10冊目「らいとすたっふさんたち爆発する」(後編)
「ドーモ、ソウジロウ=サン。リア充スレイヤー、レッド・ザ・テンチューです。リア充爆発すべし」
霧の中から現れたのは、テンガロンハットに銃めいた武器を左右に構えた長身の男。
アキバ有数の戦闘系ギルド、〈西風の旅団〉のトップメンバーを前に、物怖じのかけらもない。
無骨なゴーグルをつけた男、レッドは、芝居がかった物腰で武器をソウジロウに突き付けた。
「お久しぶりです、レッドさん! お元気そうで嬉しいですよ」
銃のような武器を構えたままの襲撃者に、ソウジロウは嬉々として返答する。
その口調に、レッドは大仰な口調を崩すと、わざとらしいため息をついた。
「……相変わらずスイッチ入らないと緩いなオマエ。こっちは嫉妬魔人モードで喧嘩売ってンだぜ? もうちょっと付き合うとかないのかよーう」
「あはは、すみません。懐かしくって」
旧友の再会を思わせる会話。
だが、その言葉と同時に応酬されるのは、間断のない牽制の攻撃だった。
「ソウジ、このガンマン野郎と知り合いかい?」
「タッグの頃に大規模戦闘でお世話になった人ですよ。〈天塔〉でね」
端的な一言。だが、それでナズナは相手の素性を大まかに理解した。
〈神託の天塔〉。
数年前にリリースされた大規模戦闘コンテンツで、〈D.D.D〉のギルドマスターであるクラスティが日本サーバー全体に名を知られる契機となったクエストだった。
〈西風の旅団〉を結成するよりも前。〈放蕩者の茶会〉で行動するよりもさらに昔に、ソウジロウは当時の相棒と〈D.D.D〉による〈神託の天塔〉攻略戦に、サポートとして参加したと聞いている。
そこで出会ったという、ギルドタグを持たないガンマンもどき、レッド。
つまりこの男は〈D.D.D〉の元メンバーか、少なくとも〈D.D.D〉から請われてクエストに参加するほどの実力者ということだ。
「しっかし、相変わらずバケモノだなテメェ。この霧ン中で見てから〈矢斬り〉余裕でしたとか変態か!」
「今のは偶然というか。視界の中心から少しでも外れてたら反応できませんでしたよ」
「……不意打ちかました俺が言うのもどうかと思うけどさ、そういうの、伏せといた方が有利じゃね?」
「はは、それを言うならレッドさんも攻撃を続ければよかったじゃないですか」
「ばっかオメー、そしたら、天下の〈西風の旅団〉の可愛いおっぱ……おにゃのこがじっくり観察できないじゃないか!」
ソウジロウは、日本サーバーでも十指に入る腕前の〈武士〉だ。
対人戦闘に特化した装備、プレイスタイルではないが、並のPKに遅れをとることはない。
にも関わらず、その彼がこのガンマン、レッドの前では、決定的な一打を繰り出せずにいる。
〈盗剣士〉特有の出の早い小技を緩急織り交ぜて繰り出すことで、大技を使うためのタイミングを掴ませない。大雑把な言動と裏腹に、レッドの戦闘技術は緻密なものだった。
「てーかさ! 生真面目おにゃのこに能天気ロリ、おどおど女子に姐さん系、おまけにボクっ娘とかあざと過ぎだろどんな俺得ギャルゲだー! リア充爆発すべし、イヤーッ!」
距離を詰めようとするソウジロウに、レッドの左手の銃めいた武器から光弾が放たれた。
しかし、〈神祇官〉であるナズナの創りだしたダメージ遮断の障壁に阻まれ、光の弾は消滅する。
射撃で一瞬だけ硬直したレッドを襲うように、〈召喚術師〉紫陽花の呼び出した〈無首騎士〉が大剣を振るった。
追いかけるように、ソウジロウの一閃が放たれる。
「くっそっ、綺麗なお姉さんの支援を受けて戦えるとはこのモテ男め!」
今度光を放つのは、右手に構えられた銃もどきの武器。
レッドを襲うその二連撃のうち〈無首騎士〉の一撃が、発生した円形の光の壁に弾き返された。
