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7冊目「クラスティさん異言を発する」(後編)

 

 

 大規模オンラインRPG、〈エルダー・テイル〉。

 このゲームにおける、日本サーバー最大の規模を誇る集団(ギルド)、〈D.D.D〉。

 今日今日とて、そのメンバーを束ねるスタッフメンバーたちが、今後の運営と活動の方針を確認すべく、ミーティングを行っていた。


「では、今日の会議はここまでにしよう」

「おつかれさまでゴザル!」

「さあ終幕を……始めよう」

「平常運転中二乙」


 ギルドマスターの〈狂戦士〉クラスティが宣言すると、集っていたメンバーたちが散っていく。

 残るのは、ぐだぐだした雑談が目的の、いつものメンツたち。 


「お、ダルタスの坊主、ようやく新人組卒業かあ」

「まだ視界は狭いですが、責任感と真面目さは評価に値すると思いますわ。一回一回、注意を受けた点についてきちんと修正する真摯さもあります」

「連携についても、悪くありませんよ。彼の経験からすれば十分と言えるでしょう」

「……ダル……そんな子いたっけ?」

「先輩の参加された回にはいませんでしたから。まだ成長上限(カウンターストップ)ではないですから、これまでも一緒に動く機会はなかったかもしれませんね」

「ほー」

(ぐぐ、ダル太のヤツ、三羽烏にここまで褒められて! 悔しい! これはセカンドキャラを作って新人班に突貫するしかないでゴザル……っ)

(……ぶれないよなあ、ゴザルは)

(これは拙者一人の意見ではゴザらん! 〈D.D.D〉全ン百人の三羽烏ファンクラブ全員の気持ちでゴザルよーっ!)


 と、ギルドルームに響きわたる、ゲーム内には存在しない電子音。

 クラスティのプレイヤーの電話の着信音だ。


「……と、職場から電話のようだ。少し席を外すよ」

「また夜中のお電話ですかー。というか、この流れ、最近もあった気がしますねー」

「まあ、オフのことはあんまりつっこむもんじゃないでゴザル……あれ? マスター、チャットモードになったでゴザルよ?」

「この流れも最近あった気がするが……」


 〈エルダー・テイル〉における意志疎通手段の一つ、テキストチャット。

 マイクをオフにして、文字によるコミュニケーションをとるモードである。

 先日、クラスティの端末の周りで彼のペットの猫が暴れまわったことで、一騒動があったばかり。 

 ギルドメンバーが、またか、と身構えた、その瞬間。


『これで、問題なく入力できていますか?』


 画面に表示されたのは、まったくもって普通の文章であった。


「……あ、普通にしゃべった」

『マイクの調子が悪くなりましてね。明日には妹に実家から持ってこさせますが、今晩中はチャットを使うことになりそうです』


 さらりと打ち込まれた台詞に反応し、一部のギルドメンバーの間に動揺が走る。

  

