11冊目「みなさんの後始末」
■■ らいとすたっふさんたちの場合 ■■
「……相変わらず貧乏くじでゴザルね」
「元はと言えばテメェらが無茶やらかしたからだろうがーっ!」
〈西風の旅団〉のソウジロウに対して〈D.D.D〉の精鋭部隊「ざ・らいとすたっふ」が喧嘩を売ってから小一時間ほど後。
HPを全て失い、蘇生魔法を受けることもできずにホームタウンであるアキバ大聖堂へと強制帰還させられたのは、「ざ・らいとすたっふ」と、その共犯者である、レッド・ジンガー……だけではなかった。
ゴザルの親友にして、ギルドの良心担当、ユタもまた、HPを削りきられてこの場所へと辿りついていた。
どうやら、〈D.D.D〉のスタッフメンバーであるリーゼとともに仲裁に向かい、男性であるという理由で敵と認識されて問答無用で〈西風の旅団〉の女性プレイヤーたちに攻撃されたらしい。
「……ったく、どうしたんだよ、ゴザル。〈西風〉に喧嘩売るとか、らしくないじゃねえか」
脇で妹だという女性〈森呪遣い〉に引きずられていくレッド・ジンガーを横目に、ユタがため息をつく。
その言葉に真っ先に反応したのは、厨二だった。
「君がそれを言うのはどうかと思うが」
「ん? どういうことだよ?」
「ユタ。ゴザルは、君のぶんま……」
言いかけた厨二を遮るようにして、俺会議が叫びをあげる。
「俺内斥候部隊より警戒情報! ああっ、ボールペン山崎! あんなとこに、〈西風〉の〈吟遊詩人〉の女の子が!」
「ひぃぃぃーっ!? こ、殺せーっ、いっそ殺してくれっ!? あとボールペン言うなーっ!」
反射的に身を屈めて絶句する厨二。
ユタはしばし沈黙した後で、ためらいがちに床で丸まっている黒マントの仲間を指さした。
「……何があったンだよ、厨二」
「はっはっはっ。まあ、アレでゴザルよ。クリスマスパーティで某おにゃのことプレゼント交換しやがったどこぞのリア充には関係ない話でゴザル」
ゴザルの言葉に、ユタの動きがぱったりと静止した。
感情表現行動をとる余裕すらもない絶句。
「なっ、てててててて、テメェ、何をどこまで聞いてやがるっ?!」
「はっはっはっ、前田から包み隠さず、ほぼリアルタイムにメールでセミ実況」
「……ちょっと待てーっ!? ってか、テメェらグルか! 手芸のこと前田に教えたのはテメェだなっ!?」
「なんのことでゴザろうなぁー?」
親友のわかりやすいリアクションにほくそえみつつ、ゴザルは話題を逸らす。
共通の友人にユタの隠れた特技のことを教えたのは確かにゴザルだったが、そんなことを真正直に言う理由もない。
これ以上追及しても無駄と悟ったか、ユタはだんまりを決め込んでいたMAJIDEへと向き直った。
「……本当に、ただの小競り合いだったのか? 向こうから仕掛けられたとか、因縁つけられたとか、そういうンじゃないのか?」
こくこく。
エキゾチックな美少女のアバターが無言でうなずきを返す。
「……本当だな?」
「……MAJIDE」
「なーユター、なんで俺様ちゃんには聞いてくれないのさ?」
「テメェは脳内俺の数だけ嘘を用意して煙に巻くだけだろうがっ!」
「信用ねーなー。今全俺が泣いた! 脳内俺総人口の3分の1の純情な感情が傷ついた!」
「のこりの3分の2は?」
「やさしさでできています」
「ダウトぉぉぉ!! テメェはやさしさって言葉とバファリンに闇討ちされちまえ! ……まあいいや。伝言。おまえら、三佐さんから呼び出されてるぞ。俺は立ち会うなってさ」
ユタは追い払うようにしっしっと手を払う感情表現行動をとって、仲間たちを追い立てた。
「……話せるようになったら、何があったか教えろよなっ。ヤバそうなら手くらい貸せる」
ユタの言葉を聞き逃したふりをして、ゴザルは全員を連れて大聖堂を出た。
ユタは追ってこない。勘の鋭い親友のことだ。何か隠しごとをしていることは気づいているだろう。
自分がいては話せないことがあるのだろうと理解した上で、あえて理由をつけて別れたのだ。
「……ゴザル、いいのかい?」
「何がでゴザル?」
「理由を話せばユタはわかってくれたんじゃないのか? 今回の件、彼に無関係というわけではないだろう」
ユタのいるゾーンから出て、最初に問いかけてきたのは、厨二だった。
間違った美学に隠れがちだが、このメンバーの中で最も真っ直ぐな正義感を持つのが、この黒マントだ。彼にとって、敢えて誤解を招くようなゴザルの言動は疑問だったのだろう。
その気遣いは嬉しい。けれどゴザルは、やはりユタに詳しいことを話す気にはなれなかった。
「いいのでゴザルよ。これは、非モテが嫉妬で暴走してインガオホーってだけのバカ話。それ以上でもそれ以下でもゴザらん」
「……それが君の選択なら、僕に異はないが。損な性分だな。矜持の桎梏とは」
