赤くなったり青くなったりコロコロと表情を変えていた。それを、数人の男子が見ているが本人は全く気付いていない…鈍感で天然、恐ろしいわ
と、空気が変わるのが肌で感じられた。召喚の儀が始まったのだ、先程までザワザワと騒がしかったのが嘘のように静かになる
平野に、男子生徒の声はやけに大きく聞こえた
「古の契約により絆を結びし我が僕!声に応え姿を現せ!!」
ガッガッガガ!!
彼の声と共に地面が割れはじめた
ハスネ先生の紫薔薇の陣が光り、やがて彼の陣だと思われる緑色の狼のような形をした陣が光り輝いた
≪千年、待ちましたぞ…いや、あなたがこの世界に再び生を受けたときが千年ぶりの再会だとすると、16年ぶりになりますか。いやはや大きくなられた!その御姿!今まさに召喚を終えたばか―――≫
割れた大地から現れたのは緑色の狼、森の恩恵を受けたグリーンウルフだった
「す、すごいわね…あれグリーンウルフですわよね?あんなに人懐っこいのですね」
(それにしたって異常だわ)
召喚した本人はまんざらでもない様子でグリーンウルフを抱きしめている。やはり前世の記憶というやつなのか、直ぐに意気投合したようだった
ハスネ先生が彼に契約を済ませるよう言い、漸く落ち着きを取り戻したのか血の契約を施しグリーンウルフと共に颯爽と校舎へ消えていった
「イオール!校舎内に召喚したパートナーを入れてはいけませんからね!!」
ハスネ先生が、走り去っていく彼に向けて大声で窘める…彼、イオールという名前だったのか。去り際に見えたネクタイの刺繍はB…馬鹿な奴だとは思っていたけれど実は強いのね
――――俺の時代キター!!
訂正、やはり馬鹿なようです。グリーンウルフも同じようにキターと叫んでいた、主従関係は性格にも表れるのね
「で…では、次の生徒始めて下さい」
ハスネ先生は少し疲れた様子でそう言った
――――――――――――――
―――――――
「では、白魔法を扱う生徒は列になってください」
人型の霊魔を召喚したのはほんの数人、しかも皆Aランクだ。2人ほどBランクが混じっていたが、やはり人型は強い魔力を持つ魔法使いと契約を結んでいた
(そういえば、まだ噂のSランクを見ていないな)
入学式の様子を知っているリンは、その話を興奮した様子で語ってくれた
『Sランクですって!?あの方々は、本当にお美しかった…全身から圧倒的なオーラで私達貴族ですら迂闊には近寄れない雰囲気を醸し出していました。今年のSランクは全員で4人だそうですよ』
『だそう…って、入学式で見たんじゃないの?』
『いいえ、見たのは3人。あとの一人はミシェルと同じで入学式には出席されませんでした。なので最後の一人は私もわかりませんわね』
最後の一人、なんとなくあの時すれ違った彼を思わせた。動の怒りを身に顰めた、私とまるで対局のような彼…多分そうだろう
「せんせー、Sランクの奴らはこの授業参加しないんですかー」
人型を呼び出したAランクの生徒がそんなことを言った。確かに、この場にSの刺繍をネクタイに入れた生徒は見当たらない
「彼らは既に召喚の儀を終えています。あらゆる面で彼らは別格なのですよ」
そう言うハスネ先生はどこか誇らしげな表情をしていた。差別だ、そう思った
「なんか嫌ですわね、公平平等を謳うこの学園がいいところですのに…先生がそんな言葉を使うなんて」
「聞こえるよリン。しょうがないよ、確かにSランクは別格なんだよ。今は私達に出来ることをしよう…まあ、私どうせSには程遠いEランクだけどね」
ジィさんが彼女をよく思わないと言った理由が少しわかった気がした。彼女はきっと政府よりの魔法使いなのだ、ローブだって特殊教員用の色をしている
(政府は、完全実力の世界だからね…彼らがこの学園で教鞭をとっているのはジィさんの行動を監視する目的でもあるのかな)
