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23冊目「ユズコさん、嵐の前の静けさに語る」

ずいぶんと長いお休みをいただき、申し訳ありません。

D.D.D日誌再起動、第二部開始です。ゆるゆるとマイペース更新をしていければと。

第二部からはちょっとシリアス増量になりますが、いつものメンツのそれからのお話におつきあいいただければ幸いです。

 

 

 人気MMORPG、エルダーテイルにおける、日本サーバー最大の戦闘系ギルド〈D.D.D〉。

 そのギルドホールの一室は、珍しく人の入りがまばらであった。

 部屋の中心では、おかっぱ頭に大きな帽子、小柄な体を包むゆったりとしたローブが目印の少女、ユズコがゆらゆらと体を揺らす動作をアバターに取らせている。

 全身でヒマであることを表現しているユズコに対し、隣にいる軍服を模した衣装の女性、高山三佐は直立不動。しかし、アバターに動きがなかったとしても、高山三佐はぼんやりとしているわけではない。

 ギルドの事務処理を別ウィンドウやプライベートチャット、ギルドチャットウィンドウで行うことが多い彼女は、アバターが止まっているときほど忙しいのだ。

 とはいうものの、高山三佐がこうしてギルドルームで静かに作業に集中できることは、珍しい事態でもある。

 いつもなら、作業をしながらわいわいと雑談に興じるメンバーの方向修正をしたり諫めたり、そんなことの方がメインになってしまうからだ。


「静かですねえ」

「そうですね」

「……静かですねえ」

「……そうですね」

「……ちょっと、静かすぎはしないでしょうかー。山ちゃん先輩。具体的には体感時間にしておよそ2年間ほど何も起きなかったくらい静かすぎる気がしますー」

「そのたとえはどうかと思いますが。……確かに。クシ先輩のログインが隔日くらいになっているのも気になるところですし」

「それを言うなら、ヤハウェ先輩なんて一週間くらいインしてませんけどー」

「ああ、ヤエ先輩ですか。それならいつものことです。気にしないで構いませんよ。面白そうなことがあればまた呼ばなくてもやってくるのがあの人です。リチョウさん以上に猫科の属性を持っている人ですからね。あれは多分、不思議の国のアリスに出てくるタイプの猫ですね。愉快犯です。トリックスターです。歩くイベントフラグ、特技はぱるぷんてですかそうですかという感じです」

「あはは……なんか、色々あったんですねえ」


 高山三佐の言葉を聞きながら、ユズコはここしばらくの騒動を思い出す。

 高山三佐のフィールドモニターデビュー。

 よくできましたカードの大流行。

 クラスティ妹存在の発覚。

 らいとすたっふによる、〈西風の旅団〉との大乱闘。

 そして、その仲直りのための、〈西風の旅団〉とのレイド決定。

 ばたばたと賑やかなイベントが続いていた日から一転、数日ほど、〈D.D.D〉には奇妙なほどの平穏が訪れていた。


「……らいとすたっふさんたちが、いないせいですよねえ」

「彼らにも、それぞれ仕事を割り振っていますからね」


 高山三佐の答えは簡潔だ。

 だが、ユズコはそれに、どこか違和感を覚えていた。

 たとえどんなクエストがあっても、レイドの準備で忙しくても、いつも賑やかに、楽しそうに、ここに集まってバカ話で場を混ぜ返すのが、彼らだったはずだ。

 それはリーゼやユタ、ともすれば高山三佐といった、生真面目なメンバーにとって、それなりのストレス緩和になっていたように、ユズコには見えていた。いや、新たなストレスの種になっていることも、同じくらい多かったのかもしれないのだけれど。