「悪いでゴザルね、ワガママに付き合わせて迷惑をかけたでゴザルよ」
「ま、別にいいけどさ。楽しかったし。サムライガールも可愛かったしな! イサミちゃんとか言ったか。全俺内エルテ性格美少女審査会の殿堂入りであった! ……まあ、思いっきしヘイト買いまくっちまったしそもそも他人の女だけどなチクショー!」
「……まったく、馬鹿ばかりだな。僕も含めて」
こくこくと頷くMAJIDEに、全員の笑い声が唱和し。
「楽しそうなところ悪いですが、少々話を聞かせていただきましょうか?」
「三佐さん出迎えMAJIDE!?」
野郎どもの笑みは、感情を限界まで押し殺した、背後からの声によって凍結した。
◇ ◇ ◇
■■ ジンガー兄妹さんの場合 ■■
「……噂の西風とやら、どの程度の実力か見てみたかったんだが」
〈D.D.D〉ギルドホールのバルコニーで、レッド・ジンガーは誰に語るとでもなく一人ごちた。
「むりやりカッコいい謎のライバルキャラ的言動で綺麗にまとめようとしてませんか、兄さん。絶対後で考えたでしょうその言い訳」
その憂いを帯びた兄の言葉を、絶対零度の冷たさで、彼の妹が斬って捨てる。
「いや、ほんとだって! マジよマジ!」
「じゃあなぜ私を呼ばなかったんですか? 私達は二人一組で戦ってこそ圧倒的に真価を発揮するのに」
「や、ヤツごとき俺一人で充分だと……」
「その心は」
「西風の力を見てみたかったのは事実だが、一方でヤツの半端無いリア充っぷりは俺の怒りの心に火をつけた。あとおっぱい」
「それが本音ですかあなたって人は」
〈D.D.D〉の元メンバーにして、草創期の主要メンバー。
〈ジンガー兄妹〉こと、兄のレッド・ジンガーと、妹のレモン・ジンガーであった。
レモンは、盛大にため息をつくと兄へと向き直る。
見慣れたレッドのアバター。だが、このギルドホールで、こうしている兄を見るのは、随分と久しぶりだった。
「で、どうでした? 今の〈D.D.D〉の子たちは」
「ああ。いいヤツらだったよ。バカで」
「戻りたいですか?」
「いんや」
「そうですか」
「なーんだよ。わかったようなこと言いやがって! この兄様の深謀浅慮などわかんない癖に!」
「はいはい。あと、それだと漢字的に深いんだか浅いんだかわからないです」
「くそーっ、今日は四字熟語に祟られてる日だーっ!」
「何ですかそれ。わけわかりません」
作りこまれた景色を見下ろす。見慣れた光景。
「……でさ。おまえの方こそ、帰りたいんじゃないのか?」
突然の、兄の静かな口調。
戻る、ではなく、帰る、と表現したのは意図的なものだろう。
ほんの数年前まで、この場所は二人の「もう一つの家」だったのだ。
「……いいえ」
少しばかり大きくなり過ぎた古巣。
そこから距離をとった自分たち。
未練はない。誰が悪かったわけでもないし、何かが噛み合わなかったわけでもない。
ただ、育った烏が二羽、巣を飛び立っただけのこと。
「わたしの後は、きちんと継いでくれた子達がいるみたいですし。少しだけ感傷的にはなりますけどね」
「そっかー」
きっと、戻りたい、と言えば、誰もそれを止めることはない。
兄も止めないだろうし、あの、遠くを見続けている冷淡眼鏡も、いつもと変わらない、いけ好かない笑顔で迎えてくれるだろう。
レモン・ジンガーは、自分の意思で〈D.D.D〉から離れたのだ。
未練はない。少し感傷はあるけれど。
「……けど、今回の件で私たちが〈D.D.D〉に精神的な借りを作っちゃったのは事実です。しばらく協力することとなりますけど、余計な騒ぎはおこさないでくださいよ?」
「はっはっはっ、任せろ!」
「全然信用できないから具体的に言いますけど、現三羽烏、リーゼさんとの接触は禁止です。彼女には若干男性不信の気があるようなので、兄さんは刺激が強すぎます」
「えーっ!? なんでだよケチ! 冷血! ホカポンタス!」
「誰のせいですかっ! あと、アンポンタンかオタンコナスかどちらかにしてくださいっ。悪魔合体して著作権的に超危険な単語になりかけてます!」
◇ ◇ ◇
■■ 三佐さんたちの場合 ■■
〈D.D.D〉のギルドホール。
普段ならば人でごったがえすその空間で、ぽっかりと人のいない空白地帯ができあがっていた。
その中心には、一人の女性。
「……まったく。男の子というのは……。まだ保育園の子たちの方が理性的です……」
腕を組み、足先をせわしなく動かす感情表現行動。
待ち人がこないときの苛立ちを表現するときに使われることが多いこの動作をしきりに繰り返しているのは、全身を軍服めいた防具で包んだスレンダーな〈吟遊詩人〉。
〈D.D.D〉のスタッフメンバー、高山三佐である。
