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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
番外編『アイシテルと言いたくて』
90/103

(5)破かれた写真 SIDE:徹

 とある研究が大詰めになり、誰もが忙しく働く毎日。

 午後の仕事がようやく一段落した時、シャルリアーノがガクン、と膝を折った。

「どうした!?」

 彼女のすぐ傍にいた所長が慌てて駆け寄り、抱き支える。

 その声で、他の職員達もシャルリアーノのところに集まってきた。

「べつ、に……、なんでも、ありま……せん。少し、めまいが、した、だけ……です」

 途切れ途切れにそう告げる彼女の様子は、明らかにおかしい。

「シャル、熱があるぞ!なぜ、体調が悪いことを黙っていた?」

「この程度の熱、いつもなら……、なんでもないん……です。ちょっと、根をつめ過ぎたからでしょう。ソファーで少し休めば……、すぐに……良くなりますから」

 ふらつく脚で立ち上がろうとするシャルリアーノに、所長が首を振る。

「だめだ、今日はもう家に帰れ」

 しかし、彼女は素直に応じない。

「まだ、実験結果を、纏めて……いませ……ん」

 班のリーダーであるシャルリアーノは、良くも悪くも責任感が強いのだ。


―――具合の悪い時くらい、そんな責任感は放り出してしまえばいいのに。


 俺がそう考えたのと所長も同じ意見らしく、彼女の申し出を即座に却下した。

「それは誰かに任せれば良い。シャルのお陰で大方片付いているんだ。ここまで来れば、そう急ぐことはあるまい」

「ですが……」

「反論は聞かない、今すぐ家に帰って休め。これは所長命令だ」

 滅多に見ることのない厳しい表情の所長に、シャルリアーノは渋々ながらも最終的にはそれに従うことになった。


「誰か送ってやってくれないか」

 所長の言葉に一人の女性が前に出た。

「あの、私が」

 シャルリアーノとは割りと仲がよく、俺と同じ年の女性職員が手を上げる。

「リタ、宜しく頼む。だが、男手もあったほうがいいだろう」

 そう言って所長はザッと周囲を見回し、その場に居合わせた男性職員である俺に目を向ける。

「トオル、リタと一緒に行ってやってくれ」

「分かりました」

 俺は所長の反対側からシャルリアーノの体に腕を回し、肩を支えてやった。

「リタ、トオル。ありが……とう、ね。それと……、所長。ご迷惑をかけて、申し訳……ありません」

「気にするな。シャルは普段から頑張り過ぎだから、少しは休めって事だろう。大事をとって、明日は一日寝ているように」

 所長の言葉に、シャルリアーノは小さな頷きを返した。 



「今、入り口に車を回すから」 

 リタはそう言い残し、駐車場へと走っていった。

 俺の肩に頭を預け、苦しそうにゼイゼイと浅い呼吸を繰り返すシャルリアーノ。

 額に手を当ててみると、かなり熱がある。

 しかし重病を思わせるほどではなく、彼女自身が言ったとおり、疲労からくる発熱だろう。

 リーダーのシャルリアーノには、俺たち以上に結果と責任を求められる。

 そんな日々を必要以上に誰にも頼ることなく独りで働き通してくれば、体が悲鳴を上げるのも無理はない。

「研究所であれだけ突っぱねた態度でも、家族の前では素直に甘えてるのかもなぁ」

 シャルリアーノの家庭事情を知らない俺は、家にいる時くらいは年相応の女性なのだろうと思っていた。




 回された車の後部座席にシャルリアーノを寝かせ、俺は助手席に乗り込んだ。

「シャルの家は分かるけど中に入ったことはないから、彼女の家に何があるのか分からないわ。途中で、少し買い物して行きましょ」

 ハンドルを握るリタの言葉に、俺は少し引っかかりを覚える。

 中に入ったことがないとは、どういうことだろうか。

 あまり人付き合いのないシャルリアーノだが、それでもはたから見ればそれなりに親しい友人と言って差し支えのないリタですら家に上げないとは。

 そこまで人を拒絶するシャルリアーノとは、実際にどういう人物なのだろうか。

 何年も彼女の下で仕事してきたにも関わらず、職場での彼女しか知らない。

 自分から人と関わることを避け、そして人を寄せ付けないようにしているシャルリアーノ。

 先ほど、『家族にくらいは甘えてるのかもしれない』という自分の考えが、物の見事に裏切られそうな予感がする。


―――まさか……な。何処の世界に、家族に愛情を示さない人間がいるんだよ。


 俺は自分の中で芽生えた馬鹿馬鹿しい予感を、静かに笑い飛ばした。



 

 熱でグッタリとしているシャルリアーノには意識がなく、手荷物から探し出した鍵で彼女の住むマンションの扉を開けた。

 実力、名声ともに知られているシャルリアーノのマンションは、俺の暮しているアパートは比べ物にならないくらいに広く、綺麗だった。

 しかし、そこには寒々とした空気しか漂っておらず、家庭の温もりというのは感じられない。

「なぁ、リタ。シャルって独り暮らし?」

先に入って寝室の場所を確認して戻ってきたリタに、そう尋ねる。

「ええ、そうよ。詳しい話は知らないけれど、医学の世界に入った時からそうみたいね。さ、シャルをベッドに寝かせましょ」

 俺はシャルリアーノを抱えなおし、リタの後について廊下を進んだ。

 玄関も、リビングも、キッチンも、最低限の生活用品しかなく、勿論それは寝室もそうだった。

 広い寝室の窓際に、ポツンと置かれたシングルベッド。

 その横には丸い天板の簡素なサイドテーブル。

 広い寝室にあった家具はその2点。

「なんだか、寂しげだな」

 物がないという以上に、そこには心がないように感じ取れた。


―――いったい、どんな思いで暮しているんだろう。


 ベッドにシャルリアーノを寝かせた俺は、グルリと視線を巡らせる。

 そして、サイドテーブルの上に置かれたフォトフレームが目に入った。

 裏向きに伏せられていることが少し気になり、手に取って表を向けると、フレームの中に収められていたのは、いくつかにちぎられ、それをテープで貼り合わせた写真だった。

 もともとカラーだったのだろうが、時間による劣化で全体がだいぶ色褪せている。

 体格の良い男性。

 優しそうな女性。

 おそろいの服を着た、幼い姉妹。

 その妹に当たるであろう少女の顔には、今のシャルリアーノの面影がある。


―――子供の頃の家族写真か。でも、どうしてビリビリに破かれているんだ?


 なんて事のない家族写真だが、その写真こそが“シャルリアーノ・シグノイア”を物語っているように感じた俺だった。


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