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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第15章 アイシテル
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(1)決断の日 SIDE:チカ

 いよいよ退院出来る日が来た。

 経過を見るために、月に一度は診察を受けなければいけないのだが、

「恋人が専門医だから、何にも心配ないね」

 リハビリの先生にそう言われて、カァッと照れてしまう。


 入院してからずっと、時間さえあれば私のそばにいてくれた徹さん。

 その様子は病院中の人が知っていて、先生達どころか、他の患者さんにも『仲がいいね』と言われてしまうほど。

 その彼が、最近では朝にちょこっと顔を出すだけとなっていた。


「どうしたんだろう。お仕事が忙しいのかな?」

 入院中に使った自分のパジャマやタオルをバッグにしまいながら、私はぽつりと呟く。


 昨日、朝の挨拶だけをするために来た彼の顔が、少し暗かったように思う。

 疲れているのかと思ったけれど、どちらかと言うと、何か考え込んで思いつめているように見えた。


―――新しい研究が、うまく進んでないとか?


 徹さんの仕事は特殊だから、なかなか分かってあげられない。

 でも、これから先はずっと一緒なのだから、出来る限り彼の支えにならなくてはいけないだろう。

「よし。今夜は徹さんの好きなアップルパイを作って、元気付けてあげようっと」

 そう言って病室をザッと見回して忘れ物がないかを確認していると、扉をノックする音が聞こえた。

「はい、どうぞ」

「片付けはもう終わった?」

 顔をのぞかせたのは徹さんだった。

「今、終わったところ。わざわざ迎えに来なくても大丈夫だったのに。バスでも、タクシーでも帰れるんだから」

「何言ってんの。結構な荷物をチカちゃん一人に持たせるわけにはいかないよ」

 にっこりと笑う徹さん。

 それは病院のスタッフさん達から『過保護だねぇ』と言われている、いつもの彼だった。



―――悩み事が落ち着いたのかな?


 だけど、どことなく緊張しているようにも見える。

 その彼が、私をまっすぐに見つめて口を開いた。

「それに……、この前の話、忘れたわけじゃないよね?」

 優しく問いかけてくるけれど、その目は真剣で怖いくらいだった。



 彼が言うのは、退院の日に指輪を買いに行くといった話のことだろう。


―――忘れてなんか、ないよ。


 私は黙って頷いた。

 すると、徹さんはふっと表情を和らげる。

「それならよかった」

 小さく微笑んで、私の正面に立った。

「チカちゃん」

 名前を呼んで、彼は私の左手を両手でそっと握る。

 その様子を見つめる私。

「この薬指にはめる指輪を、受け取ってくれる?」


 穏やかな口調。

 優しく包みこむような視線。

 だけど、ピリピリと痛いくらいに徹さんの本気の想いが伝わってくる。

 私がここで『はい』と答えれば、もう後戻りは出来ない。


―――これで、アキ君との事が終わるんだ。


 徹さんの奥さんになった私とアキ君が、共に歩む人生はない。

 アキ君との未来は用意されていない。

 どこかでばったり会うかもしれないけれど、それはただの顔見知りとしての関係だ。

 昔付き合ったことがある、ただの“元恋人同士”として。

 それ以上のことはない。


 それに私の声が戻ったからといって、今更アキ君のところへ行っても、きっと手遅れだ。

 彼はもう、私のことなんて気にもかけずに生きているだろう。


 ずっと傍にいると言ったのに、私から離れることなどしないと誓ったのに。

 その言葉を覆してしまった。

 

 自分の両親を自殺という結果で失い、周囲の人の言葉を信ずることが出来ず、そんな暗闇の中で生きてきて、ようやく私を信じてくれたのに。

 彼が一番恐れておいた『信じる人に裏切られる』という大罪を犯した私を、彼が許してくれるはずもないのだから。


 私は決めたのだ、これからは徹さんと一緒に歩いていく、と。

 アキ君との未来は、私にはもう必要ない。


 大きく息を吸い込んで、彼を見上げた。

「はい」

 私は微笑みと共に、徹さんの想いを受け入れる。


―――これで、アキ君とは完全に終わったんだ……。


 私は脳裏に浮かんだアキ君の笑顔に、小さく“サヨナラ”と心の中で呟いた。 


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