28冊目「MAJIDEさん再会する」(後編)
「こらリィ! しゃっきりせんかぁぁぁ!」
「押忍ッ!」
「それじゃ通じないだろタコ暴。ちゃんと鋼暴丸かえふりの位置取りを見て動けってことさ。リィ、おまえさんの鎖剣はポジショニングが柔軟なのが売りなんだからさ」
『範囲攻撃持ちが相手のときは、戦士職と前衛攻撃職は近づきすぎない。大事です』
「解説ありがとうっす姐御! ユーミルサン!」
「さすがアグニ姐さんパネェッス!」
「……はぁ、本当に通じてんのかねえ」
巨大な大型エネミーがフィールドでも多く歩き回る魔境として知られるフォーランド。
そこで戦闘訓練をしていたのは、ヤマトでも最高練度を誇る戦闘系ギルド、〈黒剣騎士団〉のメンバーだった。
わいわいとやりとりをするメンバーの中、一人だけ文字チャットで会話をしているプレイヤー。そのネーム表示は「ユーミル」とあった。
それは、〈D.D.D〉の〈盗剣士〉、MAJIDEにとっては、聞き覚えのあるもの。かつて一時コンビを組んでいたプレイヤーの現実世界での芸名。それと、よく似た名前だった。
「懲りずに超ド直球ネーミングMAJIDE!?」
「……えーと。倉橋ゆみるちゃん? 身バレが原因で一回エルテを離れたんっすよね……天然さんっすか?」
「天衣無縫。まあ、なんというか。よい子なんだねえ。〈黒剣〉向きではあると思うよ。それに、一周回ってかえってばれにくいと思うな。ファンタジー系RPGをやるような人間にとって、ユーミルと言えば北欧の原初の巨人の方だろう。その姿があんな巨躯禿頭の大男ならなおさらだ」
自分をここまで連れてきた、〈西風の旅団〉のチカと紫陽花のやりとりを聞きながら、改めてMAJIDEはかつての相棒とのやりとりを思い出す。
確かに、妙なところで大胆で、見ていてはらはらするようなことを当然のようにやってのける娘だった記憶がある。その気風は、未だ健在ということか。そのことに、彼は少しだけ安心した。
かつての出来事でも、彼女の真っ直ぐな心持ちは変わっていない。それが、MAJIDEにとっては、わずかばかり救いだったのだ。
「にしても、〈黒剣〉とはねえ。青い鳥は近くにいたんだー的な奴っすね。いや、まだあれがMAJIちゃんの昔の知り合いだとは確定していないわけっすけど」
「群疑満腹ごもっとも。それじゃあ、ちょっと試してみることにしようか。ちょうど彼らの戦いも終わるところだし、ね!」
そんな安心で気が緩んだからか。
MAJIDEは、すぐ脇にいた紫陽花の不審な動きに気づかなかった。
いや、気づいていたとしても、反応できたかどうか。
なにせその行動はあんまりに突拍子がなくて、予想などしようもない奇行だったからだ。
「さて、これから現れるは難攻不落の双子巨兵。……そういえば、君はビッグアップルにいた頃、こいつを相棒と二人で倒したらしいね。あの頃みたいに幻想級で固めたわけじゃあないサブキャラでどこまでいけるか、お手並み拝見といこうか」
「レアボス召喚MAJIDE!?」
紫陽花がスクロールを読み上げると、フィールドに魔法陣が展開され、派手なエフェクトとともに、二つの巨体がフィールドに具象化していく。
〈双子巨兵の召喚陣〉。
フィールドで使用することで、レアエネミーである〈双子巨兵〉……ジェミニゴーレムを呼び出し、戦闘できる、秘宝級の使い捨てアイテムだ。
ジェミニゴーレムは鉱石系のレアアイテムを多くドロップすることで知られており、幻想級、秘宝級の武具のメンテナンスに追われるハイエンドプレイヤーにとっては垂涎のターゲット。だが、それだけに、〈双子挙兵の召喚陣〉の入手難易度も、それなりに高い。
それを、こんな戦力もそろっていない状況で唐突に使うなど……。
白と黒。対照的な色に塗り分けられた無機質な巨人が、目を光らせる。