光壁が消滅する衝撃で吹き飛んだレッドは、ソウジロウの攻撃から逃れきる。
そう。左右の手から放たれたのは、間違いなく「魔法」に分類される特技だった。
左の武器から放たれたのは、〈妖術師〉が使用する攻撃魔法、〈エナジー・パレット〉。
右の武器から放たれたのは、〈神祇官〉が使用するダメージ遮断魔法〈茅の輪祓い〉。
いずれも、本来ならば〈盗剣士〉が使用できるはずのない特技である。
「すごいすごい! そういう戦い方もあるんですね! 勉強になるなあ……」
「だあああ、そういう純真な目で俺を見るなあああああ!?」
3対1。しかも、相手はアキバでも有数の戦闘系ギルド、〈西風の旅団〉の中核メンバー。
通常ならば為す術もなく蹂躙されるはずのレッドが生き延びているのには、幾つかの理由があった。
1つ目は、視界の有利。レッドが装備しているゴーグルは〈眼鏡天視〉と呼ばれる秘宝級装身具で、視覚へのペナルティを無効化する性能を持つ。これにより、少し距離を置くだけで、彼は霧の中で一方的に相手を認識することができる。
2つ目は、対応能力の高さ。レッドのサブクラス〈魔杖使い〉は魔杖と呼ばれるマジックアイテムを使いこなすことに特化したものだ。
魔杖は文字通り魔法の込められた杖であり、使用することで魔法攻撃系職業、回復系職業の魔法に分類される特技を使用することができる回数制限つきの消耗アイテムである。
他職の特技が使用できるという非常に強力なアイテムだが、高価かつ、使用と性能に大幅な制約があり、あまり一般的ではない。
〈魔杖使い〉は、そうした魔杖の制約を解除し、性能を引き上げることが可能なのである。
これによって〈盗剣士〉である彼は〈森呪遣い〉の魔法である〈濃霧の結界〉や、〈召喚術師〉にしか使役できないはずの〈悪戯鬼精〉すら操ることが可能となる。
この幅広い特技の選択肢により、本来〈盗剣士〉1人では対応できない事態にも、レッドは対応することができるのだ。
無論、この強力な能力にも、代償は存在する。しかも、決して安くはない代償が。
「ところで、レッドさん。そんなに魔杖使って、レベル上げ、きつくなりません?」
「ふはははははー、リア充どもに嫉妬の鉄槌を下すためならば、レベル上げに要する時間など構うものかー!」
そう。魔杖の中でも強力な効果を持つものは、使用に際して、代償としてEXPを消費するのである。
高価で、しかも使用にはEXPを消費する。そんな、収支計算を考えれば正気では乱用できない魔杖の力を連発していること。
これが、レッドが一時的に圧倒的な戦力差を無視して戦えている理由であった。
「レベルがなんだー! EXPがなんだー! ストレスがマッハで大阪名物八孔噴血になりつつ戦うこのレッド・ジンガーが天罰をくれてやるわーっ!」
「……レッド・ジンガー……なるほど。それでこの海千山千か」
「知ってるのか、らい……じゃなくて紫陽花!」
「おお! さすが俺! 貴方のような素敵な女性に名を覚えていただけるなんて光栄です!」
ころりと口調を変えて、無駄に爽やかな口ぶりで紫陽花に向き直るレッド。
ソウジロウにあれだけ砕けた言葉づかいをしておいていまさら女性プレイヤーにだけ二枚目ぶるのもどうかと思うが、本人としてはまったく自然なことであるらしい。
だが。
「ああ。第三班で把握している、日本サーバー残念四天王の一角。〈おぱんつ絶体防壁〉、〈一人裸祭り〉、〈童貞勇者王〉とならぶ……〈おっぱい二挺拳杖〉。ジンガー兄妹のダメな方だ」
「ちょっと待っていただけませんかお嬢さんー!?」
戦闘中にも関わらず無駄に感情表現行動でこけるレッド。
「ど、どどど童貞ちゃうわ! ……じゃない、ま、まだ直継は構いません! けど、マッパーやレギ夫と並べられるのは盛大に心外ですよ!? あと兄より優れた妹なぞ存在しねぇ!」
