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3冊目「クラスティさん傍観する」

 

 

 人気MMORPG、〈エルダー・テイル〉における、日本サーバー最大の戦闘系ギルド〈D.D.D〉。

 ハードコアなゲーマーからライトなニュービーまで幅広いメンバーの集う、ゲーマーたちの巣窟。

 普段ならば特定の仲間同士でばらばらな話題を繰り広げている、そのギルドメインルーム。

 だが、今日だけは違った。


「保育士MAJIDE!?」

「そんなっ?! 俺の脳内三佐さんはフランス外人部隊で幾多のダーティーミッションをこなす最強のワンマンアーミーだったのに!」

「全あっし会議の結果では、公安調査庁所属のクールな女スパイでげした!」

「いや、マイエア三佐さんはこの国を守る最前線に詰めていて、シャバに出られないうっぷんを、寮からネトゲ接続してひと時の癒しを得ている寂しい熱帯魚!」

「はっはっは。引っかかったな貴様ら! 三佐の装備の軍服ぽいコーディネイトをお勧めしたの俺ですぜ! さすがに海外データのどさまわりはとうぶんしたくないZE!」

「なんて釣り! チクショウリアルでそうでなかったとしても、この壊れちまった幻想は綺麗だったんだ! その想いは決して間違いなんかじゃないんだから……っ」

「落ち着けみんな! まだあわてるような時間じゃない! もしもボックスを探すんだ! お客様の中に青いタヌキを飼ってるメガネっ娘はいませんか!?」

「テメェが落ち着け!」

補逝園(ホイクエン)……まさか、そこに勤めている女が現在もいたとはな」

「知っているのかサンボルさん!?」

「それは捕まった者たちがことごとく逝くという、禁断の園。そこへ踏み入った者は、二度と外を見ることがない……民明書房の『本当は怖い幼児教育』に載っていた。あと誰が体重65トン(サンダーボルト)か」

「解説大往生ハゲ乙」

「保育士……三佐さんショタ萌えだったんですか! ショック!」

「いやむしろロリ萌えという説も」

「ロリ萌えMAJIDE!?」

「おねろり……アリですな! モハメドですな! 舞え、俺の妄想(コスモ)よ、蝶のように!」

「ねェよ! ってか、三佐さん(ほんにん)いないからって言いたい放題だなテメェら!」


 戦闘哨戒(フィールドモニター)班班長、高山三佐(みさ)

 その的確な指揮と、状況判断能力、そして、戦闘哨戒部門の設立を提案したというエピソードから、軍事関係の職業についているとの噂が(まこと)しやかに囁かれていた女性。

 そのイメージで、ついたあだ名は三佐(さんさ)さん。

 そんな彼女の、真の職業が、他ならぬ戦闘哨戒班のメンバーから語られたからである。

 

 保育士。

 

 児童福祉法第十八条の四曰く、「都道府県の備える保育士名簿に登録し、保育士の名称を用いて、専門的知識及び技術をもって、児童の保育及び児童の保護者に対する保育に関する指導を行うことを業とする者」をいう。

 まごうことなく児童福祉法において規定される、名称独占の国家資格である。

 職場は、主に保育所や児童福祉施設。

 その現場の苛烈さを戦場に例えることは多いが、間違っても周囲のメンバーが噂していたような硝煙や鉄の匂いがはびこる血みどろの空間ではない。

 そのギャップが、ギルドメンバー……特に実際に指揮を受けたことのある者にとっては衝撃であったらしい。

 混乱し錯綜する言葉の中で、〈D.D.D〉のギルドマスター、クラスティは平然と先の大規模戦闘の結果について副官の一人から報告を受けていた。

 クラスティに報告をしていたのは、〈妖術師(ソーサラー)〉リーゼ。

 〈D.D.D〉構成スタッフの中では新参だが、そのプレイテクニックと面倒見の良さから、メンバーの大規模戦闘(レイド)参加機会の管理やパーティの編成、新人育成などを中心に担当している女性プレイヤーだった。また、個人的にクラスティの副官役も買って出ている。


「獲得幻想級(ファンタズマル)『新皇の武具』は2つ。現状で獲得可能な『新皇の武具』は3種ですから、この戦い(シリーズ)は今のところ、〈D.D.D(われら)〉が制したと言ってもいいでしょうね」

「1つはソウジロウ君のところか。急造ギルドかと思ったが、存外やるものだな」

「〈西風の旅団〉の制した戦いは、最終戦の前哨戦。クライマックスに備えて我々が戦力を温存した結果です。負けとは言えませんわ、御主人様(ミロード)。むしろその戦力配分をどこからか聞きつけて一点突破してきた〈西風〉が、火事場泥棒に乗り込んだようなものです。はしたない」