「……皆さん。確かに隊長(ミロード)が十全に動けないのは不便ですが、今回は特に大規模な作戦もありませんし、そこまで動揺する事態ではないと思いますが」

「いや、高山女史。多分、ヤツらのポイントはそこじゃねぇだろ……」


 事態を収拾しようと声をかけたギルドの副官、高山三佐に、古参の〈格闘家〉、リチョウがため息交じりの言葉を返した。

 そう。数々の修羅場を経験してきた〈D.D.D〉のスタッフメンバーが、日常のこんなトラブルで右往左往するはずがない。

 つまり、彼らが動揺している理由とは……


「妹MAJIDE!?」

「イモウトでゴザルとーっ?!」

「全俺脳内会議即時議決! 妹充有罪(ギルティ)!」

「テメェら、食いつくのそこかよっ!」

「い、妹さんですの!? ど、どんな方なのですか?」

「って、お嬢までそこがポイントなのかっ!?」


 冷静にして沈着、礼儀正しく判断は的確。

 おまけにその声だけでもファンを作るほどの美声と、「完璧超人」の呼び声名高いクラスティである。

 その妹ともなれば、多くの者が興味を示すのも、無理からぬことであった。

 周囲の反応をひとしきり確かめた後で、クラスティはその混乱を収拾すべく……


『ええ、私が言うのも何ですが、才色兼備と言って差し支えないでしょう。品行方正で細やかな情も持ち合わせている。正直な話、妹にしておくのがもったいないくらいですよ』

「ぎ、ギルマス、なにガソリン注いでるんっすか!?」


 ……打ち込まれたのは、全く逆効果の台詞だった。

 

「むがーっ! 荒ぶれ十二人の怒れる俺! 何だその脳内妹具現化系!」

「く……マスターのイケメンムーブを見る限り相当レベル高い娘さんでゴザルな……」

「というか何ですかそのシスコン全開発言。今までのクールな陰険鬼畜眼鏡的色男イメージ守ろうとかそういう気持ちはないのかなクラスティ君」

「い、妹にしておくのがもったいない……ふ、不潔ですわ御主人様(ミロード)っ! そ、そういうのは、非生産的ですっ。人倫にもとります! は、はしたないですわっ!」

「今のセリフから間髪いれずにその発想が出てくるお前の方も相当はしたないと思うけどな」

「うっさい思春期! か、勝手に人の思考過程を妄想しているんじゃないですわ!」

「脳内オープンリーチで逆切れすなー!」


 蜂の巣をつついたように、という使い古された表現がぴったりなカオス。

 完璧超人クラスティシスコン説に、一瞬にして〈D.D.D〉のギルドルームは灼熱の鉄火場と化した。

 

「……どしたのユズコちゃん。腕ぐるぐる回す表現動作(エモーション)なんてやって」

「ふーふふー。古式ゆかしいぶーめらんのポーズです。深い意味はありませんよー? リーゼさんとユタさん、仲良しですよねー」

「どっちもどっちと。いい性格してるねえ、ユズコちゃん」


 その中で、2人。このやりとりの違和感に、首を傾げているメンバーがいた。


「……おかしい」

「やっぱ、高山女史もそう思うか?」


 クラスティの副官を自認する高山三佐と、ギルドの最古参メンバーであるリチョウである。


隊長(ミロード)は、誰かを盾にして周囲を沸かせることはよくやりますが、自分が矢面に立つことはない。むしろ、そうならないようにすることについては天才的な人のはずです」

「だな。大将のリアル敵愾心(ヘイト)管理能力は神がかってるからなあ」

「平時は〈守護騎士〉らしからぬ意味で、ですがね」

「これは、もしかして」

「ええ。おそらくは……」


 万能選手にして完璧超人。

 そんな性能にかかわらず、クラスティが多く敵を作らないのは、類稀なるバランス感覚による。

 注意や興味、意識を周囲の人間へと均等に割り振り、その影に隠れて能力を発揮することで、嫉妬や狂信を避ける技術。

 おそらくはクラスティのプレイヤーがゲームの外で培ってきた、己に向けられる感情を管理する能力だ。

 天性のものではないだろう。おそらくは、彼が人生経験の中で必要に迫られて習得せざるを得なかった後天的なスキル。

 〈D.D.D〉の中においても、彼との付き合いが深く長い2人のような立場でなければ気付いていない、クラスティをクラスティたらしめている隠れた力だった。

 しかし、その感情管理能力が今は、全く機能していない。

 2人が感じた違和は、そうした部分についてである。


「妹充死すべし! イヤーッ!」

「可愛い妹なんてウソさでゴザル! 可愛い妹なんてないさでゴザル! 寝ぼけた人が見間違えたのさでゴザル!」

「だけどちょっと俺だってほしいーっ」

「実際オバケ級レアMAJIDE!?」

「懐かしいネタだなオイ! っていうか生まれてねぇだろそれ放送してた頃!」

「妹となんて……ああ、御主人様(ミロード)が人の道に外れた過ちを……」

「シスコン即外道って明らかに思考が二階級特進してるだろお嬢っ!」


 もう、なにがなんだかわからない言葉の嵐の中で、


「ふむ。品行方正で細やかな情を持ち合わせている妹君は、勝手に兄の部屋に入り込んで、人の発言を捏造しようとするわけですか。品行方正という言葉の意味を辞書にいくつか追加しなければいけないようですね」


