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「――ル、ナル。平気か?」

「あ、ああ、なんとか。……何が、起こった?」

 成海大和ナルウミヤマトは手術室看護師を勤めて三年目になる。それでコイツは親友であり同期の看護師、進藤雅樹シンドウマサキ。俺らは今日も変わらず手術室で勤務していた筈だ。確か口腔外科のオペに入っていた。

「わかんないけど……。何か大変な事になったのは確かだよな」

 地鳴りと共に天井や壁が崩れてきた所までは覚えている。その時、近くにいたマサに庇われた。まだ俺の上に乗っているマサに触れた手が、違和感を訴える。

「マサ! 血が――」

 腕を掴んだ手がひどくぬるついたのだ。暗くてよく分からないが鉄の匂いがする。

「大丈夫。それより状況把握だろ。普通に考えて、事故かテロか」

 マサが立ち上がる気配がある。手を伸ばし辺りを探っている様だ。

「あっ、患者は!」

 医療人として患者の安全が最優先だ。慌てて一緒に立ち上がる。暗闇で方向の検討が付きにくいが、恐らくマサの居る方が手術台だろう。

「ダメだ、土砂で塞がれてこれ以上行けない」


 今日もいつもと変わらない朝だった。その筈だった。マサが担当した口腔外科の手術の導入手伝いに俺も入った。担当の麻酔科医は高岡治明タカオカハルアキ先生だった。十年目の中堅で実力派なのに、ハルさんと呼ばれ皆から親しまれている。ハルさんが全身麻酔導入を行い、外科医が手洗いを終わらせ、ちょうど手術開始と同時くらいだっただろうか。突然の爆発音か地鳴りなのか、正直良く覚えていない。天井が崩れ落ちた時に、近くにいたマサが咄嗟に覆い被さって来た。

 マサは怪我をしている。瓦礫が当たったんだろう。暗くて程度は分からないが、出血はまだ続いているんだろうか。

「マサ……」

「誰か、無事なのか?」

 声が聞こえた。ちょうど俺らがいる反対側だ。

「――進藤と、成海です。ええと……」

 マサが答える。こっちを振り返っているのだろうか。とにかく暗くてよく見えない。

「高岡だよ。二人は無事か? 一体、何があったんだ」

「ハルさん! よかった、無事だったんすね。俺とマサ以外がどうなったかも分からないし、何が起こったかもサッパリ……。でもハルさんが居てくれてよかった! 心強いよなあ、マサ」

 マサの返事が無い。

「……マサ?」

「あ、ああ。そうだな」

「とりあえず、もうすぐ非常電源が生きてりゃ非常灯が付くだろ。ナルもマサも怪我はないか?」

 マサの腕の怪我を伝えようとしたその瞬間、辺りが薄暗く点滅した。非常灯が機能しだしたんだ。

「電気が――マ、マサっ! 腕が……」

 決して明るくない非常灯の元、マサの左腕の肘の上から手の先までが血で真っ赤に染まっていた。

「ああ……」

 マサにさほど驚いた様子はなく、右手で傷口を抑えた。

「マサ、見せてみろ」

 ハルさんがマサの傷の具合を確認する。

「しっかり繋がってはいるな。出血が少しひどい。ちょっと縛って圧迫するぞ」

 羽織っていたガウンを脱いで裂き、手際よく駆血する。

「ハルさん、マサの傷はどうなんすか」

「ああ、早めにちゃんと治療をした方がいいのは確かだな」

「俺は大丈夫ですよ。それより、本当に何があったんだ?」

 言われて回りを確認する。入口側に麻酔器があり、確か俺とマサもその辺りにいた。麻酔科のハルさんも当然そうだろ。それが、麻酔器よりも向こう側が完全に天井が崩れ落ちて埋まっている。そして入り口も強い力がかかったのか無残に変形し、とても開くような状態ではない。不運なことに入り口についていた窓ガラスも部分も押しつぶされ外の様子は伺えない。

「とりあえず、完全に閉じ込められたって事だよな。不運なのか幸運なのか分かんねーな」

 この追いつめられた状況で、とりあえず落ち着いてられるのは、きっとマサとハルさんが一緒だからだろう。

「ハルさん、酸素ってあるんすか」

 怪我しているマサが立ち上がり、麻酔器を伺う。

「あんま動くなって」

「――そうか、麻酔器が無事ならバックアップ用の酸素が使えるな。とりあえずしばらくは酸欠には困らないか」

 ハルさんが麻酔器の作動を確認する。そうか、中央配管からの気体以外にも、電源が落ちた時用の酸素が多少はあるのか。他にも何かないかと見渡すと、ピンク色のカートが目に入った。

「薬品カートが無事だ! ハルさん、マサ、これ使えるんじゃねーの?」

 中身を確かめると、アンプルも割れずに全て無事である。

「うーん、使えそうなのあるか? それをお前らに投与する状況って、結構ヤバイと思うけど」

 カートの中身は昇圧薬、降圧薬、鎮静薬、アドレナリン、それから……。

「ほら、解熱鎮痛薬とかマサの怪我にいいじゃないすか」

「あ、確かにな」

「俺はいい、この状況で勿体無い」

 カートの下段に目が止まった。

「あっ、輸液! 水分があればしばらく人は生きられるんだよな」

 我ながらいい発見だ。もちろん食べ物は無いが、ここには電解質のしっかり入った輸液がたくさんある。糖質が入っているのもある。

「そうか! ナル、ナイス。HES製剤もあるからな。これでマサが多少出血しても大丈夫だ」

「なるべく避けたいっすよ……」

 輸液キットも勿論ある。しばらくは凌げそうだ。

「とりあえずは体力温存だからな。大人しくするか」

 ハルさんがそう言って、体温を奪われない様にと患者保温用の毛布を敷いて三人で座り込んだ。



 ここには時間の感覚がない。時計がついていた壁はもう土砂の中だからだ。初め俺らは黙っていたけど、三十分位経った頃からポツリポツリを喋りだした。もしかしたら十分程度だったのかも知れない。やっぱり不安が募るから、誰かを感じていたいんだろう。

「マサもナルもバスケ部だっけ?」

「そうすよ。ナルも俺も小学校からずっとバスケやってるんすよ」

「あー、背、高いもんな。何センチあんの?」

「俺が185で、ナルが178だっけ?」

 そーだよ。中学位までは俺の方が高かったのに、ズルイよな。

「マジで? そんなに差、あるっけ? あー……、マサ猫背だもんな」

「ハルさんも背、高いっすよね」

 確か俺とあんまり目線は変わらなかった筈だ。

「ああ、180かな」

「俺よりデカイじゃないですか。何部っすか?」

「ああ、セパタクロー」

「えっ? セパタクローって、あの足のバレーボール的な?」

 初耳だ。マサを見ると同じような反応だ。いや、そうだろう。

「つか、そんな部活あったんすね……」

「部員二人だったけどな。まわりには蹴鞠サークルとか言われてた」

「ははっ、違いないっすね」

 ……平安時代かよ。気がつけばマサが声をあげて笑っている。この状況がいつもの休憩室の様に思えるのは、やはり二人のおかげか。独りじゃなくて本当によかった。

 いつまで、俺らは閉じ込められたままなんだろう。一時間くらいで助けは来るのか、それとも一週間くらい掛かってしまうのか、それとも生きてはここから出られないのか。その全てがあり得るけど。ただ今は、今出来る最善を尽くすしかないんだ。

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