「その判断もまた、実力だろう。彼の、というより、そのブレインのだろうけれどね。やはり、あそこには面白い人間が集まっているようだな」

「随分とあの女たらしを評価していらっしゃるのですね」

「彼の経歴を知っているかい? 剣豪将軍の弟子にして、はぐれ神官の相棒、腹黒眼鏡の弟分。猟犬の牙にして茶会の申し子。意図せず様々な人間と繋がり、味方につけていく能力は貴重だよ。リーゼ、僕らのように、思考が先に立つ癖のある人間には特に羨ましい特質じゃないか?」

「……高山三佐(アレ)も、そういう人種だとおっしゃりたいのですか、御主人様(ミロード)


 リーゼは、肩をすくめる独自アクションをアバターに取らせつつ、ため息をつく。

 キャラクターが向き直った視線の先には、二人をよそに加速していく、ギルドメンバーたちの三佐さんトークが展開されている。

 

「みんな! 考えてみろ! 確かにリアル軍人さんでなかったのは残念だ! だが! 想像してごらん(イメェェェジン)! はなまるエプロンをつけて子供相手に無理難題を言われて困っている三佐さん!」

「おおおおおお!」

想像してごらん(イメェェェジン)! お絵かきの時間に、どこからどう見てもこれクトゥルフ系の眷属じゃね? 的な似顔絵を『せんせーかいたお!』って言われて、困った笑顔で『ありがとうございます……』って言ってる三佐さん!」

「おおおおおおおおおおおお!」

「さらに想像してごらん(イメェェェジン)! お昼寝の時間中、寝相悪くてへそだしてる子に、しょうがないなあ……って感じでくすりと笑いながら、タオルをなおしてあげる三佐さん!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「俺も子供をつれて三佐さんのいる保育園へ行きたい!」

「子供どころか、彼女もいねェよなテメェ」

「むしろ保育園からやり直したい」

「心は今でも幼児ですっ」

「オ、オレの子供をぶげらっ!?」

「俺も園児になって一緒にお昼寝したい……」

「そんな園児(ジジイ)がいるかァ!」

「そっと毛布をかけ直してもらいたい……」

「一緒におやつ食べたい」

「隣でオルガン弾きたい」

「むしろオルガンになって弾かれたい」

「むしろどん引き」

「むしろロードローラーに轢かれてしまえ!」


 クラスティは喉の奥で軽く笑い声をあげると、眼前で不機嫌そうなリーゼに声をかけた。


「気に入らない、って顔をしているね」

「べ、別にそんなことはありませんわ! ただ、私は高山三佐の存在がギルドの規律を混乱させている事態を憂慮しているだけで……」

「『もしも自分が戦闘哨戒班の班長だったならば、こんな混乱は許さなかった』……違うかな?」


 まるで静かな庭先で談笑をするような気軽さで、クラスティは口にした。

 「狂戦士」とあだ名される〈守護戦士(ガーディアン)〉クラスティ。

 戦いの最中こそ、端的な単語しか発言せず、全てを敵の駆逐に振り向けるウォーモンガー。

 だが、平時の彼は、徹頭徹尾穏やかな、そして、底の読めない好青年であった。


 リーゼにしろ、クラスティにしろ、あくまで互いに目にするのは、アバターであるキャラクターだ。

 だから、感情は入力しない限り表情や動作に出ることはない。

 けれど、ボイスチャットでリアルタイムにやりとりができるコミュニケーションは、正直だ。

 言葉に詰まったリーゼの沈黙が、そのまま彼女の思いを代弁する。


「そ、それは、その……」

「君に新人担当を任せたのは、その方が適任だと考えた私の判断だ。それが君にストレスを与えているなら、謝ろう」

「そ、そんなっ。頭をお上げ下さい御主人様(ミロード)! 謝っていただくことなどありませんわ!」


 慌ててキャラクターを右往左往させるリーゼ。

 その様子を見て、クラスティは真面目くさった口調で言葉を続けた。


「そう言ってもらえると気が楽になるな。……それに、アレは混乱でもあるが、ギルドの連帯感を醸造しているとも言える。私に免じて、少しは目を瞑ってやってくれないか、リーゼ」

「そ、その……クラスティ様が、そうおっしゃるなら……」


 誰か一人でもこのやりとりに注目していたら、「爆発しろ」コールが巻き起こりかねない点描が舞いそうな雰囲気。

 だが、幸か不幸か、ギルドルームの三佐さんトークのボルテージは最高潮に達しており、誰もクラスティの巧みな思考誘導と、それにまんまと引っかかっている乙女(ぎせいしゃ)に気付くことはなかった。