彼女の紫薔薇の陣が、やけに毒々しかった
――――――――――――
―――――
「次、前へ」
とうとう私達の番になった
最初はリンだ、不安な表情で私を見た後陣の上へと立った
(彼女は大丈夫、だってこんなにも精霊が集まっている)
形のない小さな精霊が彼女の周りをまわっている。それだけリンは精霊に好かれているのだ、血筋もそうだろうけどリンの精霊を愛する気持ちが一番精霊を寄せているのだ
リンの詠唱と共に陣が光り出す
紫薔薇の陣は、リンの白く羽の様な形をした陣へと変わり空高く舞い上がった
天空が輝く…これは、紛れもなく高位霊獣の召喚
私をはじめとした他の生徒、更にはハスネ先生も次の瞬間を食い入るような様子で見ていた
(さて、何が来る)
一瞬の光りの後、空からゆっくりと白い羽と共にリンの召喚獣が姿を現した
≪貴女様の呼ぶ声が届きました≫
現れたのは、妖精だった…ただの妖精ではない、人型をした、限りなく人に近い形をした精霊だった
「精霊王」
誰が言ったか、現れたのは精霊の王…ティターニアと呼ばれる霊獣だった
静かにリンの前に立ちその慈愛に満ちた表情でリンを見つめた。その様子を他の生徒、先生も目を輝かせながら見つめている
精霊王の召喚は稀だ
精霊を愛し、強い力を持ち、精霊とシンクロできる存在を精霊王自ら選びそして応える
白の系統は神獣ラクアを頂点に天使、そして天族、その他天界の住民に分けられる。天族の代表である精霊とユニコーン、聖霊は王が存在し、その王は天使と同等の力をもつ
そしてその王は統一者や天使と同じような力を持つため、人型に近い形をとることができる
私の後ろに並ぶ生徒がリンを羨ましそうな眼差しで見つめるなか、私は一人目を逸らした
(このままでは…)
精霊王が契約と称しリンの前で傅こうとした、その時――――
≪おや?≫
その動きが止まる
予想はしていた、こうなるだろうと…だからこそ先が、わからない
精霊王の慈愛に満ちた表情が一変、鋭い眼光がリンを突き刺した
空気が変わる
あの、暖かく優しい気配がまるで霊魔の如く濁る
「な、なんですの?」
リンの疑問は、目の前に立つ精霊王が無言の圧力によって解消された
他の生徒がおろおろとし始める
そんな、空気が変わったその場所で…精霊王は言い放った
≪どうやら、魔力が足り無いようだ…残念だね≫
無情にも、精霊王の言葉は平野に響いた
魔力の枯渇…尤もこの場合、枯渇というより精霊王の力にリンの魔力が追い付かないだけで、リン自身にはそれなりの魔力がある
呼び出した相手が自分よりもはるかに上の存在だったが故の、この出来事
(ここまでは、私の想定内)
精霊王が呼び出された時点で、こうなりそうだと予想はしていた。だが仮にも王の称号を持つ精霊だ、他とは違い直ぐさま召喚対象を無差別に攻撃するという理性のない行動はしないはずだろう
―――――精霊王は、どう動く?
≪貴女様はもう、私の知る存在では…無いようだ≫
精霊王の言葉がリンの思考をどん底まで落とす
その茶色い瞳が限界まで開かれ左右に動く
≪私に、今のあなたは必要無い≫
振り翳されたその手、精霊王の手が力をもってリンへと落とされるその瞬間
『今…ならば、後悔するね』
私の疑問は音とはならずに、念話となって精霊王へ届けられた
私の音無き声が精霊王に届くのが早かったか、それとも無情にも精霊王の力の塊がリンを押しつぶすのが早かったのか
大地が割れるほどの轟きが響き渡った
ほとんど説明文ですね、月詠は説明が大好きなようです←
今回はまさかのリンちゃんで終了
まだまだ時間が無いので更新は不定期ですが、これで表紙の2か月~の部分が消える(苦笑)
ちなみに補足ですが精霊王は両性です。
暖かい目でのろまなこの作品を、待っていてくださって本当に感謝いたします
それでは、ありがとうございました