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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
番外編『アイシテルと言いたくて』
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(10)救い SIDE:シャル

 今日も無事に仕事を終え、私は一人で暮らすアパートに戻ってきた。

 アパートと言っても学生や一人暮らしの女性が住むような手狭なものではなく、それよりももう少し部屋数が多いもの。

 誰かと暮らすつもりで、ここを選んだのではない。

 一人きりで暮らすことは決めていたが、せめて犬やネコのペットと暮らそうかと思って、やや広めのアパートを選んだ。

 一人で生きていくことを決め、誰にも頼らないと誓った私だが、やはり少しはそんな自分が寂しいと感じていたのだ。

 だが結局、ペットは飼うことはしなかった。

 私の寂しさを紛らわせるためだけにペットをこの家に閉じ込めてしまうことは、とても罪深いものに思えたからだ。

 私の仕事は時折、朝も昼も夜も関係なく家を空けざるをえない。

 そうなれば家に残したペットは、帰ってこない飼い主を待ち続けることになる。

 最近ではペットシッターの普及もあり、飼い主の代わりに餌やりや散歩、簡単な世話を任せることも出来るが、やはり飼い主である以上、自分で世話をするべきだというのが私の信条だ。

 なので、自分の孤独を埋めるために、ペットに寂しい思いをさせるのは、どうにも気が進まなかった。

 そんなわけで、無駄に広い家で、相も変わらず一人きりで暮らしているのである。



「はぁ、疲れた」

 ため息と共に私はハイヒールを脱いだ。

 低い身長と、私の弱い気持ちを補うこのハイヒールを脱ぐと、素の自分に戻れる気がする。

 軽く足首を回してから柔らかい室内履きへと履き替え、きつめに縛り上げていた髪のゴムを外した。

 ぐしゃりと大きくかき上げてから、左右に振る。

 そして靴箱の上に置いてある鏡を覗き込めば、勤務中よりもやや穏やかな自分の顔があった。

「こうしてみれば、私も年相応よね」

 もしかしたら、実年齢よりも若く見えるかも知れない。

 子猫のように大きな瞳は、この年になっても10代の頃とあまり変わっていないし、もともと童顔である。

 ひょっとしたら20代前半だと言っても、信じる人が大半かもしれない。

「ま、そんなこと私には関係ないし、必要ないわね。年上の同業者に軽んじて見られないために、若く見せる事なんてないんだもの」

 ポツリと呟き、私は鏡の中の“私”を睨み付けた。


 リビングのソファーにバッグと上着を投げ、私はキッチンに向かう。

 手を洗って、冷蔵庫から野菜と果物を取り出した。

 トオルに言われてから、欠かさず飲むようになった野菜ジュースを作るのだ。

 いや、べつに、彼に言われたからということでもない。

 サプリメントを服用するより、フレッシュな野菜や果物を取った方が身体のためにもいいことは分かっていたから。

 前々からフレッシュジュースの方がいいと思っていて飲もうとしていたのと、それがたまたまトオルが言い出した時期と重なっただけ。

「感謝なんかしないわよ。してやるもんですか」

 年上の部下の顔を浮かべて、素っ気なく言い捨てる。

 手早く洗った果物と野菜をザクザクと切り分けてジューサーにセットし、スイッチを入れた。

 とたんに凄まじい勢いで野菜と果物が回転する。

 音を立てて攪拌される様子を、私はぼんやりと眺めていた。


―――まるで私みたい。


 最近の私の心は、ジューサーにかき回されているこの野菜や果物と同じようにグチャグチャだった。

 一人が寂しいなんて当たり前だったのに。

 そんなこと、分かっていても気にすることなんて無かったのに。

 つい最近まで、こんなことに心を悩ませることなんてなかったのに。


―――トオルの馬鹿。馬鹿、馬鹿!私の事なんて放っておけばいいのよ!


 私が過労で倒れて以来、トオルは何かと私の世話を焼きたがった。

 仕事のフォローは勿論、食事や生活習慣にまで気に掛けてくれる。

 それが嬉しくもあり、だが、それ以上に厄介だった。

 私が一人で生きていくためには、誰にも頼らない強さが必要だからだ。

 いくら寂しくても、悲しくても、たった一人で生きていくと決めた私に、誰かを好きになることはあってはならない。

 もう二度と、私のもとから去ってゆく誰かの背中を見たくないから。

 私に背を向けて立ち去る後ろ姿を見れば、今度こそ、私は立ち上がれない。


 だから、だからこそ、私は一人で歩いていかなければならないのに。


―――なのにどうして?


 トオルの視線が気になって仕方がない。

 毎日すげなく接する私に対して、嬉しそうに、心配そうに、まっすぐに見つめてくるトオルの瞳がまぶたの裏から消えてくれない。

 振り払っても、振り払っても、彼の笑顔と笑い声が忘れられない。

 好きになんてなりたくないのに、好きになったらいけないのに、優しくて穏やかなトオルの存在に、どうしても心が惹かれてしまう。

 あの温かい彼のそばにいられたら、自分はようやく幸せになれるのではないだろうか。

 そんな危険な想像が、ちらちらと私にまとわりつく。

 

―――こんな時は、誰に救いを求めればいいの?


 ジューサーのスイッチを切れば、とたんに静まりかえる何もない家。

 静かな空間に、私のため息だけが大きく響いた。


 


●ちょっと短いですが、シャルの心境を書いておきたかったので投稿します。


 ひねくれ全開ですが、シャルもトオルのことが気になって、といいますか、好きなんですよねぇ。

 でも、その気持ちを認めてしまったら、これまでの自分と、この先の自分が崩れてしまいそうなのが怖くて怖くて。


 そんな寂しがり屋でひねくれ者のシャルがトオルに愛される日を心待ちにしています。←だったら、早く続きを書け!!(爆)

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