「……ナズナ、埃払って」
「な、なんだよいきなり……」
謎の指示に首を傾げつつ、ナズナが膝の埃を払う感情表現行動をとる。
どうでもよい話であるが、〈エルダー・テイル〉ではある程度キャラクターの体型を作成時点に調整することが可能だ。
だが、ドワーフであれば背が短く、がっしりとした体型になるように、エルフであれば華奢で長身になるようにと、種族によって調整できる範囲が決まっており、必然的に種族選択によって外見には一定の傾向がでてくる。
そんな中でも、ナズナの種族である〈狐尾族〉の女性は、玉藻前や妲己のような傾国の妖狐妃伝説をイメージしたものか、非常にグラマラスな体型になる傾向がある。
〈狐尾族〉は一定レベルが上昇するたびに、「本来取得できるはずの特技が、ランダムに他クラスの特技と入れ替わる」というゲーマー泣かせの特性を保有しているが、それにもかかわらず、この外見を目当てにキャラクター選択をするファンは少なくないのであった。
稀に、そのギャンブル性こそを目的に〈狐尾族〉を選択する酔狂なプレイヤーも存在し、ナズナはその希少なギャンブラーの一人であったが。
ともあれ、ナズナが〈狐尾族〉の女性の例に漏れぬ肉感的な容姿であることに変わりはない。
おまけに彼女の衣装は大胆に胸元の開いた、丈の短い、いわゆる「和服もどき」の防具。
そんな彼女が前かがみになって膝を手で払う動作を行ったのだ。
必然的に、〈狐尾族〉女性特有の豊満な胸元や、裾ぎりぎりの太ももやらが強調されるわけで……
「ぶぶーっ!? そんな丈の短い胸元のオープンな和服で前かがみ?! 太ももの網タイツ状態とか胸元のメッシュめいた鎖帷子ごしに神々のおわす神秘の谷間がーっ!? 発動、眼鏡天視七つのオプション、望遠モード!」
「やれ、ソウジ君」
「てや」
「ぎゃわー!?」
動きを止めたレッドの後頭部ををソウジロウの刀が激しく殴打した。
「色仕掛けとは卑怯なり! でももっとやれっていうかむしろナズナさんもう一回お願いします!」
「……気随気儘で〈D.D.D〉を抜けたって聞いたけど、こりゃ相当だね。ソウジ君、後は任せた」
「く、くそ?! 色気でひきつけて男がトドメとはなんたるツツモタセ・トラップ! 男の純情を弄ぶなんと狡猾な罠であることよ!? おのれ〈剣聖〉ソウジ。やはり俺と貴様は相容れぬ宿命なのか……っ。パンツだけは許さない! テメェに最高の打ち切りを見せてやるっ!!」
「はは、わけがわからないですよ」
少し離れた位置から冷やかにこちらを見つめる2人の〈西風の旅団〉の幹部と、背後に回ったソウジロウ。
その位置関係を確認すると、レッドは、一つトーンを下げた声で、不敵に呟いた。
「……わからなくていいンだよ。チェックメイトだ、ハーレムマスター」
ソウジロウの背後に黒い影が現れ、同時に。
「……むがぁぁぁぁぁぁあ!! 〈アラクニッド・ネスト〉ーっ!!!」
悲痛な叫びが、霧の向こうから響き渡った。
◇ ◇ ◇
ゴザルこと、〈D.D.D〉の〈暗殺者〉、狐猿。
霧の中に身を潜めつつ、彼は眼前の状況に舌打ちをしていた。
謎の助っ人、レッドと仲間たちは、確かによく戦っている。
特にレッドは迫真の馬鹿の演技で完全に相手を油断させていた。……いや、半分以上は素の可能性もあったが。でもまあ仮にも〈D.D.D〉の大先輩が、天然でアレな人とは思いたくなかった。
ともあれ、そうした皆の活躍で、ゴザルの立てた計画は順調に進み、8割のタスクは完了している。
しかし、ゴザルの中で、漠然とした不安が消えることはなかった。
原因は一つ。敵の中に、見知った顔があったことだ。
(〈翼〉の紫陽花……なんであの男嫌いが〈西風の旅団〉なんかにいるんでゴザルかっ!?)
