27冊目「MAJIDEさん再会する」(前編)
「ええー!? ビックアップルのスラッグ&スネークっていったら、有名人じゃないですか!」
――『YAMATOでも見てる人がいるとはね。気恥ずかしいね』
「動画も見てましたよ! ジェミニゴーレム二人攻略とかすごく熱かったです。っていうか、なんで〈守護戦士〉と〈盗剣士〉であんなに攻撃タイミング合わせられるんですか! あれがバディのコンビネーションってやつですか!」
――『Buddyの単語は合わない思う。彼がHeroで私はSidekick。ホームズの話を書くワトスン博士のようなものだよ。私は動画を作ることができた。それだけだ。それも、私がこっちに来て終わったのだけれど。それにしたって、フロッグの活躍には及ばないしね』
「お引越しでバディ解消ですか。それで更新中止になったんですね。残念。でも、すごいじゃないですか。親戚のツテを頼って単身日本留学とか! 私もそういう勢い大好きですよ! 新しい世界に飛び込むってわくわくしますよね!」
――『開拓者魂という奴だね。この国では珍しい気質ではないかな?』
「うん。それじゃあ、私が今日からスネークさんの代わりをやりますよ。私があなたに話し言葉の今風な日本語を教える。あなたは私にスネークさんみたいな〈盗剣士〉の立ち回りを教える。どうです?」
――『じゃあ、最初のインストラクションだ。〈盗剣士〉は〈守護戦士〉に近づかないこと』
「うえー。冷たいよう。……え? 戦士職と武器攻撃職は近づかないのがセオリー? 範囲攻撃に巻き込まれないように? あ、なるほど。きちんと戦うには他の職の立ち回りも覚えないとですね。メモメモ」
――『それで、君のインストラクションは?』
「やっぱり、まず覚えるべきは、とっさの一言だと思うんですよ」
――『なるほど。それは理に適っている』
「驚いたとき。疑わしいとき。感動したとき。嬉しいとき。一言で全部まかなえる便利な言葉があるんです。それは――」
――『それは?』
◇ ◇ ◇
「MAJIDE!?」
華奢な体躯を包むエキゾチックで露出の多い薄衣。エキゾチックな美女のアバターから放たれたよく響く太い声の叫びに、周囲を取り囲んでいたプレイヤーたちが硬直する。
「……男?」
「ええええ!?」
「違うじゃん! 話全然違うじゃん! 誰が今をときめく売り出し中アイドルさんだよ!? ゲームの中くらいアイドルと会話できたらいいなとか思った俺の純情ロマンはそこから何も言えなくなってスターダスト孤独だよ!? 超いい男ボイスだけどそっちの趣味はノータッチだよ!」
「だって! 動画で出てたアバターと装備も見た目もそっくりだし! あと名前のアナグラムの件説明したときにはおまえらも俺を讃えたじゃん!」
「ああそうさまんまとおまえさんの妄想推理に騙されたよ! 勇気を出して話しかけたら男でしたっていうオチまでついて来週には笑えるネタに昇華できるんじゃないかながんばれ俺!」
三々五々ちりぢりに退散していく野次馬たち。
それを見送りながら、日本サーバー最大の戦闘系ギルド、〈D.D.D〉のトッププレイヤーの一人、通称MAJIDEこと、アラクスミ=ヒルフはさしたる感慨もなく狩場へと向かった。
MAJIDEのアバターは華奢な美女の姿をしているが、プレイヤーはれっきとした男性である。しかし、普段はテキストチャットで会話し、男性であることは前面に押し出していないため、女性と勘違いされることも多い。
一般的なMMORPGの遊び方としては決して少なくないプレイスタイルだが、音声チャットを前提としたプレイスタイルが浸透しており、また、ロールプレイヤーの比重が比較的高い〈エルダー・テイル〉では、若干マイナーなタイプのプレイヤーでもあった。
「やっほー、MAJIちゃん、なんなんっすかあの人らー」
