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24冊目「ゴザルさんミッションインポシブる」

 〈追跡者〉。

 〈エルダー・テイル〉初期に実装された、主に隠密と追跡、情報収集に関する能力に特化した特技群を持つサブ職業である。

 戦闘には直接貢献しないことや、攻略サイトを丹念に見ながらプレイすれば多くのクエストにおける隠密が必要な場面は突破可能であることから、「便利だけど、だったら他のサブ職業をとるよねえ」と敬遠されがちなマイナー職というのが、一般的な評価だった。

 しかし、アキバ最大の戦闘系ギルド、〈D.D.D〉の中でも、PvP(対人戦)では有数の腕を誇る狐猿の評価は違う。〈追跡者〉は、万能職だ。〈追跡者〉の〈無音移動〉や〈隠行術〉は、移動時の集中力を、「見つからないこと」ではなく、「相手を見落とさないこと」に振り向けることができる。〈痕跡感知〉や〈広域知覚〉はたしかに攻略サイトで代用可能だろうが、複数のウィンドウを切り替えながら確認することで、少なくない隙が生まれる。HPでもなく、MPでもなく、人の集中力という有限かつ貴重なリソースを確保する特技群が〈追跡者〉にはある。それが、狐猿が〈追跡者〉を好む二つの理由のうちの、一つだった。

 そして、彼が「追跡者」を好むもう一つの理由は、PvPにおける強力さである。

 〈追跡者〉は、〈エルダー・テイル〉でミニマップ機能が拡充されたことに伴い、その機能を存分に生かすサブ職業として実装された。たとえば、以前クリスマスのときに活用した〈無音移動〉は、使用することで、ミニマップでの使用者を示すマーカーが見えにくくなるし、〈痕跡感知〉ならば、一度接敵して指定した対象を、目立つ色のマーカーに変え、一定以上距離を離されても、その方向を知ることができる、といった具合だ。

 プログラムに基づいて自動的に行動するエネミーと違い、対人戦では、相手の位置取りを理解する上で、ミニマップの利用が鍵になる。俯瞰視点の〈エルダー・テイル〉で、視界外のことを知るには、画面端のミニマップのマーカーが頼りなのだ。〈追跡者〉は、その表示を有利に操ることができる数少ない職業なのである。人間から気づかれず、一方的にこちらから相手を知覚できること。これが、〈追跡者〉の圧倒的なアドバンテージなのだ。

 今、狐猿こと、〈D.D.D〉最大レベルの〈追跡者〉、通称ゴザルは、その能力を駆使して、ある目的を達成しようとしていた。

 それは。


「……ゴザル。そこまでして、俺会議の行先が知りたいのかよ」

「決まってるでゴザルよ! 我ら〈D.D.D〉選抜ダメ男集団「らいとすたっふ」において、隠し事などあんまりあってはならぬのでゴザル!」

「あんまりかよ! っていうかなら今回はそのあんまりに入れてやれよ!」


 プライベートチャット、通称「念話機能」で、同じギルドの悪友、ユタとやりとりをしながら、ミニマップの方向を示すマーカーをチェックするゴザル。

 彼が追っているのは、同じギルドのメンバー、「俺会議」こと、〈武闘家〉セバスの行方であった。

 〈西風の旅団〉とのレイド協力企画が決まったあたりから、俺会議はあまりギルドホールに寄り付かなくなった。念話で狩りに誘っても、断られる始末。しかも、念入りに〈妖精の輪〉を使っているため、ログインしている以外どこで何をしているかも不明。

 そんな彼の謎の行動を解明すべく、ゴザルは走り出したのである。ちなみに、ユタは彼を止めるべく、律儀なツッコミ役として後ろをついてきている、青春の暴走の被害者Aである。


「ユタも不思議に思わないでゴザルか。あのいつもギルドホールに入り浸りぃの俺会議が、急に付き合い悪くなったとか!」

「……まあ、そうだけどな。でもそれを言うなら、中二の奴もそうだろうが」

「中二はオープンリーチだからいいのでゴザルよ! あんな可愛い〈西風〉の娘さんと毎日レベリングに出かけるとかきゃっきゃうふふか! どんな会話繰り広げるんでゴザルかあいつ! 悔しい! でも祝福しちゃうでゴザル!」