普段は冷静沈着な彼女が見せる明らかな不機嫌さに、猛者揃いのギルドメンバーすら近寄ることができずにいた。
ただでさえ、淡々とした口調や遊びのない会話内容から「怖い人オーラ」が醸し出されていると評判の彼女である。それが明確にご機嫌斜めなわけで、触らぬ神に祟りなしと判断するのは仕方のないことだろう。
だが、そんな人払いオーラによって生まれた人の空白地帯にふらふら近寄る少女が一人。
「空気読めない娘」として知られつつあるギルドの新人、ユズコであった。
「センパイ、どうなさったのですかー?」
間延びした声に、周囲で高山三佐の様子をこっそり伺っていたギルドメンバーたちが硬直する。
いってみれば、ガスが充満した部屋の中で火打ち石を落とすような行為である。
だが、ユズコはまったくためらうことなく、高山三佐に問いかけた。
「……ただの喧嘩です。しかも、理由を聞いても誰もマトモに話そうとしません。これでは、どちらが悪いのかもわかりませんし、再発を防ぎようもないではないですか」
高山三佐の口調から苛立ちが消えることはない。
けれど、それは、ユズコに向けられたものではない。
この結果は、ユズコにとっては意外なものでもなんでもなかった。
ユズコという少女は、人の声色を伺うことだけには自信があった。その感覚が告げている。
この不器用で誤解されがちな先輩は、苛立ちを無軌道に放射して、本来向けるべきもの以外にまき散らすことだけは決してしない人だと。
主語こそないが、苛立ちの原因は、あの「ざ・らいとすたっふ」たちの話だろう。
高山三佐とクラスティ、そして〈西風の旅団〉のソウジロウが率先して情報操作に乗り出したため、他ギルドにこの騒動はほとんど伝わっていない。しかし、彼らが〈西風の旅団〉に喧嘩を売った話は〈D.D.D〉内部では公然の秘密だ。
「はあー。それは困りましたねえ」
「だいたい、全員が全員プライベートメールで『他のメンツを焚き付けたのは自分で、他のヤツらは巻き込まれただけですから許してやってください申し訳ありません』って送ってくるとか、バカですか! 罪をひっかぶるつもりなら他のメンバーに根回ししてからやりなさいって言う話です!」
「ああー。それは……なんといいますかー」
賑やかでお気楽な言動で騒ぐ彼らを思い出して、ユズコは吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
これがリアルだったら、なんと間抜けな光景だろう。
悪いのは自分だ、と全員が罪を取り合っているのだ。まったく、微笑ましいことこの上ない。
「だいたい、ジンガー兄が関わってるっているのですし、原因があの人だってことくらい想像はつくんです。意図的にソウジロウ以外のメンバーに損害を与えないように戦闘したこともわかっています。先方のギルドマスターも、今回のことは不問に付すと言っているのだから、素直に話せば状況を勘案しないこともないのに……ああもうバカなんですから。意地を張っているのだかなんなのだか……」
ため息を漏らす先輩の姿を見て、ユズコは自分の表情がアバターに表れないことを感謝した。
今、自分の口元に浮かぶ微笑みをこらえなくてもいいのだから。
ユズコは、口にしない。
しきりにメンバーをバカと連呼する高山三佐の口調に、見守るような穏やかな響きが混じっていることを。
「まったく、男の子っていうのは、困ったものですねー」
行為自体は決して褒められたことではない。
下手をすればギルドを危機に晒すことすらありえた危険な行動をとったのだ。
それでも、彼らの底抜けのバカさは、きっと〈D.D.D〉と〈西風の旅団〉との間を険悪にすることはないのだろう。
「……ユズコ、面白がっていませんか?」
「いえいえー、まったくもってそんなことはありませんよー?」
根拠もない確信とともに、ユズコは愛すべき先輩に言葉を返した。
世は全てこともなし。
〈D.D.D〉の年末は、こうして全くいつも通りの騒動とともに、暮れていくのであった。
◇ キャラクター紹介 ◇
レッド・ジンガー(盗剣士LV90)
妹のレモン・ジンガーとともに、〈ジンガー兄妹〉の通り名で知られている、元〈D.D.D〉のメンバーであったギルド無所属のプレイヤー。
腕は確かだが、そのダメな言動と様々な意味で女性に弱い性格のせいで、周りからは一流プレイヤーとはなかなか認識されない不遇な人。
使用することで魔法系の特技を使用できるマジックアイテム、魔杖を、盗剣士の特性を生かして二刀流で装備して駆使する独特のバトルスタイルを誇る。
弾丸のように魔杖から魔法を撃ち放つ様子と、アメリカサーバーで入手したガンマン風の装備から、ついたあだ名は〈二挺拳杖〉。
〈D.D.D〉の古参メンバーとは一通り顔見知りであるとか。