MAJIDEたち、召喚者を敵として認識した合図だ。
改めて確認する。ここにいるのは、〈盗剣士〉MAJIDEと、同じく〈盗剣士〉チカ。そして、〈召喚術師〉紫陽花。いずれもレイドギルドの一流プレイヤーではあるが、ジェミニゴーレムの特性を考えると、個々人の練度よりも、連携の慣れの方がこの戦いでは重要になる。
『〈西風〉から援軍は?』
「必要ないさ。ほら、援軍ならすぐそばにいるだろう? 飛耳長目。レイダーが、こいつの出現をスルーするはずがない」
紫陽花の言葉からほぼ間髪を入れず、張りのある女性の声がMAJIDEたちへとかけられた。
「おうおう、〈西風〉の! ンなところでジェミゴー呼び出すとか、操作ミスったかい?」
「ああ、すまない。アイテム整理中に暴発させてしまってね。よかったら手助けしてはくれないかい? ドロップは人数割で山分けで構わない」
「へえ、随分気前がいいじゃないか。聞いたか? タコ暴、リィ、えふり、ユーミル。ジェミニゴーレムの叩き方は覚えといて損はないよ。いっちょ練習がてらやろうじゃないか!」
「押忍!」
「承知でさぁぁぁ!!」
「マジブッコミいくぜアグニ姐さん!」
巨体を見つけてやってきた〈黒剣騎士団〉のメンバーが、MAJIDEたちへと合流する。
語り口からだけでもきっぷのいい姉御肌であることが伺える〈妖術師〉の「亜倶弐」。がちがちに鎧を着こんだ眉ナシ禿頭の叫ぶ暑苦しい大男、〈守護戦士〉の「鋼暴丸」。どこか不自然な若者言葉でしゃべるひょろりとした金髪〈武闘家〉の「えふり」、巨大なリーゼントがトレードマークの〈暗殺者〉、「リィ」。
そして。
かつて、MAJIDEがビッグアップルでプレイしていた〈守護戦士〉のアバターとよく似た巨躯の青年〈盗剣士〉、「ユーミル」。
合計で8人。ジェミニゴーレムはハーフレイド12人での対応が前提のエネミーではあるが、なんとか目のある戦力が揃ったことになる。
「よし、戦力分配といこう。鋼暴丸くんとえふりくんはそれぞれ分かれて白ゴーレムと黒ゴーレムを担当。あとは、紫陽花、チカ、アラクスミが白、ユーミルさ……くん、亜倶弐さん、リィくんが黒を削る。ジェミニの特性のことはわかっているかい?」
「〈共鳴装甲〉だね。知ってるよ」
「聞いたことはあるっすね」
「押忍! 姐さん! 全然知らないっス!」
「リィテメェ! この前レザさんが教えてくれたろうがぁぁぁ!」
「すんっせん鋼暴サン! 改めて教えていただけっしょーか!」
「……んー、その。アレだ。硬いから気合で殴れっていう」
『〈共鳴装甲〉は、ジェミニゴーレムの特殊能力。設定上、あの一対の白黒のゴーレムはそれぞれが装甲を巡る魔力を融通していて、片方が殴られているときには、もう一方の魔力が殴られている側に回され、単純に装甲の厚さが倍近くになります』
「パネェ!」
「ヤバいっス」
「すげぇ」
「おう、タコ暴。おまえ知ってたんじゃねえのかよ。あとユーミル、解説助かるよ。とにかく、考えなしに叩いても、奴は固い。真正面から挑んでもMPが切れるのがオチだ。今回あたしらには回復職もいないしな」
「けれど、倒すのが無理難題なわけじゃない。片方が殴られているときにもう片方が防御力を融通するなら、それができないようにすればいい。〈共鳴装甲〉の弱点は、黒と白のゴーレムに対する同時攻撃だ。たとえば白にダメージがヒットしてから1秒ほど、黒には〈共鳴装甲〉が発動しなくなる。逆もまた然り。タイミングを合わせて殴れば、ジェミニゴーレム恐るるに足らずというわけさ」
紫陽花の解説をMAJIDEは頷きながら聞いていた。
この特性が、ジェミニゴーレム狩りの最大のポイント。
完璧にタイミングを合わせて攻撃し続けることさえできれば、昔、彼が相棒としたように、二人でジェミニゴーレムを打倒することすら不可能ではない。まあ、あれも何度も挑戦と失敗を繰り返しての難行だったのだが。
