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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第15章 アイシテル
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(5)ありがとう SIDE:チカ

 アキ君と見つめ合っていると、不意に扉をノックする音が聞こえた。

「入るよ」

 そう声をかけてきたのは、徹さん。

 扉の隙間から顔をヒョッコリのぞかせて、ニコッと笑った。


 訳の分からない言葉を残して私を混乱させたくせに、ニコニコとのん気に笑っている徹さんを見て、私は少し不機嫌になってしまう。

「ねえ、どうしてアキ君がここにいるの?ちゃんと説明して!」

“怒ってます”と顔に貼り付けて徹さんを睨みつけるが、変わらず笑い続けている。

「さっき言ったでしょ、退院祝いを用意してあるって。それが桜井さん」

「……は?」


―――アキ君が退院祝い?


 思わずきょとんとなった。


―――何を言ってるの?


 ますます訳が分からない。

 そんな私に構わず、徹さんは病室に入って来た。

「それより、桜井さん。話はまとまりましたか?」

「はい、おかげさまで」

 アキ君が嬉しそうに答えると、徹さんは小さく、

「それは残念」

 と、苦笑交じりに呟いた。


 

 アキ君と徹さんの間にある話が、私にはぜんぜん見えない。

 首をかしげていると、徹さんが私の目の前にやってきた。

「チカちゃん、また泣いたみたいだね。まぁ、泣き顔といっても、さっきの俺の時とはぜんぜん違うか」

 徹さんは私の髪をクシャリと撫でる。

「悔しいけど、今のチカちゃんはいい顔してる。……惚れ直したよ」

「え?」

 言葉に詰まった私を、アキ君がサッと抱き寄せた。

「チカは渡しませんから!」

 抱きしめた腕にキュッと力を入れて、アキ君は威嚇するように徹さんに向って吠える。

「ア、ア、ア、アキ君!?」

 この状況と彼のセリフに、私の顔が真っ赤になった。

「あははっ。桜井さん、そんなに怖い顔をしないでください。失恋男のたわごとですから」

 口元に手を当てて笑う徹さんの目は,ちょっと寂しそうだ。


 これまで私のために一生懸命だった徹さんに対して、こんな結果になってしまったことは本当に申し訳ないと思う。

 だけど、私の心はやっぱりアキ君で一杯なのだ。


 アキ君の腕から抜け出し、まっすぐに徹さんを見た。

「徹さん。あの、ごめ……」

「謝らないで」

 私の言葉を徹さんが遮る。

「謝られると、余計みじめになるからさ」

 ポンポンと頭を撫でられ、私はそれ以上何も言えなくなった。

 掛ける言葉が見つからない私に、徹さんは優しげに目を細める。

「チカちゃんに明るい笑顔が戻って、本当によかった」

 お世辞や妬みではなく、素直に喜んでくれているのがよく伝わってきた。

「それは徹さんのおかげだよ。ありがとう」

 精一杯の感謝を込めて、私は微笑んだ。

『ごめんなさい』ではなく、『ありがとう』と。 


 その様子をトオルさんは目を細め、眩しそうに見ている。

「いい顔だなぁ。……あぁ、やっぱり悔しい!!」

 大きく騒いだ徹さんはアキ君を見る。

「ちょっといいですか?」

 手招きをして彼を呼び寄せた。

「はぁ……」

 アキ君は軽く首を捻りながら、呼ばれるままに徹さんの1歩手前に立つ。

 すると徹さんはニコッと笑った。


 かと思ったら、アキ君のお腹をいきなり殴ったのだ。



「うっ」

 うめき声を上げて、アキ君が上体を折る。

「えっ!?アキ君、大丈夫!?」

 私は急いでアキ君に駆け寄った。彼は眉をひそめながらお腹をさすっている。

「徹さん、いきなり酷いじゃない!どうしてこんなことするのっ?!」

 アキ君を庇うように抱きしめながら、徹さんをキッと睨んだ。

 私が睨んでも謝ろうとはせず、

「だって約束だから」

 と、ニコニコと笑う徹さんは、悪いことをしたとはまったく思っていないようだ。


―――いったい何なの?