 ともあれ、そんな彼らが、ぱたりと、この場所での雑談を止めてしまった……というか、一堂に会することがなくなってしまった。

 それは多分、〈西風の旅団〉とのレイドの決定から。

 これは、一体どういうことだろう。


「むむむむむ……」

「どうしましたか」

「ちょ、ちょっと慣れないことを考えて頭がぐるぐるしてきましたー。こんなでは山ちゃんセンパイの片腕を名乗れませんー。よよよ」

「ふふ、私の片腕を名乗るのはハードルが高いですよ。これでも、指先だけはモデル並みだと褒められたことがあるのですし。ピアノの生命線でもありますし、子どもを抱き上げられないといけないし、手遊びだって覚えないと。働き者の、私の数少ない自慢の部位ですから」

「なんとー」


 いつもなら、ここで狐猿……ゴザルや、俺会議……セバスのオーバーリアクションがあるところなのだが、今は反応をするのはユズコのみだ。


「うう、やっぱりちょっとむなしいですー……ゴザルさんかむばーっくしぇーん!」

「しかし、私の片腕、だなんて。なんでまたそんな言い回しを?」

「ほら、山ちゃんセンパイがクラスティさんの片腕だって評判を聞いたのですよう。それで、かっこいいなあ、とー」

「……私が、ミロードの片腕、ですか」


 高山三佐の言葉に、どこか憂いが混じったのを感じ取り、ユズコは首を傾げた。

 人の言葉から感情を読み取ることは、ユズコの得手だ。だから、何か今の言葉に高山三佐が思うところがあったことは、確かなのだろう。

 けれど、特に妙なことを口にしたのではないはずだ。

 三羽烏、と並び称されて、クラスティを補佐する代表的な幹部メンバー三人のうち一人。

 彼女がいなければ、〈D.D.D〉は少なくとも今の形ではなくなるだろう。

 まあ、当面はリチョウやリーゼ、櫛八玉、あるいはそれで足りなければクラスティが出張って対応できるだろうが、もしも彼女が長期にわたって離脱するようなことがあれば、ギルドのありようは嫌が応にも変わってくるに違いない。

 そんな人間を、ギルドマスターの片腕と呼ぶことに、おかしいことなどあるだろうか。


「片腕、というからには、不可欠な存在ということでしょう。私は、そんなものではありませんよ。私では、彼の片腕にもなれない。どうせあの人はどんな状況でも、自分の力一つで退屈そうにどんな逆境も蹴り飛ばしてしまう人ですからね」

「あー……それは、なんとなく。クラスティさんがピンチになるところとか、想像がつかないですねえ」

「まあ、だから。むしろ彼に必要なのは、保育士でしょう。ならば、私がいる意味も、少しはあるかもしれません。その程度の人間ですよ、私は」

「山ちゃんセンパイ……かっこいいですー大人ですー!」

「茶化さないでください。まあ、ミロードの片腕になれるとするなら……クシ先輩か、あとは、将来的にはリーゼさんでしょうか」

「リーゼさんも……ですか?」

「クシ先輩の思考の飛躍はむらこそありますが、ミロードの慮外すらカバーするでしょうし、リーゼさんはその……転ぶ余地と成長の余地が、誰よりも多い未知数、といいましょうか。生真面目な硬さが強さになるか脆さになるか、その結果次第では……そんなところでしょう」

「シュレディンガーのにゃあですー?」

「ええ。蓋を開けるまで……」

「でてくるのは、希望絶望びっくりミミックですねー」

「だから、ユズコさん」

「はい?」

「もしもさしつかえなければ、リーゼさんが適当に息を抜けるように、協力していただけると助かります」

「そりゃあもうですよー。大事なゲーム仲間ですもんね。リーゼさんがぽっきりいかないようにしますよう。これでも、気配りのできるユズコさんとご近所でも評判だったりするのですよー。空気がお嫁さんだとも言われますが! 女の子だって空気嫁は娶れるのだそうですびっくりですよねー」


 何気ない言葉。

 その内容は、数日後、ユズコの胸を刺す小さな棘になる。

 けれどまだ、今は嵐の前の静けさ。

 高山三佐は事務を。ユズコはレベリングを。

 平穏な日常が、ゆっくりと過ぎていくのであった。

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