「……祝福はするのな。まあいいけど。なら、MAJIDEは?」

「MAJIDEが神出鬼没なのはいつものことでゴザルし、俺会議と比べれば、まだギルドホールで見かけるでゴザルしな。とにかく。俺会議のあれは怪しい。もしも女絡みだとしたら、下手に拙者らを気遣ってこそこそするというその勝利者の余裕が……」

「……そう。その余裕が、俺の怒りに火をつけた、だな! 我が愛すべき後輩よ!」


 と。ゴザルの視界に現れたのは、まるで西部劇から抜け出てきたようなウェスタンブーツにテンガロンハット、破けたマントにレザーの上下といういでたちのキャラクターだった。


「その嫉妬、グッドだね!」


 サムズアップの行動をアバターに取らせ、まるで歯がきらりと光そうな無駄に爽やかな口調でその男は言い切った。


「今、盛大にダメな人の声が聞こえたんだが、知り合いか、ゴザル」

「今、盛大にダメな人の声が聞こえたでゴザルが、悲しいかな我らが先達、レッドセンパイでゴザル」


 ゴザルの前に現れた男こそ、レッド・ジンガー。元〈D.D.D〉所属、今はフリーの廃人ゲーマーで、〈おっぱい二挺拳杖〉のアレな二つ名を持つダメ人間であった。

 クリスマスの日、ゴザルたちとともに〈西風の旅団〉に嫉妬心から喧嘩を売る原因を作った張本人でもある。普段はヤマトサーバー各地を転々としてるのだが、今はクリスマス騒動のお詫びとして、妹のレモン・ジンガーともども〈D.D.D〉の諸活動に協力していたりする。

 

「はっはっは、褒めるな青年たち。で、嫉妬だな? 青春の煮詰まりだな? リビドーのほとばしりだな? よし。そういうのだよそういうのがいいんだよ。ということで、このレッド・ジンガー、義というか嫉妬によって助太刀するぞ!」

「……なあ、ゴザル。もしかして、クリスマスのときも、こんなノリだったのか?」

「……まあ、御想像の通りでゴザルな」

「よし、そうと決まれば、俺の〈魔杖〉が火を噴くぜ! 隠密追跡用だと……〈召喚術師〉の、スペクターあたりが役に立つかなっと」

「ちょっと待ってレッドさん! こんなネタに〈魔杖〉使うとかマジですか!? 経験値消費バカにならない……っていうか、バカですか!」

「ユタ青年。こんな言葉を知っているかね。「躊躇うな。迷わずリソースをつぎ込め。おっぱいは正義。エルフのメイドには手を出すな」」

「絶対今適当に作りましたよねそのせりふ!」

「うむ。だが、そんな事はどうでもいい。要はテメェらがどうしたいかだぞ、後輩諸君。いや、皆まで言うな! わかる、わかるぞっ、友人が一人また一人と恋人を作る中自分だけが浮いた話の一つもないまま、友が皆我よりエロく見える日よ、なんて句を思い浮かべたりするけど、下の句で「花を買いきて妻としたしむ」とか妻とのラブイチャっぷりをのろけやがるリア充啄木に絶望するようなアキバ砂漠で、また一人裏切者が発生した予感に落ち着いておれようか! 否! 嫉妬の炎が俺たちの魂のエンジンに火をつければ走り出すが男の摂理! 〈魔杖使い〉と〈追跡者〉が組んで、追えない得物がいようか? いや多分いない! いないといいな! まあちょっと覚悟はしておけ! ……ということで」


 まるで拳銃のような形をした杖を左右に構え、レッドは銃口で帽子のつばを上げた。


「やっちまおう!」

「すまない。レッドさん。さっぱりわけがわからない」

「よーし、それじゃあレッドセンパイ、とりあえずスペクターを召喚して〈幻獣憑依〉からの隠密状態で加速。そろそろ〈妖精の輪〉に飛び込むはずでゴザルから、タイムテーブルが切り替わる前に、俺会議と同じ転移先に飛んで、場所の報告を頼むでゴザルよ」

「うへえ、手伝うとは言ったが、〈幻獣憑依〉の〈魔杖〉は値が張るんだが……まあ、いい。レモンのお説教は甘んじて受けるとしよう。へーんしん!」

「ああああ、なし崩しでまた事態が混迷を深めてやがる! くそ、おまえらいい加減に俺の話を聞けーっ!!」


 かくて、〈D.D.D〉教導部隊副隊長であるユタ、ゴザル、レッドの三名による、「俺会議の挙動不審を解明する部隊」は、うやむやのうちに状況を開始するのであった。 


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