「けど、攻撃のタイミングを秒単位で合わせるとか、めちゃくちゃ難しくないっす? チカちーそんな練習してねーっすよ?」
「ま、完璧に合わせるのは即興パーティじゃ無理な話さ。だから、片方が総攻撃を始めたと思ったら、こちらもラッシュのタイミングをだいたい合わせればいい。そうすりゃ、攻撃の何割かは、互いにタイミングが合う。ロスはあっても、その程度を狙うのが限界さあ」
初めて共闘するようなメンバーで、そんなピンポイントのタイミングでの連携はできない。その亜倶弐の発言は正しい。
だから。おそらくは、紫陽花は敢えてこのエネミーを今、呼び出したのだと、MAJIDEは確信した。
「それじゃあ、戦ろうか野郎ども!」
〈黒剣〉の姉貴分の言葉に弾かれるように、八人が動き出す。
鋼暴丸とえふりが真っ先に飛び出し、黒と白、それぞれのジェミニゴーレムの前で挑発を行う。注意を盾役の二人へと向けたゴーレムはそれぞれが、胸部から黒白の輝きを射出して応戦した。
それを分厚い鎧で真正面から受け止める鋼暴丸と、軽やかに移動特技でかいくぐるえふり。
さすがに天下の〈黒剣騎士団〉のメンバー、手慣れた出だしだった。
「ぬるい! ぬるいぞぉぉぉ!」
「ン程度ォ! しゃべェっての!」
〈エルダー・テイル〉の戦闘で乱戦になりがちなのは、戦闘開始直後。エネミーからのヘイトが不安定で、装甲の薄い攻撃役へと攻撃が向きやすい。それを防ぐには、戦士職が思い切りよく序盤に敵に身を晒す必要がある。その点で、鋼暴丸とえふりの動きは、見本のような果断さだった。
ある程度盾役に対するヘイトが高まる――慣れたプレイヤーは「茹で上がる」とも言う――のを見計らい、残るメンバーが本格的に動き出した。
「五秒後から射撃!」
「あいよ!」
声をかけあい、〈妖術師〉の亜倶弐と、〈召喚術師〉の紫陽花が攻撃魔法を繰り出す。
〈妖術師〉の炎の魔法が黒、〈召喚術師〉の水弾が白の巨体へと吸い込まれていく。
特技の発動タイミング、詠唱時間が異なるため、精密な同時攻撃は難しい。これを二人は、ダメージは低いが連射性能の高い魔法を主体とすることで、偶然の同時着弾が発生する確率を引き上げて対応していた。
「気が利くねえ、紫陽花だっけ。〈西風〉じゃあそんなに目立たない名前だったけど」
「夜郎自大の趣味はなくてね。実力以上に名前が売れるのは避けてきたのさ」
「へっ。よくわかんないけど、隠れた実力者ってのはいるもんさね!」
魔法攻撃職の弾幕に背を押されるように、飛び出したのはチカとリィ。
連続攻撃を得意とする〈盗剣士〉チカに対して、〈暗殺者〉リィは一撃必殺の攻撃が特徴。
「押忍! 切り込ませてもらうっス!」
「なんか兄さん口調がかぶってるんっすけど! チカちーの貴重なキャラづけがピンチ!」
それでも、リィのモーションの大きい攻撃の発生を見ながら、チカがそれを追いかけるようにして攻撃のタイミングを近づける。最初こそずれが目立って〈共鳴装甲〉に弾かれた二人の攻撃も、少しずつその差を修正していった。
そんな中で、MAJIDEとユーミル、二人の〈盗剣士〉が、最後まで、動かなかった。
互いの出方を、伺うように。
どちらも、何も、口にしなかった。
装備も、武器もそっくりな二人。
小柄な少女と、巨躯の青年。いつかとは逆のアバターの二人。
その均衡が破れたのは、ジェミニゴーレムの反撃がきっかけだった。
ヘイトが一定値以上になった際に発動される、至近範囲攻撃、〈共鳴せよ黒白の音叉〉。
平衡感覚を狂わせる効果を持つ魔の音波を放つというフレーバーで、移動阻害と回避力低下の効果を持つ、ジェミニゴーレムの切札だった。
一撃で全滅するような威力はない。まして、片側で盾役を務めているのは十二職でも最大の防御力を誇る〈守護戦士〉だ。特にタウントワークに支障はない。