「ああっ、三佐てんてーにオシオキされたい!」

「OSHIOKIせよ! OSHIOKIせよ!」

「ばかめ、おまえらができもしない入園の夢を貪ってる間に俺は同僚という地位を手に入れてやる……っ! これから古本屋に保育士入門書を買いにいってくるぜ!」

「俺は経営権を買収する方向で!」

「知っているか? 保育士はオルガンが弾けないとなれないんだぜ?」

「問題ない、俺には調理師免許がある。つまり、これで給食のお兄さんというわけだ」

「残念だったなっ。給食のお兄さんになるには、栄養士の資格もいるのだよっ」

「OK.三佐のっぽい保育園検索終了。対象を10件まで絞った。希望者笹PLZ」

「特定イクナイ」

「その情報処理能力を別の方向に生かせよ戦闘哨戒班ッ! ってかそれ以上やると垢BANなりかねねェだろうが!」

「よし従兄弟の娘を入園させよう。そして俺が保護者代理に」

「……あ、あれこれ……ちょ、おま、しゃれにならしょ。10分の1でウチのアレががががががお世話にぃぃぃぃぃぃぃ!?」

「よし。少々時間はかかったが、三佐さんの3Dモデルを保育士っぽいエプロンにコラしてみた」

「さんささんのMMDつくったお! 『三佐さんがミテルだけ【MMD】』」

「早ェなオイ!?」

「現在、次回作、『【MMD】甘えんぼうの三佐さんが可愛すぎてレイドに出撃できない』『【MMD】三佐さんが踊ってくれました【例の童謡】』作成中だお」

「GJ! GJ! GJ!!!!」

「ZIPクレ」

「全部(・∀・)クレ!」

「ほしい奴はアドレスと次のレイドのロット権をよこs「死ね!」「死ね!」「死ね!」」

「あ、じゃぁ、次はリアルに着てもらおう三佐に。むろんエルダーテイルで」

「テメェ本人の前でその台詞が吐けるのか?」

「はっはっはっ。できる訳ないじゃないか!」

「さわやかに言い切ったよコイツ!」


 会話の盛り上がりが最高潮になった瞬間。

 接続している全員の画面隅に、メッセージが浮かんだ。



 ■■ ギルドルームに 高山 三佐 が入室しました ■■



 瞬間。

 水を打ったように静かになる一同。

 そこに、歩みを進めていく、高山三佐。

 まるでモーセが海を割るように、無言のプレイヤーたちが道を開ける様は圧巻ですらあった。


「……こんばんわ、みなさん。随分、直前まで盛り上がっていたようですが」


 感情のこもらないハスキーボイスが、静まり返ったルームに響く。


「何か、私に聞かれては問題のある話でも?」


 ギルドルーム内の体感温度が、正確には、そこに接続しているプレイヤーたちの精神的体感気温が、数度下がる。

 ぎぎぎ、と、ぎこちなく、全員の視線が、ギルドマスターのクラスティへと集中した。

 

隊長(ミロード)。差支えなければ、どういったことか教えてもらえますか? 多少の雑談なら問題ありませんが、一瞬聞こえた先ほどのそれは、少々その度を過ぎたように思います」


 クラスティは先ほどの会話には加わっていない。

 つまり、共犯者ではない以上、彼らを庇う必要などありはしない。

 絶体絶命。

 全員が息を飲む、その中で。


「いや、なに。ここにいる娘さんのことで、少し盛り上がりすぎていただけだよ。最近の彼女の活躍は目覚ましいからね」


 クラスティは、脇にいるリーゼの方を向いて、何ということもないように言い切った。

 突然話を振られたリーゼとしては、硬直する他ない。

 色々と反論は浮かぶが、敬愛するクラスティの言である。もごもご言いながら、結局意味のある単語は紡げなかった。

 それをどのように解釈したのか、三佐は盛大にため息をつく。


「……だいたい理解しました。リーゼさんが魅力的なのは同性の私も同意するところですが、好きな子を困らせて喜ぶのは幼い子供までで十分です。謹んでください。あと、隊長(ミロード)。貴方は物事が面白そうな方向に転がりそうだと、悪ふざけも意図的に見逃す悪癖がある。それは、ギルドマスターとしてどうかと思います」

「ああ、忠告、痛み入るよ」


 全く悪びれることもなく言い切るクラスティに、ギルドルームの全員は心中で深く深く頭を下げたという。


 クラスティさん、三佐さんネタを傍観する。

 この事実は瞬く間にギルドに広がり、一部ギルドメンバーのテンションを沸騰させることになるのだが、それはまた、別の話である。



 

◇ キャラクター紹介 ◇


 クラスティ(守護戦士LV90)

 〈D.D.D〉のギルドマスター。

 美声と落ち着いた物腰から、女性プレイヤーの人気が高い。

 だが、いざ戦闘となれば苛烈な戦いを好むウォーモンガーであり、その筋の男性プレイヤーからも、頼れる兄貴分としての信頼を得ている。

 唯一の弱点は、完璧すぎて紹介文がつまらなくなるところ。この完璧超人さんめ!

 

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