軽いノリの声をかけながらMAJIDEの周りをくるくると回るのは、ピンクの髪をツーテールに束ねた、ドワーフ少女のアバター。〈西風の旅団〉に所属する〈盗剣士〉、チカだった。
クリスマスの日、〈西風の旅団〉のソウジロウ集団デート部隊とMAJIDEたち、〈D.D.D〉のモテない男部隊が乱闘を繰り広げて以来、顔見知りとなった相手だ。
『いつものことだよ』
「ふーん。なんか、アイドルがどうとかいってるけど。もしかしてアレっすかー? 最近あちこちで出没してはゲリラライブを繰り広げてるけどあまりの歌声のアレさにゴリラライブとか呼ばれてるらしいピンク髪の流しの自称アイドルと間違えられた?」
『たぶん違うだろう。というか、そんな変わり種が流行しているのか。さすがアキバ。懐が深いな』
ぽんぽんと飛んでくるチカの言葉に、MAJIDEはテキストチャットで短く返事を繰り返す。
あまりに特徴的な、驚いたときのとっさの言動のイメージが強いが、普段の彼は実は淡々としたプレイヤーなのだった。
「むーん。なんかノリが地味っよう。テキストチャットだとこう、感情も読めないしー。こう、さっきの「MAJIDE!?」みたいなリアクションないっすか? その恰好と声のギャップとか、外人さんみたいな独特のイントネーションとか、狙ってるんでしょ? 芸風はばんばん活かさないと!」
『別に芸ではないよ。笑いを取るためじゃあない。とっさの反射的な一言というやつさ』
「んじゃーなんでわざわざそんなプレイスタイルやってんっすかーまぎわらしい! なぜか変換できない! というか、見た目美少女アバターで驚くと野太いリアクションで普段は男装麗人系丁寧テキストチャットととか属性ぶれぶれじゃないっすかー」
チカの反応に隊士て、やれやれとばかりに肩をすくめる動作をアバターにとらせると、MAJIDEは一瞬の沈黙の後で、
『私も昔は、この声にあったガチムチ系マッチョ〈守護戦士〉でプレイをしていた。だが、気づいたのだよチカ君。〈エルダー・テイル〉に年間330日ほどログインするとして一日5時間プレイすると1650時間ほどプレイ画面を見続けることになる。これは膨大な時間だ。そしてプレイ画面には基本常に自分のアバターが表示されるだろう? ならばその姿は目の保養になる姿の方が楽しいのだと私は気づいてしまったのだ。あと、昔プレイしていたBig Appleと比べてYAMATOは古今東西のエロ可愛い系女性用装備のバリエーションに富んでいる。露骨ではなくギリギリKAWAIIのラインを死守しつつ色気を欠かさないこの絶妙なバリエーションはむしろ職人芸と言ってもいいだろう。メイド服! スク水! スーツに制服ミニスカポリス、KIMONOに巫女服! それを手に入れ、理想のアバターに装備させる。これをゲームの目的に追加した結果、私の実力はかつてよりも当社比30%増しで上がった気がする。ちなみに今の目標は、透けそうで透けない、でもちょっと透けるかもしれない踊り子の薄衣で、これはレイド産ドロップ率0.5%のレア素材を10個要求されるという苦行プレイ必至。だが、いい。それがいい。むしろいい。手が届かぬ尊き輝きに、それでも指を伸ばすことこそ男のロマンというわけだよ』
大量のテキストをチャットウインドウに叩き込んだ。
「長っ!? んでもって熱意が溢れすぎて気持ち悪いを一周回ってなんかそこはかとないかっこよさを醸し出し始めている的な錯覚を生みそうでヤバいっスが結局極めてアレな思考だった! 結局アンタもあのメンバーの一人だったってワケっスね!」
『チカ君。こんな言葉を知っているかね。――類は友を呼ぶ』
テキスト入力速度を感じさせないほどの、清々しいまでのノンシークタイム即答であった。
ぶふっ、とチカが盛大に噴き出した音をマイクが拾う。
