(13)告白 SIDE:徹
自分の想いをシャルリアーノに告げる決心はついた。あとはいつ、どのタイミングで彼女に告白するかだ。
恥ずかしがり屋の彼女のことだから、人前で告白するのは避けたほうがいいだろうと、リタからアドバイスを貰った。
俺もそう思う。
思うのだが、そうなると、なかなかシャルリアーノが1人でいるところを見かけない。
勤務時間中は職員達と長時間にわたって研究室に篭ったり、会議室で議論をしたり。
休み時間であっても、先輩後輩関わりなく誰かが彼女に相談していたりというのが日常なのだ。
だからと言って食事にでも誘おうと声をかければ、なぜか複雑そうに顔を歪めて静かに断られる。
―――まいったな……。
今日も相変らず職員に囲まれているシャルリアーノの姿を遠くから見て、そんな言葉を心の中で呟き、苦く笑う。
こんな風に告白のタイミングを逃しっぱなしではあるが、あきらめるつもりなんてこれっぽっちもなかった。
焦る気持ちを抑えつつ、彼女への想いを募らせる日々。
そんなある日、ようやくチャンスが巡ってきた。
新しい研究のことで所長とすっかり話し込んでしまい、時間はとっくに定時を過ぎている。
慌てて所長に挨拶をして所長室を出て、私物が置いてあるデスクまで急いだ。
今日は大通りにあるレストランに、シャルリアーノを誘おうと思っていた。その店は有機野菜をふんだんに使ったサラダバーが有名で、女性や健康に気を遣う客達で毎日盛況だという。
「早く行かないと、店が混むだろうな。……っていうか、シャルが帰っていたら話にならねぇ」
まぁ、その時はその時だと開き直って、廊下を出来る限りの早足で進む。
そして、静かに扉を開けると、1人残って仕事をしているシャルリアーノの背中が目に入った。
小柄な彼女の背中はやはり小さい。
だが、その小さな背中でシャルリアーノは沢山の人の命と未来を背負っている。
とてつもないレッシャーだというのに、彼女はけしてあきらめずに真っ直ぐ前を見て、泣き言を言わない。
どんなにつらくても、クッと奥歯を噛みしめ、大きな瞳で前だけを見ている。
他の人たちはそんな彼女を意地っ張りだと言うが、俺にしてみれば、その強がりが可愛くてたまらないし、そういう彼女を俺が支えてあげたいのだ。
俺が、頑なな彼女を笑顔にしてあげたい。
俺が、彼女の安らげる場所になってあげたい。
俺に出来ることなら、なんだってしてあげたい。
独りで突き進もうとしている彼女の傍で、苦労も喜びも分かち合いたいのだ。
しばらく黙って、その頼もしくも小さい背中を眺めていた。
いつまで見ていても飽きることはないが、いい加減、声をかけるべきだろう。
とはいえ、どう声をかけようか迷っていると、大きなため息の後に
「こんな時は自棄食い?それとも自棄酒がいいのかしらね」
というセリフが聞こえてきた。
食べるにしろ飲むにしろ、良いとはいえないことが彼女の身に起きたということだろう。
シャルリアーノがまた何かを我慢しようとしている。どんな荷物であれ、もう彼女1人に重荷を背負わせたくはない。
俺は軽く息を吸って心を決めると、シャルリアーノに声をかけた。
「それは何の為に?」
声に驚いて振り返った彼女は、口を薄く開いて唖然としている。俺がここにいた事に、よほど驚いたようだ。
息を呑んだシャルリアーノが、硬い表情で呟く。
「トオル、どうしてここに……?」
「質問に対して質問で返さないでくださいよ。訊きたい事があるなら、まずは答えてください」
軽く微笑んでゆっくりと歩み寄り、彼女の目の前までやってきた。
「どうして自棄食いや自棄酒に走ろうと思ったのですか?」
俺が声をかけると、彼女は俯いたまま素っ気無く答える。
「……別に、いいでしょ。そういう気分だっていうだけのことよ」
いつもと変わらない彼女の反応。だが、その声は今にも泣き出してしまいそうに悲しそうだった。
いったい、彼女は何を抱えているのだろうか。何がそんなに悲しいのだろうか。
下を向いたままのシャルリアーノがあまりに儚く見えて、横を通り過ぎようとした彼女を抱き寄せて、腕の中に閉じ込めた。
お互いが無言のまま、緊張を含んだ空気が室内を満たす。
そんな重い雰囲気を破ったのは、外から聞こえてきた木々のざわめき。
ハッと我に返ったシャルリアーノが『放して』と懇願してくる。もちろん、放してあげないが。
しばらく取り留めのないやり取りを繰り返した後、彼女の釣り目がちな愛らしい瞳を真っ直ぐに見つめた。
「あなたに、俺の気持ちを伝えたくて……」
日本には『目は口ほどに物を言う』や『目は心の窓』という言葉がある。
俺は自分の本気を分かってほしくて、シャルリアーノの瞳からわずかでも逸らすことなく真剣な表情で更に続ける。
「あなたが好きです」
彼女の瞳に浮かんだ光がユラリと揺れ、俺の言葉にこれ以上ないほど大きく目を瞠り、
「ウソ……」
と短く漏らす。
いつもの強気なシャルリアーノはすっかり吹き飛び、まるで宇宙人でも見たかのように唖然とする表情の彼女が微笑ましくて、自然と目が細くなった。
「ウソじゃありません」
そう言って、コツンと彼女の額に自分の額をつける。
怯える仔猫のように、ピクンと肩を震わせる些細な様子ですら愛おしい。
俺は自分の胸の奥が温かいもので包まれてゆくのを感じながら、言葉を紡いだ。
「好きだよ」
告白の言葉と共に彼女をギュッと抱きしめ、小柄な彼女をすっかり自分の胸に閉じ込めてしまう。
小さくて華奢で、でもとんでもなく意地っ張りで強がりな愛おしいシャルリアーノの存在を全身で感じる。
彼女に触れているだけで、幸せな気持ちが溢れてくる。
そんな自分の幸せを分かってほしくて、
「シャルが好きだよ」
優しく甘く、彼女に自分の正直な想いを伝えた。