が、もう片側の、えふりの方はそうはいかなかった。〈武闘家〉は機動力を武器とし、攻撃を回避することで敵をやりすごすタイプ戦士職だ。命綱の足を殺されては、一気に均衡が崩れかねない。
そこで、MAJIDEとユーミルは飛び出した。
〈ユニコーンジャンプ〉による高速跳躍でそれぞれのゴーレムの懐に飛び込むと、戦士職の前に立ち、白と黒の腕の薙ぎ払いに割り込み、〈リフレクションブースト〉でこれを防御。
そのまま〈マルチウェイライト〉からの〈マルチウェイレフト〉。
右手の四連。左手の四連。都合八連の斬撃が繰り出し、敵の攻撃モーションを中断する。
まるで、鏡像のようなタイミングで、MAJIDEとユーミルは〈共鳴装甲〉を無効化し続けた。
巨躯豪腕の青年のアバター、ユーミルと。
痩身華奢な美女のアバター、MAJIDEと。
容姿こそ全くちぐはぐな二人が、完璧な呼吸で一対の剣舞を踊る。
「……へえ」
「やはりね」
MAJIDEには、ユーミルの動きが手にとるように予想できた。
成長はしている。かつてよりも無駄がなくなっている。だが、彼女が目指していたのは、かつての彼の相棒の動きだ。だからわかる。しばらくぶりの時間の空白を超えて、一秒先を想像できる。
いつかの彼女の戦いの到達点を、いつかの彼女とよく似たアバターで、MAJIDEは再現し演じ踊り続ける。
完全に彼女になりきることで、彼女に向けられるはずの悪意を、全て自分で引き受けするように。形を似せて厄を引き受けるこの国の護符、ナガシビナのように。
つまるところそれは、彼女と別れてから、ずっとやってきたことの延長だった。
だから、ぶれない。ぶれるはずがない。そのシンクロは、揺るがない。
そう言い聞かせ、ユーミルの連続攻撃を予測する。
戦士職のバッドステータスが自然回復したのを見計らい、続けざまに二人のの〈盗剣士〉は〈二ーブレイク〉を発動。えふりと鋼暴丸を追いかけようとした黒白のゴーレムの動きが止まる。
膝砕きの名通り、この特技は数秒間の移動阻害の効果を持つ。それが発揮されたのだ。ちょうど、先ほどとは逆の立場。
一撃、丸太よりなお太い腕の一撃を受けて各々のHPバーが見る間に減少する。だが、動揺もなくそのまま二人の〈盗剣士〉は距離をとると、ゴーレムの攻撃範囲から逃れ、後退した。
「すげぇっすね、あの二人。同居してツイスターゲームでもやったっす? 瞬間で心が重なっちゃった?」
「押忍。ロリボイスだけど意外に古いネタっスね」
「さ、再放送っすよ! チカちーはぴちぴちのおにゃのこっすよ!」
後退地点から地を蹴ると、二人は助走をつけて黒白のゴーレムへと突撃を開始する。
〈ライクアシューティングスター〉。攻撃判定が生まれるまでに若干の隙があるために、密着状態では出がかりを潰されかねない、その代わりに絶大な威力を誇る特技。
流星のような刺突に、巨体が揺らぐ。そこに追撃の、〈ヴァイオレントスパーク〉。
魔的な閃光が、ゴーレムの魔力知覚すら麻痺させる。
無防備になった黒白のゴーレム。
これまでの二人の一糸乱れぬ猛攻と、仲間たちの支援によって、HPバーの大半は削りつくされていた。あと、一息でトドメが刺せる、最後の場面。
そして。その瞬間、
ジェミニゴーレム以上に鏡像めいたシンクロをしていた、二人の動きがぶれた。
――〈レッド・シューズ〉
MAJIDEを赤の光が覆い、舞うように敵の死角を巡りながら斬撃を放つ。
――〈ダンス・オブ・ブラッディ〉。
ユーミルを黒の靄が包み、踊るようにその場で回転しつつ連刃を振う。
シンクロのリズムが壊れ、〈共鳴装甲〉が二人の刃を阻む。
残りわずかのHP。だが、ジェミニゴーレムは、立っていた。
