2冊目「ユズコさん質問する」
「なあ……オマエ、最近班長級でレイド参加した?」
「ああ。したぞー」
「いつのレイド?」
「新皇の帰還祭関連」
「ってことは……」
「超大規模レイド。精鋭ぞろいで楽しかったぜ」
「いいなぁオイ」
「さすがに狂戦士殿下まで引っ張り出されたからなぁ」
「クラスティさん前線出たのか。あの人もチートっぷりが激しいよな」
「そのうえ、だ。生三佐さんの生指示を生拝聴したぜ」
「マジで!?」
「マジもマジ。激マジ。あの人って都市伝説じゃなかったんだなー」
「それで、どうだった、噂通りの、その、なんだ。アレなのか?」
「すっげーの。俺マジで最前線の一兵卒になったかと思った。余計なことは何も言わないしへたれた動きすると容赦なくダメ出ししてくるのに、最後で『期待しています』とか言われるともうッ!」
「小洒落たミリゲーのオペレーターかぁ!!」
「そのうえマジクールボイス。ののしられてぇ!ってファンの気持ちがわかるわ」
「聞きてぇなあオイ!」
「『作戦中、皆さんの命は私が預かります。質問、反論は許可しません。これは決定事項です』って最初にいわれんだけどよ。これがもー鳥肌もの」
「ってか、ボイチャでそれって、リアルプロ声優とかじゃね?」
「台本とかねーし、あの人が作戦判断してんだろ? 正直、かなり戦いやすかったし……マジで、ミリタリー関係のプロとかじゃないか? そもそもこの部門を提案したのもあの人だってーし」
◇ ◇ ◇
人気MMORPG、エルダーテイルにおける、日本サーバー最大の戦闘系ギルド〈D.D.D〉。
戦域哨戒班統括者として頭角を現した女傑、高山三佐。
通称「三佐さん」。
彼女こそ、現在の〈D.D.D〉内で最も頻繁に話題に上る存在だった。
固定メンバーパーティでの冒険が多かった彼女の人となりを知るプレイヤーの数は少ない。
その素顔を知るのは、ギルドマスターのクラスティ、最近出没率が減少してきた古参プレイヤーであるジンガー兄妹や、彼女の姉貴分である「先輩」くらいのものである。
そんな今まで表舞台に立つことのなかったプレイヤーが一転、戦域哨戒統括班の設立から、多くのメンバーの前にオペレーターとして姿を現すこととなったのだ。
しかもその指示が的確、迅速、明快であるとくれば、これは興味を持つなという方が無理な話である。
しかし、当の本人は……
◇ ◇ ◇
「……へくちっ」
戦場哨戒班待機室で、高山三佐は小さくくしゃみをした。
「誰かが噂を……なんてはずもないですよね。風邪……寝不足ですかね……」
(((自分が時の人って自覚ゼロだよこの人!?)))
その独白に、周りで過去の戦績データをまとめていたプレイヤーたちが心中で総ツッコミを入れる。
類まれなる情報分析能力を持ちながら、高山三佐という人間は、人一倍噂にうとい人間であった。
クラスに一人はいる「噂話が最後に回ってきて、噂が耳に入る頃にはすべてが賞味期限切れになっている」タイプ。
生真面目であるがゆえに周囲が遠慮して、軽い噂が流れていかないのである。
「ミサセンパイっていつも落ちるの早めですけど、お仕事、朝早いんですかー?」
そんな中、班員の少女が何気ない様子で問いかけた。
ユズコ。
ギルドに入ったばかりのルーキーながら戦場哨戒班に立候補、三佐の試験をクリアして正式な班員として活動している変わり者の少女だった。
一瞥されようならば大の男も沈黙し、一声かけられれば言葉を詰まらせる鋼の女を相手にその反応は、屈託がないのか何も考えていないのか。
(切り込んだー!?)
(三佐さんの無駄話すんな的空気読めないのかコイツ!)
(いやむしろよくやった! 骨は拾ってやるからこのまま三佐さんの情報引き出せこのルーキー!)
班員全員が一斉に作業を中断して聞き耳を立てる。
「そうですね。朝は早いですし、寝不足で注意力散漫になろうものなら生き死にに直結する仕事ですから。あまり夜更かしはできません」
(((いきなり淡々と修羅場職業発言キター!?)))
「おおー。大変なのですね? 意外です。もっとおおらかな仕事だと思ってました」
(((意外とかないだろ! 当然だろ!! っていうかよくそんな物騒台詞をさらっと流せるなオイ!)))
絶対零度の声と物騒な内容のコンボを意に介さず、会話を続ける少女。
その空気を読まないマイペースっぷりに、班員達は戦場のパイナップルでキャッチボールをする子供を連想した。
だが、意外にもパイナップルは爆発することなく、班員達の息を呑む音をBGMに会話のやりとりは続いていく。
「ええ、明らかに肉体労働者でしょう。生傷の絶えない職場ですからね」
(((やっぱり戦場だ! 戦場だよっ! ってか兵士って究極の肉体労働ですよね!)))
「でも、素敵じゃないですか。センパイの仕事って、かっこいいイメージですけど。やっぱり実際やってみると理想と現実は違うのです?」
(((ノンシークタイムで普通の返事だ!)))
「世間一般に言われるほど綺麗な仕事じゃありませんよ。汗と泥にまみれた毎日です。3Kですね」
(((しかもすっごいリアルな返事キター!)))
「うぐ、ナマナマシイのです。そんなんだと、やめちまえー! とか思いません?」
「……それでも、未来を守る仕事、という自負もありますからね。辛くても、やりがいはありますよ」
(((……確定だ。マジ兵士の人だ。多分自衛隊とかの人だよこの人! G.I.ジェーン系!)))
「大人の女のセリフだ! あーあ、わたしもセンパイみたいになりたいなあ」
「まあ、今日みたいに組同士の争いを仲裁したりしていると、そんな奇麗事も吹き飛ぶわけですけど」
(((……って、組? 争い? ウソ、まさかのそっち系?!)))
「あー、秋はシーズンですから。会に備えて足並みを揃えないといけないのに大変ですねえ」
(((……ちょっとまてユズコ=サン何ナチュラルによくあることですね的な返ししてるの!? ソーカイ=ヤー的なアレって、うら若きお嬢さん二人のゲーム内会話としてどうなのよ!!)))
「秘蔵のオハジキを隠された子が暴れだしたときには、どうなるかと思いましたけど。何とかなりそうですよ」
(((拳銃deathとー!?)))
「おお! 大事にならなくてよかったですねえ。お勤めおつかれさまです!」
(((……OK。三佐さんの経歴を探るのは、やめとこう。あと、ユズコのもな)))
プライベート通信で班員たちがそう結論づけた、その瞬間。
「しかし、大変なんですねえ、保育士さんって」
(((……ぇ?)))
今日一番の、空気読まない発言が、班員を今度こそ、完全なる思考停止に追い込んだ。
◇ キャラクター紹介 ◇
ユズコ(召喚師LV35)
〈D.D.D〉に最近入ったばかりのルーキー。
三佐さんの「怖い人オーラ」が効かない稀有な人材。
周囲の空気は読まないのか読んでいないのか不明。