紫陽花。
彼が〈D.D.D〉に所属する前、とある八つ当たりに手を貸してくれた腹黒策士である。
男と、男に媚びる女こそを敵だと言い切っていた変わり者の女性プレイヤー。
共通の姫がいたからこそ、ただ一度だけ共闘ができた相手。
ツンデレ素直クール天然おっとり頼れるお姉さん腹黒小悪魔人妻ロリ巨乳双子TS保母さん妹キャラ、およそありとあらゆる女性に属性を見出して萌えを感じることができるゴザルをして、「恐ろしい」としか思うことのできなかった神算鬼謀の四字熟語使いだった。
(……いや、落ち着くでゴザル。今のところ計画は完璧に進んでいるでゴザルよ)
霧で敵の視界を塞ぎ、分断して各員を無力化する。
この段階には成功した。
次の段階は、ソウジロウに護衛が残った場合、レッド・ジンガーが囮となってソウジロウを孤立させること。
当初の予定ではゴザルとレッドの2人で3人を相手どるはずであった。
だが、レッドが「あの3人ならしばらく立ち回れる」と主張し、まずは先行させたのである。
結果は想像以上。〈D.D.D〉最古参のメンバーであったとの話は伊達ではないらしい。
もちろん、対するソウジロウとナズナの動きとて、十分以上のものだ。この不利な状況で不意打ちを受け、ここまでの対応をできているのは、さすがかつてバケモノの巣と呼ばれた、〈放蕩者の茶会〉の一員であっただけある。
(……けど。やっぱり、紫陽花が静か過ぎるのが気になるでゴザルね)
ナズナやソウジロウの思い切った特技の使い方からして、おそらくはパーティにいた〈吟遊詩人〉、ウィルはパーティ全員のMPを回復し続ける常動型特技、〈瞑想のノクターン〉を使用しているはずだ。
しかし、先ほどから紫陽花は召喚した〈無首騎士〉の操作に終始している。MP回復支援が期待できない、〈吟遊詩人〉や〈付与術師〉のいないパーティならば選択肢になりえるだろうが、現状では決して効率のよい戦術とは言いがたい。
大技のためにMPを温存するにしても、MPが最大値の状態を長く続けていては、特技の効果中徐々にMPが回復していく〈瞑想のノクターン〉の恩恵を無駄にすることになる。
もしも彼女がMPを気にせず積極的な攻勢に出ていたら、いくらレッドが歴戦のハイエンドプレイヤーだとしても、対応は難しかったろう。
(……まあ、理由は不明でゴザルが、こちらに有利な不確定要素であればよしとするべきでゴザルかね。あの女の思考は、拙者に読みきれるはずもゴザらんし)
考えても回答が出ないのであれば、現状の認識と状況の把握に全ての意識を振り向ける。
虎の子の大妖精の軟膏の効果により、クリアとなっている視界の先では、レッドが見事に相手の色仕掛けに引っかかっていた。
「ぶぶーっ!? そんな丈の短い胸元のオープンな和服で前かがみ?! 太ももの網タイツ状態とか胸元のメッシュめいた鎖帷子ごしに神々のおわす神秘の谷間がーっ!? 発動、眼鏡天視七つのオプション、望遠モード!」
「やれ、ソウジ君」
「てや」
「ぎゃわー!?」
視界の先、動きを止めたレッドの後頭部ををソウジロウの刀が激しく殴打した。
馬鹿丸出しの言動に、周囲の空気が緩む。
だが。それこそが、ゴザルの計画通り。
ソウジロウはレッドの背後に回りこむため、色仕掛けを行ったナズナとは離れて移動した。
紫陽花は、ソウジロウと戦うレッドの近接攻撃が届かないぎりぎりの距離をとって、〈無首騎士〉の操作に終始している。
「く、くそ?! 男の純情を弄ぶなんと狡猾な罠であることよ!? ぐぐ。おのれ〈剣聖〉ソウジ。やはり俺と貴様は相容れぬ宿命なのか……っ。パンツだけは許さない! テメェに最高の打ち切りを見せてやるっ!!」
「はは、わけがわからないですよ」