 一連の徹さんの言動がさっぱり分からない。

 パチパチとまばたきをしていると、アキ君がようやく体を起こした。

「それは俺が言い出したことで、山下さんには関係ないはずですよ?」

 まだ痛むのか、お腹を擦りながら低くうなるようにアキ君が言う。

「ですがその後、桜井さんは“そうですね”って同意してくれたじゃないですか。だから、俺の約束でもあるんです」

 徹さんが得意気に胸を張った。

「くそっ。下手に頭がいい人間は、すぐに屁理屈を言うから嫌いだ」

 2人が軽く睨み合った。


―――え?え?


 私一人が状況を飲み込めずオロオロと不安げに見守っていると、2人は同時に表情を和らげた。

「恨むのもナシっていうことも約束ですからね。俺は大人しく退散しますよ」

 徹さんはアキ君に手を差し出す。

「チカちゃんをよろしくお願いします」

 これまでとは違って、ふざけた様子は一切ない徹さん。

「もちろんです」

 アキ君も真面目な顔で手を握り返した。


 結局なんだか分からないけど、アキ君と徹さんは仲直りできたようだ。

 病室に穏やかな空気が戻ってくる。


「じゃぁ、俺、そろそろ行くよ。チカちゃん、元気でね」

「うん。徹さんも元気でね」

 しっかりと握手をする。

「徹さん、ありがとう。本当にありがとう!」

 言葉では足りないくらい感謝している。

 その想いを両手にこめて、トオルさんの手を握った。


「“お兄ちゃん”として、チカちゃんの幸せを願ってるよ。……桜井さんに冷たくされたら、いつでも俺のところにおいで」

 徹さんが私にコソッと囁く。

 そのセリフを、アキ君は耳ざとく拾った。

「ご心配なく!俺とチカは一生仲良しですから!」

 後ろから私を抱きしめ、アキ君が大きな声で言う。

「ははっ、それは頼もしいことだね」

 軽やかな笑い声を上げた徹さんは、私たちに手を振って病室を出て行った。




 扉が閉められて、また2人だけの空間になる。


「本当にいい人だね」

 横に立つアキ君がしみじみと言う。

「うん。自慢のお兄ちゃんだよ」 

「そのお兄ちゃんに怒られないように、チカを幸せにしないとな」

 アキ君はそっと私に身を寄せて、肩を抱く。 

「アキ君がいてくれるだけで、私は幸せになれるよ」

 そう言って、私は自分の肩に乗る彼の手を握った。

「一緒にいるだけで幸せだと思える人に出逢うことって、それこそ奇跡なんだろうね。しかも、相手も私と一緒にいたいと思ってくれるなんて奇跡以上だよ」

 そっと彼を見上げる。

 アキ君も私を見ている。

「今なら両親に対して素直に感謝できるよ。チカは本当にすごいな。両親を許すことが出来たのも、俺を生んでくれたことに感謝できるのも、チカのおかげだよ」

「なんか、そんな真面目に言われると照れちゃうよ。何にもしてないのに」

「その何もしていないチカが俺を変えたんだから、やっぱりチカはすごいって事だな」

 アキ君が私の手を優しく握り返してくる。

「チカ。俺を好きになってくれてありがとう」

「アキ君。私を好きでいてくれてありがとう」


 私とアキ君が生まれ。

 そして出逢い、恋に落ちた。


 1度離れてしまったけれど。

 また、出逢えた。


 今ここで、私が再び『アキ君』と呼べるようになったのは、たくさんの人たちのおかげ。

 徹さんはもちろん、人口声帯の開発に関わった人。

 リハビリの先生。

 傷付いた私を温かく見守ってくれた優子さん。 

 アキ君の会社の人も、きっと何かをしてくれていたはず。

 把握しきれないほどのたくさんの人たちが、私たちの再会に関わっている。 


 私一人では、再会は叶わなかった。

 私一人では、アキ君とまた笑いあえなかった。


 たくさんの人の巡り合いの結果に生まれた奇跡。

 その奇跡の結果に掴んだ幸せ。


 ありがとう。


 ありがとう。


 みんなに感謝します。





「さ、日本に帰ろう」

 すっきりとした顔でアキ君が言う。  

「そうだね」

 私の顔も、彼と同じような表情だろう。


 日本に帰れる日が来るなんて。

 まして、アキ君と一緒に帰る日が来るなんて、夢みたい。


 感激して思わず涙がこみ上げてきたけれど、ここで泣いたら、また『泣き虫だ』と言われそうだ。


 私はグッと涙をこらえて、にっこりと微笑んだ。





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