そして、これだけの猛攻を叩きこめば、いかに戦士職がタウントを繰り返そうとも、そのヘイトは真っ先にMAJIDEとユーミルへと向けられ……。
「――〈フィンガーオブラーヴァ〉」
「――〈アロープリンセス〉」
反撃の機先を制するように、亜倶弐と紫陽花の攻撃魔法が、ジェミニゴーレムの頭部を粉砕した。
「ふん、見せ場は独占させないよ。一応あたしの方がセンパイだからね」
「画竜点睛を欠く。まあ、その方が人間らしいというものさ。一病息災。満ちてしまってはあとは欠けるだけだからね」
白と黒のゴーレムの巨体が崩壊し、ハーフレイドクラスに相応しいドロップ品が溢れ出す。
それをぼんやりと眺めながら、MAJIDEは最後の攻防を思い返した。
最後の一撃の予測を、読み誤った。
あの状態で、連続攻撃でトドメを刺すという意図まではトレースできた。
ただ、そこで選んだ特技で、ズレが生じた。
MAJIDEの選択は、〈レッド・シューズ〉。
自らのHPが低下した状態でのみあらゆる攻撃モーションを高速化する特技。
対してユーミルの選択は、〈ダンス・オブ・ブラッディ〉。
いかなる状況でも安定した火力を叩きだす連撃特技だった。
この違いは、即ち、切札の違い。戦闘に対する考え方の違い。
MAJIDEは、常に最悪の事態を想定していた。一人で戦い抜くことをも前提としていた。味方の危機や失敗をフォローするための特技を、或いは、一対一の劣勢を覆すことを念頭において、重点的に成長させていた。
対して、ユーミルは、味方を完全に信用していた。メイン盾が、回復役が、彼らが自分を守り切ることを疑うことなく前提として、自分の役目をあらゆる場面で全うするための特技を磨いてきたのだ。
彼女は、味方を得たのだ。
背中を預けてもよいと信用できる仲間を、見つけられたのだ。
MAJIDEが友人を得たように。
お節介でも世話を焼き続けたいと願う仲間を、見つけだしたように。
多分、それこそが、二人の違い。
あの日、それぞれの姿を交換してから、それぞれが過ごした日々の象徴。
MAJIDEは、小さく息を漏らした。溜息のようにも、笑い声のようにも、どちらにも聞こえる息遣いだった。
◇ ◇ ◇
MAJIDEは、そのまま〈黒剣騎士団〉とドロップ品を分配し、別れた。
ユーミルとは、一言も会話をしなかった。
「よかったんっすかー? あの連携、十中八九知り合いだったんっすよね?」
「ああ、それは僕も興味があるな。そこで何も繋がりを求めないなんて、無欲恬淡極まれりという奴だと思うが」
〈西風の旅団〉の二人が問いかけてくる。
紫陽花はともかく、チカに関しては完全に善意のお節介からの疑問だろう。
確かにおそらく、あのユーミルは、かつてMAJIDEが世話になった相棒だろう。
『なぜって、もちろん』
けれど、だからこそ。彼女にが再び楽しく〈エルダー・テイル〉をプレイできることを望むからこそ。MAJIDEは、彼女に話しかけるべきではない。
倉橋ゆみるの名を騙るデコイとして、ヘイトを集める守護戦士として振舞う以上、盗剣士は、範囲攻撃の巻き添えを喰らわぬよう、MAJIDEとは遠く離れているべきなのだから。
『〈盗剣士〉は〈守護戦士〉に近づかないのが、セオリーというものだろう?』
「? 誰が〈守護戦士〉っすか? わけわかんないっすよー?」
だから、MAJIDEは、これからも、この姿で〈エルダー・テイル〉をプレイし続けるのだろう。
彼女が自ら、自身の正体を皆に明かすような日が来るまでは。
「本気っすか? 未練とかないんっすか?」
「……そこは、MAJIDE、と答えるべきかな? チカさん」
「う、うひゃあああ?! 普通にしゃべったぁぁぁあ?! ってか超渋い微妙なイントネーションが外人さんっぽいけどそこがまたなんかクルものがあるっすねああもう反則っすよ何歳ですかMAJIちゃん!? うひええええ耳が超くすぐったい!!」