 よく響くテノールの「声」がギルドルームを満たした。

 静まり返る一同

 無理もない。その声は、まぎれもなく、クラスティのもの。

 マイクが壊れてボイスチャットができないはずの、ギルドマスターの声だったからだ。


「……ぁ、あれ? お、お兄ちゃん、職場からの呼び出しがあったんじゃないの?」


 沈黙を破ったのは、少女の一言。その声もまた、クラスティのアバターから発せられている。

 どうやら、ギルドマスターの青年がゲームを起動している端末の前には、別の少女がいるらしい。


「呼び出しの理由が明快でなかったので、彼を問いただしました。全部話してくれましたよ」

「……げ」


 青年の淡々とした回答に、少女の声のトーンが盛大に低下する。


「部屋に勝手に入り込んで家捜しを始めたのは許しましょう。僕に嘘をついたところで、それだって悪意があるものでなし、まあ、許容範囲内です」

「おおっ。ありがとうお兄ちゃん大好き愛してる!」

「ですが、しようもない理由で家の外の人間に余計な負担をかけたことについては、申し開きのしようがありませんよ?」

「……んげ」

「というわけで、僕は少し妹と家族同士の語らいをする必要性が出てきましたので、今日はここまでで」

「きゃー?! 助けてねこしーるどー!」

「にゃー」

 

 賑やかな声を残し、クラスティは接続終了(ログアウト)。アバターはギルドホールから消え去った。


「……なんだったんだ、今の」

「つまり、アレでゴザルか! マスターには、お兄ちゃん好き過ぎて部屋に忍び込んでシスコン発言ねつ造しようとするようなお兄ちゃん好き好き愛してる的な妹がいると! そういうアレ気なゲームな設定が生えてるってことでゴザルか!」

「ミダスの黄金……驕れるものには死あるべし。この因果、いかなる応報に繋がるか……」

「全俺殲滅部隊、TNT用意! ぬこ充妹充爆発すべし!」

「おまえら本当にクラスティさん大好きだな!」

「当然ですわ!」

「お嬢にゃ言ってねェよ! ってか、本人いないと堂々と言えるのな。ツンデレか!」

「……OK、クラスティ妹イラスト描いた」

「早いなオイ!? 三佐さんのとき級じゃねぇか!?」

「ちょ……ユタ、それぇノン!?」

「私が、どうかしましたか?」

「あー、いや、その……」

「とりあえず、クラスティさんが帰ってきたら、妹さんについての事情聴取開始ですねー」

「そ、そうでゴザルね! 実際追及重点でゴザル!」

 

 クラスティさん、妹持ち発覚。

 この事実はイメージ画像とともに瞬く間に〈D.D.D〉中に広がり、にわかにクラスティ妹ブームが巻き起こるのだが、それはまた別の物語である。

 

 

 

◇ キャラクター紹介 ◇

 

リチョウ(格闘家LV90)

 数多い〈D.D.D〉のスタッフの中でも、最古参のメンバー。

 〈猫人族〉だが、金と黒が混じった髪のカラーリングと長身のせいで、ネコというより虎めいた印象を与える。

 長いプレイ歴に裏打ちされた経験と気さくな性格で、周りから「旦那」と慕われるベテラン。

 プレイ歴からすれば後輩にあたるクラスティを「大将」と呼び、影から支える気配りの人。

 

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