「言い切った! ですよねー。……でも、そういう自己完結目的だったら別に、男だって公言したっていいじゃないっすかー。それを前面に出さないで、普段はテキストチャットとか紛らわしいことしてっから、さっきみたいな変なのに絡まれるっスよ。めんどくさくないっスか?」
「でなければデコイたりえないからだろう? 姫を守る〈守護戦士〉くん。ああ、元、をつけないといけないか。今度は、そこのお嬢さんに鞍替えかい?」
「ふうん、デコイ……囮っスか……って、声? 誰っスかー!?」
突如割り込んできた男の声に、チカがノリツッコミで切り返す。
MAJIDEとチカに近づいてきたのは、まねでNPCもかくやという地味な装備に身を包んだ男のアバターだった。性能よりも、目立たないことに特化した、街並みに紛れるための装備のチョイス。
チカは反射的にその恰好に対して身構えた。直感的に、この男に苦手なものを感じたのだ。
女性ばかりの〈西風の旅団〉に所属していると、この手の人間にはよく遭遇する。
〈エルダー・テイル〉をゲームとしてではなく、ツールとして理解している人間。人込みに紛れ込み、楽しく会話をしているプレイの中から、個人情報や人間関係を掠め取り、いいように扱おうとする人間の匂いを、チカは目の前の男から嗅ぎ取ったのだった。
「どーも、Arakusyumi=Hirhu……アラクスミさん、と読むのかな。その節は大変お世話になりまして」
男の挨拶に、MAJIDEは答えなかった。
そんな相手の様子に構うことなく、男は言葉を続ける。
「いやさ、「彼女」らしいアバターとプレイスタイルの娘が、〈D.D.D〉で活躍しているって聞いて、あのときの動画をアップしなおして適当なガキめらを煽ってみたんだが。さっきの声を聞いておっさん耳を疑ったよ。まさかあのときのナイト君が、あの娘の恰好してるんだもんなあ。彼女がどこかでまた別の名前でセルデシアで遊べるように、俺みたいなパパラッチ向けのデコイをしようとした結果が、この酔狂な恰好ってとこかいね。まんまと引っかかったぜ。今度こそスクープって思ったんだがなあ」
「なんの話をしてるっスかおっさん。MAJIちゃんのお知り合いっすか?」
「そ。知り合い知り合い」
「……嘘っスね。ってかアンタ、ブン屋サンっスね?」
「自己完結はよくないぜい、とはいえ、よくわかったねえお嬢さん。彼のおかげで、俺は駆け出しアイドル倉橋ゆみるの廃ゲーマー疑惑ってえ、まあやっすい週刊誌で喜ばれるような小ネタの証拠が掴めたの。感謝してるぜいナイト君。ま、ゲームやめて逃げられちゃったけどな」
「……MAJIちゃんが、遊び仲間を、ブン屋サンに売ったってことっスか?」
「いいねえいいねえ。うん、結果的にそういうことだ。ほら、ナイト君。だんまりを続けてると、君はどんどん悪者になるぜ?」
敢えて煽るようなわざとらしい笑い。きっとそれが、この男の手管なのだろう。
チカはMAJIDEのアバターを見る。最初から一言も発さない、微動だにせずに言葉を受け止める少女のアバターを。
「いいぜ、語る言葉はないってか。でもまあ、自分が彼女を台無しにしたってことに、自覚はあるんだろう、ナイト君。その名前が、なによりの証拠だ。Arakusyumi=Hirhu。彼女の名前をめちゃくちゃにしたネームをわざわざ背負っているのは、デコイのためだけじゃないんだろ?」
「……ふざけンなって話っスよ、傍から聞いてりゃこのおっさん。適当なことをペラペラと。アイドルさんがゲーマーだった? それがMAJIちゃんのせいでバレた? それでそのアイドルさんがゲームをやめた? あたしはそのアイドルさんとMAJIちゃんとアンタの間に何があったかはよく知らないけど。元はといえばアンタが人の趣味に首突っ込んで暴き立てようとしたのが全部悪いって話じゃいっスか」
続く挑発に答えたのは、MAJIDEではなく、ドワーフ少女、チカの方だった。