「……わからなくていいンだよ。チェックメイトだ、ハーレムマスター」
ゴザルはプレイヤーの息すらも殺して、霧の中を駆ける。
〈無音移動〉の効果で、マップ画面からもその移動は認識されない。
まさに不可視の状態のままゴザルはソウジロウの背後へと忍びより、同時に仲間の一人、厨二へと、プライベートメッセージで合図を出した。
「……むがぁぁぁぁぁぁあ!! 〈アラクニッド・ネスト〉ーっ!!!」
悲痛な叫びが、霧の向こうから響き渡る。
広範囲の敵味方に対して、無差別に移動を封じる〈妖術師〉の魔法〈アラクニッド・ネスト〉。
この戦場全員が効果を受けるが、既にゴザルは動かずともソウジロウの背後、刃を突き立てることができる至近距離へと回り込んでいる。
「これで、終わりでゴザルっ!!」
雄叫びをあげ、首筋を目がけて〈暗殺者〉最強の一撃を撃ち放つ。
――〈絶命の一閃〉。
しかし。
「……惜しいね、忍者マニア。声を上げなきゃ、今のは決まってたよ」
ゴザルの小太刀を、受け止めたのは、光の四角柱。
それぞれの面が赤、青、白、黒の輝きを放つ多重防御壁だった。
〈四方拝・襲〉。
〈神祇官〉の持つダメージ遮断系魔法の中でも、緊急用という分類に括られるもの。
MPコストがほとんどかからない上に瞬間的に使用でき、一定時間に限り、どれほど大きなダメージをも遮断することができる。一日に一回しか使用できないという制約のある、まさに〈神祇官〉の切り札だった。
代償としてHPの大半を失いながら、ナズナが立て続けに魔法を使用する。
レッドの魔法を遮断するための対魔法障壁に、ゴザルの攻撃を防ぎための対物理障壁。
奇襲は失敗した。相手の切り札、〈絶命の一閃〉はもう、この戦闘では使えない。
レッドとゴザルが全力で攻撃を繰り出しても、熟練の〈神祇官〉であるナズナと、〈召喚術師〉である紫陽花の支援を受けたソウジロウのHPを削りきることはできないだろう。
「……ああ、惜しかったでゴザル……」
「諦めたかい? 一発逆転の賭けに出るってあたりは、男らしくて悪くなかったがねえ」
「……否! 惜しかったのは、そちらの対応でゴザルよ!」
ソウジロウの反撃で大きくHPを削られながら、ゴザルは声を上げた。
足止め状態では、機動力でかく乱する〈暗殺者〉や〈盗剣士〉の長所は生きない。
しかし、ゴザルの声には確かに、勝利を確信した色があった。
「レッド先生、頼むでゴザル!」
「どおれい、〈フレンド・サモン〉!!」
レッドが、いつの間に持ち替えていた魔杖を振るう。
同時に、
「ふぉぉぉぉぉぉぉ! このハーレムマスターめ! あんなかーいー生真面目系武道娘もギルメンジッパヒトカラゲ、モブそのAだとか!」
「……許すMAJI」
「……ふふ。ふふふふふ。愛らしい女の子の悪意のない言葉に心を折られる苦痛……うふ。うふふふふふふはははははくそーっ!!!!!」
レッドの周囲に、俺会議、MAJIDE、厨二の姿が現れた。
〈フレンド・サモン〉。
〈召喚術師〉の特技の一つで、離れたパーティメンバーを使用者の周囲に召喚する魔法だ。
通常は戦闘中の使用は想定されておらず、ダンジョンの落とし穴や強制転移装置で分断されたときの対策に用いられる特技である。
そのため、一定以上の距離が離れている仲間にのみ効果が発揮されるという特徴を持つ。
この特技はあくまで「召喚」であり、「移動」ではないため、〈アラクニッド・ネスト〉による阻害は受けない。
レッドの立ち位置は、ソウジロウのすぐ傍。
そう。
ちょうど、襲撃者メンバー5人で、ソウジロウを取り囲む形になったのである。
レッドとゴザルの2人だけでは、ナズナのダメージ遮断と回復特技を超えてソウジロウのHPを削りきることはできない。
