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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第15章 アイシテル
81/103

(3)声に出来た“アイシテル” SIDE:チカ

―――どういうこと?!


 突然現れたアキ君に、私は目を見開くばかり。

 何も言えない。

 何も出来ない。


―――どうして、アキ君がここに?


 ただ、アキ君を見つめる。

 瞬き一つしない私を見て、彼が口を開いた。

「……やっと見つけた」

 泣きそうに目を細めるアキ君。


 その声。

 その視線。

 それは私が知る『桜井 晃』であり、イギリスで会った彼とはぜんぜん違っていた。


―――なんで、アキ君がここにいるの?!


 もう二度と会わないはずだったのに。

 記憶を取り戻したアキ君と会ってはならないはずだったのに。

 だからこそ、無理矢理にでもイギリスを離れたのに。


 私は口元を押さえ、ガクガクと震えることしか出来ない。


 アキ君は窓辺に立ったまま動かない私を見て、短く息を吐いた。

「改めてイギリスに行ったら、“もうここにはいない”って言われるし。アメリカに来ても、なかなか見つからないしさ。朝から晩まで、ずっと探していたんだぞ」

 少しも私から目を逸らすことなく、アキ君は一歩、一歩、ゆっくりと近づいてくる。

 私はそんな彼の様子を見ているだけ。


―――探していた?

  

 2年も音信不通だった元彼女に、何の用事があるというのだろう。


―――もしかして……、酷い別れ方をしたから、仕返しをしたかったとか?


 そんなまさかとは思うが、真っ白になった頭ではまともな考えが浮かばない。

 頭が混乱してしまって、今にも倒れそうだ。


―――どうして私を探していたの?


 訊きたいことはたくさんあるのに、ノドがカラカラに渇いてしまって声が出せない。

 ふと気がついた時には、すぐ目の前にアキ君がいた。


「チカ」

 名前を呼ばれて、私はおずおずと背の高い彼を見上げる。


 久しぶりに会ったアキ君。

 イギリスでの怪我はすっかり治ったみたいで、擦り傷だらけだった顔には、傷一つ残ってなくて綺麗だった。

 だけど、その表情に疲れが見える。ほんの少しの間に、また痩せたようだ。


―――それでも、やっぱりかっこいいなぁ。


 逃げることも忘れて、私は久々に会った彼に見惚れてしまった。

 

 彼を見ているだけで、今でも涙が出るくらい胸が熱くなる。

 徹さんと一緒に生きていくと決めた日から、アキ君への想いは心の奥の、そのまた底に閉じ込めたはずだったのに、そんな封印はいとも簡単に吹き飛んでしまった。

 ジワジワと彼への想いが湧き上がってくる。

 押さえようとしても、ダメだった。


―――アキ君!


 だけど、私にはアキ君に手を伸ばす権利はない。彼を見捨てた私には……。

 だから唇を噛んで、今にも縋りつきたい衝動をじっと耐える。


 棒立ちの私を見て、アキ君が口元だけでクスリと笑った。

「俺がチカを探していた理由、本当に分からない?」


―――そんなの、分からないよ。


 私は答えられず、小さくコクンと首を振る。

 ここにいていいのか、それとも逃げ出した方がいいのか。そんな簡単なことすらも分からない。

 困った顔でアキ君を見上げていると、彼は1歩前に出た。

「……じゃぁ、教えてあげるよ」

 そう言ってアキ君は腕を伸ばし、私をそっと抱きしめる。

「会いたかった」


―――え?


 今のは都合の良い聞き間違いだろうか。


―――『会いたかった』って言った?


 そんなはずはない。

 私はそんな事を言ってもらえるような存在ではない。

 彼に憎まれることはあっても、会いたいと思ってもらえるような人間ではない。

 なのにアキ君は言う。

「チカ、会いたかった」

 抱き寄せた私の髪に、アキ君は頬を摺り寄せた。

「チカを抱きしめたかった……」

 吐息とともに伝えられる切ない告白。


―――ウソ……。


 私の唇が小さく動く。

 それを見たアキ君が苦笑した。

 彼は私の前髪を右手でそっと払って、おでこにキスをする。

「ウソじゃないよ。俺はチカを迎えに来たんだ」


―――本当に?!