チカは別にMAJIDEと特別親しいわけではない。互いに有名戦闘系ギルドに所属して、たまたまPvPで一度戦って、今度一度レイドで共闘する予定の、その程度の関係だ。特に庇う理由などないといってもいい。
けれど、自分が大好きなゲームの世界に外のいざこざを持ち込んで、楽しく遊んでいる人間を邪魔するような相手は、チカにとって許しがたい敵だった。
「仕事だからねえ、許してもらう気もお嬢さんに気に入られる気もないよ」
無反応を貫くMAJIDEにひらひらと手を振り、男は立ち去った。
チカは溜息をつく。結局自分は小娘で、海千山千の大人が相手では、何の役にも立ちはしない。ゲームで培ったプレイヤースキルも、貯めた経験値も、幻想級の武具だって、ああいう悪意に対しては何の意味も持ってはくれない。
「MAJIちゃん、気にすることないっすよ。あんなオッサンの適当発言、チカちーは別に信じちゃいないっスから」
『間違っちゃいない。私の不注意で、恩ある女の子が一人エルテを引退した。別の名前で戻ってくることはあるかもしれないが、彼女が積み上げたものを一度壊したのは私だろう』
「……ホントにMAJIちゃんマジな芸風だったんっスね。びっくりっス」
『ただ、可愛い女の子アバターに可愛い服着せる楽しさに目覚めたのも本当』
「そっちもマジ!? そっちは言い訳だったらもっとかっこよかったっスね!」
すぱーん、手の甲でNAJIDEの肩を打ち、チカはわざとらしく声を張り上げてツッコミを入れる。
そして話しの流れを一度仕切り直すように小柄な体をくるりと一回転させ、彼女はMAJIDEに改めて向き直った。
「……なんとなく色々読めてきたっスよ。紫陽花姉さんの悪だくみに乗るのは正直業腹っスけど、まあ、意外とマジなMAJIちゃんの事情を聞いちまった以上、このチカちーは道化をやるのもやぶさかではないのでありました」
『?』
「……うちの陰謀マニアが、MAJIちゃんを連れてこいって言ってるんスよ。会わせたい人がいるって。面倒だし義理もないしぶっちしようと思ってたっすけど、まあ、なんとなーく話の流れで展開読めちまったっス。あの人の思惑は別として、MAJIちゃんの状況からすりゃあ、こりゃ無視しちゃダメな流れでしょ」
◇ ◇ ◇
チカの案内で、MAJIDEは〈妖精の輪〉を転々しながら移動を繰り返した。
おそらくは、最短距離を行くのが目的ではなく、先ほどの記者の尾行を撒くのが目的なのだろう。
幾度か数えられないほどのワープを繰り返し、そして、MAJIDEとチカは、フォーランドの平原に到着した。大型エネミーの闊歩する、レイダー御用達の稼ぎ場の一つ。
そこで、いつか相対した地味なローブの女性アバターがMAJIDEを迎えるように一礼した。〈西風の旅団〉の〈召喚術師〉紫陽花。チカ曰く、彼をここに呼び出した張本人。
彼女はファンタジー世界の淑女が騎士にするように、ローブの裾をスカートに見立ててつまみ、深々と頭を下げると、平原の奥を指し示した。
そこには、身をよじらせて暴れまわる亜竜と、それを取り囲む〈冒険者〉。
何人かは見覚えがある。〈D.D.D〉と同じく、ヤマト有数の戦闘系ギルドである〈黒剣騎士団〉のメンバーだ。たしか、えふりと、鋼暴丸、そして、亜倶弐、あとはリィとかいったか。
そして、もう一人。初めて目にする、だが、MAJIDEには覚えのある姿が、身を翻して亜竜の尾を切り落とした。
「――MJIDE?」
MAJIDEの口から驚きの言葉が小さく漏れる。
そこにいたのは、ガチムチ系スキンヘッド筋肉マッチョな男性アバターの〈盗剣士〉。
いつかの自分とよく似たアバター。今の自分とよく似た装備。
所属ギルドは〈黒剣騎士団〉。
そのプレイヤーネームは、ユーミル、とあった。
「懲りずにド直球ネーミングMAJIDE!?」
今度こそ思わず、MAJIDEは絶叫した。