だが、この全員では、どうか。
緊急回避特技は1種使わせた。取り巻きは全員、距離を引き離して移動不能状態にしてある。
「〈絶命の一閃〉は、〈四方拝・襲〉を使わせるための囮か。いつかの猪突猛進が、成長したね、狐猿」
「い、いつまでも昔の拙者とは思うなでゴザルよ! 紫陽花殿!」
「さあさあ、野郎どもー! 燃えたぎる嫉妬の炎を、このリア充にぶつけるがよいわー!」
レッドの魔弾が。
俺会議の拳撃が。
ゴザルの小太刀が。
MAJIDEのグルカナイフが。
精神的に吐血している厨二の、憤怒に比例して威力を増すという脳内設定の黒の炎が。
一部はソウジロウの特技によって防御されるものの、着実に彼のHPを削っていく。
「……さっき、言っていたね。クリスマスに可愛い彼女がほしいとお願いしたって」
その様子を見ながら、ギルドマスターを追い込まれているはずの紫陽花が、のんびりした声を上げた。
「汗馬之労へのご褒美だ、お望みどおり可愛い娘たちをプレゼントしよう。存分に戯れてくれて構わないよ。できるものならだけれどね」
紫陽花の周囲に、光の魔法陣のエフェクトが展開される。
特技発動。その口ぶりからすれば、使用されるのはおそらく〈フレンド・サモン〉。
だがその反応は予測済み。ゴザルは、今度こそ勝利を確信する。
紫陽花がいるのは、ソウジロウからほんのわずか、だが、白兵攻撃が届かない程度離れた位置。
〈フレンド・サモン〉は、一定以上術者とは距離が離れたパーティメンバーを呼び寄せる魔法だ。
この近さでは、ソウジロウに〈フレンド・サモン〉は発動しない。
現状で、〈フレンド・サモン〉で引き寄せられるのは、俺会議、MAJIDE、厨二の相手をした、〈武士〉のイサミ、〈盗剣士〉のチカ、〈吟遊詩人〉のウィルの3人のみ。
そして、召喚術の基本法則である「被召喚対象は召喚術の使用者の至近にしか呼び出せない」という点は、〈フレンド・サモン〉にも適用される。
つまり、引き離されたパーティメンバーはソウジロウとは離れた位置に出現するのである。
〈アラクニッド・ネスト〉の効果を受けたままの〈武士〉と〈吟遊詩人〉、〈盗剣士〉が白兵の届かない地点に出現したところで、この猛攻を防ぐ手立てはない。
「このまま、押し切るでゴザル……よ?」
にも関わらず。
ソウジロウを、赤、青、白、黒の輝きを放つ二重の防御壁が、取り囲んだ。
〈四方拝・襲〉。
ナズナではありえない。彼女は既にこの特技を使用し、24時間は使えないはずだ。
連動するようにして、見る間に回復していくソウジロウのHPゲージ。
攻撃に対応するように発生する回復と、秒刻みで増加していく回復。二重の回復が見る間にソウジロウのHPを最大まで押し上げていく。
「……脈動回復MAJIDE!?」
「おまけに反応起動回復っ!?」
だが、そんなはずはない。
〈西風の旅団〉のパーティには脈動回復を使う〈森呪遣い〉も、反応起動回復を使う〈施療神官〉もいなかったはずだ。〈四方拝・襲〉を使うことのできる、もう1人の〈神祇官〉も。
ゴザルはモニター脇のミニマップ画面に目をやり、今度こそ絶句した。
このエリアに存在する、プレイヤーキャラクターが増えている。
しかも、5人も。
ちょうど、紫陽花の立っていた位置に。
「な……っ」
攻撃の手を止めて振り返る。
そこには、紫陽花を取り囲むように位置する、5人の少女たち。
おそらくは、その中に〈施療神官〉や〈森呪遣い〉、〈神祇官〉がいるのだろう。
「吃驚仰天……というには大げさかな。それでも驚いたよ。〈フレンド・サモン〉なんて使いにくい特技を、互いに切り札にしていたとはね」