 まっすぐに私を見つめる彼の瞳。

 そこには別れる前と同じ光があった。


―――まだ、私を好きでいてくれたの…?


 とっくに嫌われたと思っていたのに。

 こんなひどい私のことなんて、忘れてしまったと思っていたのに。

 止まっていた涙が、また溢れそうになる。


―――ずっと、私を好きでいてくれたの?本当に?


 恐る恐る彼の背中に腕をまわすと、アキ君の腕に力が入って更に抱き寄せられる。

「俺の気持ち、分かるだろ?」

 その腕の強さはまるで、『チカが好きだよ』って言っているようだ。

 言葉がなくても、アキ君の気持ちが伝わってくる。

 優しくて力強い彼の抱擁。

 大きくて穏やかな彼の温もり。

 昔とぜんぜん変わっていない。

 離れていた2年間なんて無かったかのように、私の体も心も、彼のすべてを覚えている。


 アキ君は私の目をじっと覗き込み、フワリと微笑んだ。

「前に言っただろ?チカがいないと、俺は幸せになれないんだって。忘れちゃった?」


 彼の腕の中で、私は静かに首を横に振った。


―――覚えてるよ。アキ君との思い出は、みんな覚えてるよ。


 彼に愛されていた時間で一杯だった素敵な思い出を、忘れるはずなんてない。

「いいの?私、そばにいても……いいの?」

 自然と涙が溢れて、声が震える。

 そんな私にアキ君がちょっとだけ怖い顔をして、

「何、馬鹿なこと言ってんだよ。当たり前だろ、チカは俺のそばにいないとダメなんだからな」

 と言った。

 そしてすぐに優しく笑ってくれる。


 私の心を丸ごと包んでくれる、優しくてあったかい笑顔。

 2年前と、何一つ変わっていない。


「うん。うん……」

 私は何度も頷いた。





 コツン、とおでこ同士を合わせて、アキ君が切ない声で囁く。

「もう放さないからな。二度と勝手にいなくなるなよ」

 すぐ近くにある彼の顔が、涙でぼやけてよく見えない。

「相変わらず、チカは泣き虫だなぁ」

 アキ君が頬を指でぬぐってくれる。

 そういう彼の瞳にもうっすらと涙が浮かんでいた。

「うう……、ア、アキ君……。アキ君!」


 私は彼の名前を呼ぶ。

 文字ではなく。

 手話ではなく。

 唇の動きではなく。


 私の声で、彼の名前を呼ぶ。


 すると、優しく私の髪を撫でてくれた。

「いい声だね。もっと呼んで。俺の名前、もっともっと」

 私は言われるままに、彼の名前を呼び続ける。

「アキ君、アキ君!」

 ずっと声に出して呼びたかった彼の名前。

 そして、彼の名前とともにずっと、ずっと言葉にしたかった想いを声に乗せる。


「アキ君、愛してる……」


 やっと言えた。

 やっと声に出来た。

 やっと、やっと、自分の声で“愛してる”を届けられた。


「うん……、うん……」

 何度も頷くアキ君。

 彼の頬にも、とうとう涙が伝い落ちる。

 それを見たら涙が次々に溢れてきて、止めることが出来ない。

「愛してるって、ずっと言いたかったの…」

 ぐしゃぐしゃになった顔のまま、アキ君を見上げる。

「今日まで言えなくて、ごめんね……」 

 アキ君は大きく首を振った。

「でも、聞こえてたよ。チカの心の声は、いつも俺の心に届いてたよ」

 アキ君が私の顔を両手でそっと挟み、見つめながら言う。

「チカ、愛してる。昔と変わらず、今も愛してる」

 私も彼を見つめ返して言う。

「忘れようとしたけど、出来なかった。諦めようとしたけど、無理だった。アキ君、私も愛してる」


 涙声の私たちは、お互いを強く抱き寄せた。 


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