その一言で、ゴザルは事態を悟った。
やられた。
紫陽花は〈西風の旅団〉でありながら、ソウジロウとは別のパーティだったのだ。
ソウジロウ、ナズナ、〈武士〉、〈盗剣士〉、〈吟遊詩人〉の5人パーティに随行していただけで、彼女は別のパーティの構成員。
こうして、万が一のことがあったとき、〈フレンド・サモン〉で援軍を呼べるように、このような回りくどい真似をしていたのである。
直前に感じていた違和感に解が導き出される。
〈吟遊詩人〉であるウィルが〈瞑想のノクターン〉でMPを回復していたにもかかわらず、紫陽花がMPを温存していた理由。
なんということはない。〈吟遊詩人〉の特技が効果を及ぼすのは同じパーティのメンバーにのみ。最初から紫陽花は、特技の対象外だったのだ。
パーティ同士の戦闘であると誤認した時点で、既にゴザルは紫陽花に負けていた。
戦闘に長けた相手は戦術で。戦術に長けた相手には戦略で。戦略に長けた相手には政治で。
それが、この四字熟語マニアのやり方であると、いまさらながらにゴザルは思い出していた。
「……よくもソウジロウ様を」
「せっかくのクリスマスデートを……っ」
「まあ、緊急招集かけてもらったわけですから、そこに感謝はしないでもありませんが」
「でも、ソウ様にいいとこ見せるために吹き飛べぇぇぇっ!!」
「……くそっ、者ども! 旗色が悪い! 撤退……」
「……させると」
「思うかい?」
帰還呪文の詠唱を開始したレッドだが、飛んできた斧に妨害される。
10対5。
召喚された者の中に〈付与術師〉と状態異常回復に長けた回復職がいたのだろう。
状態異常と性能低下が解除されたイサミ、チカ、ウィルまでもが男たちを包囲していた。
「さっきはよくもやってくれたっすね!」
「おーのー!?」
「……こんなときにネタを忘れない精神に脱帽でゴザルよ!!」
「ボールペンさん、覚悟です!」
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!? その声で俺をボールペンと呼ぶなー!?」
「こンの軟派男めが! 手心を加えたつもりか! 許さんーっ! 斬るっ! 斬り捨てる!」
「ああもうマジメ娘さんめ! かわいいなチクショウ!」
「だ、だから、か、かわいいとか普通に言うなっ!」
「はは、イサミさんは可愛いですよね」
「セタ殿まで!」
「なー。……って、いや、何襲撃者と普通に話してるんですかソウジロウ=サン!?」
「だってみなさん、あんまり悪い人じゃないみたいですし」
「この状況でその結論はおかしいでゴザルよ!? 今絶賛進行形で拙者らはアンタの部下のヘイト買いまくってるわけでゴザルし!」
包囲網を完成させた彼女たちは当然ゲームのアバターであり、表情から感情を推し量ることはできない。
だが、そんな事実をすっ飛ばして、威圧感が、歴戦のプレイヤーであるらいとすたっふたちをも圧倒する。
かくて、誰ともなく全力の攻撃が四方から繰り出され、一方的な地獄が始まった。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「八つ当たりMAJIDE!?」
「嫉妬の炎……だと……、この〈憤怒の魔炎〉をも焼き焦がすとは……っ」
「ふおおおおおー!? クリスマスに無数のおにゃのこに囲まれる幸せ! ある意味ハーレム!」
「さすがに拙者この殺意には萌えられないでゴザルわー!?」
たとえテクニックに差があろうとも、2倍の人数で囲んで殴られれば攻撃特技の準備も詠唱も妨害され、そうそう手も足も出ない。
それでもしばらくの間、アイテムや特技をやりくりして持ちこたえたのは彼らの廃人ゲーマーたる面目躍如というものだろう。
しかし、攻撃はやむどころか、時間を追うごとに苛烈になっていく。
「というか、あちらさんの人数、増えてないでゴザルかー!?」
「はっはっはっ、見えてるフィールドより敵の面積の方が多いとかどんなホラー映画だよ! フィールドが3で、赤点が7だぜ畜生めー!?」
「宇宙怪獣状態MAJIDE!?」
改めて視線をミニマップへと移し、〈D.D.D〉一同の口から力ない笑いが漏れる。
プレイヤーキャラクターの存在を示す赤い点の集まりが、いまや彼らを囲む面となって、ミニマップにその存在を主張していた。
もはや人数を数えるのも馬鹿らしい。
およそ大規模戦闘でしか見ることのできない光景。
しかも、その討伐対象はドラゴンや魔王ではなく、たった5人のPCなのだ。
明らかな戦力差である。
「動作重い! 超処理重い! っていうかいつの間にか全人民俺会議級の人数はいるぞ!」
「しかも、〈西風の旅団〉以外の女性も交じっているのだが……」
「はは、ごめんなさいね、みなさん。大騒ぎするなって呼びかけてるんですが、全然おさまらなくて。いや。大規模戦闘以外でこんなにみんな集まったの、初めてかもしれないです」
「……レギオンクラスMAJIDE!?」
襲撃者の中心で手持無沙汰のソウジロウが笑った。
どうやら彼には、もはや戦う意思はないらしい。
範囲攻撃を襲撃者側であるゴザルたちもろとも食らいつつ、一人だけ過剰なまでの回復魔法を受け、高い水準でHPの乱高下を繰り返している。
「ああもう、何もなければ次の一時間私たちがデートだったのに!」
「許さない絶対に許さない」
「ああ……ごめんなさいソウジロウ様、でも範囲攻撃魔法が一番効率がいいのです……でも怪我をされたらされたで、ソウジロウ様の頬の傷を私が舐めてさしあげて……ああんっ!」
「……落ち着きなさいって万年発情妄想エルフ」
「こんのバカ! 何クリスマスに他ギルドに喧嘩売ってるのよ! ああもう、せっかくのクリスマスなのにパーティから帰ってきたら〈西風の旅団〉に借り作るとか、プレゼント交換でハズレ引いてたとか、結局御主人様へのプレゼント渡せなかったとか腹立つーっ!!」
「お嬢! 完ッ全に中の人が漏れてる! あと、人が作ったモンに文句つけンな! 女子が来るとか知らなかったンだよ! くっそ罰ゲームとか無視して普通のモン買ってくんだった……って、痛い痛い、違う〈西風〉のみなさん、俺男だけど敵じゃない! 〈D.D.D〉から仲裁に来……ぐはー!?」
「うっさいいいのよほとんど知り合いいないンだから! 吹っ飛べバカーっ! 〈フィンガー・オブ・ラーヴァ〉ーっ!!」
「あ、あれ!? なんかすっごく聞き覚えのある声が聞こえたような気がするでゴザルよ!?」
「奇遇だな、俺もだ」
「……ふ。俺をも超える〈憤怒の魔炎〉……。これに焼かれるなら、悔いは……ない……」
「くそーっ! 許すマジ、ハーレムマスターソウジロウ! あいしゃるりたーん! えーびどーりあーん!」
「……インガオホーMAJIDE!?」
飛び交う怒号、隕石。矢。吹雪に突風、雷撃に剣撃。
トドメに、極大の溶岩弾がぴったり人数分炸裂し、5人の男達は、爆発四散したのであった。
◇ キャラクター紹介 ◇
アラクスミ(盗剣士LV90)
ざ・らいとすたっふの火力担当である〈盗剣士〉。通称「MAJIDE」。
アバターの容姿はエキゾチックな美女だが、プレイヤーは渋い低音ボイスの男性。
口数が少なく、たまに口にする「MAJIDE!?」が周囲に強烈なインパクトを与えることから、「MAJIDE」と呼ばれるようになった。
俺会議とは、〈D.D.D〉に入る前からの付き合いであるとか。