表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第14章 すれ違いの果てに待ち受けるもの
75/103

(5)夜明け前の夢

「疲れた……」

 滞在中のホテルに戻るなり、俺はベッドに倒れこんだ。


 カリフォルニアに来て、今日で1週間。

 毎日、朝から日が暮れるまでチカを探すが、今のところ、これと言った手がかりはない。

 気候が温暖で、治安の良いこの地域には日本人が多く、その中からチカを探すのは大変だった。


 研究所の“トオルさん”に話を聞きたいけれど、チカを見つけないことにはどうしようもない。

 そんなこともあり、研究所に出向くのは後回しにしていた。



 それから10日が経ち、2週間が経ち。それでもチカはまだ見つかっていない。

 上田さんからのメールからすると、チカは引越しをすることなくこの地域にとどまっているらしい。

 ただ、事情があってしばらくメールや手紙のやり取りが出来なくなると、チカから送られたメールに書いてあったという。


―――事情って何だ?


 詳しい話は上田さんも聞かされてない様子だった。

 何があったのか、それはチカに会った時に尋ねてみよう。今はとにかく、彼女を見つけ出さなければ。

 チカがこの地域にいるのであれば、徹底的に頑張ろう。

 なんとなくだが、もうすぐ彼女に会えそうな気がしているのだ。

 決定的な証拠も、確実な根拠もないけれど、チカが近くにいる。そんな気がする。



「明日も朝早いからな。そろそろ寝るか」

 大きく背伸びをして、俺はベッドにもぐりこんだ。



 その晩、ある夢を見た。


 厳かな雰囲気漂う教会。鮮やかな緑の木々に囲まれ、爽やかな風が頬を撫でる。

 建物の中にはたくさんの白いユリが飾られていて、中央の通路には真っ赤な長いじゅうたんが敷かれていた。

 辺りを見回しても俺の他に参列者はなく、1番後ろの席に1人で座っている俺。

 その服装は小ざっぱりとした品のいいスーツで、参列者として妥当な服装だった。



―――俺は……客?これは誰の結婚式なんだ?


 不思議に思って前を見ると、祭壇の手前に白のタキシードを着た男性の姿が目に入った。

 純白の衣装に身を包んだ彼は、これから式を挙げるもう1人の主役であることを示している。 

 その彼は後ろにある大扉をじっと見つめていた。

 嬉しそうに、幸せそうに、愛しそうに。 

 その表情からは、花嫁の登場を心待ちにしているのがよく伝わってきた。


―――あの人、誰だっけ?


 振り返った新郎に見覚えがあるけれど、どうも思い出せない。

 首をかしげていると、静かに扉が開いた。

 俺からは逆光になっており、目を凝らしてみても女性の顔が良く見えない。

 なのに、そのシルエットを目にした俺の心臓がドクン、と大きく音を立てる。

 全身が粟立ち、ものすごい勢いで血液が巡る。


 背後から光を浴びている女性が1歩、また1歩と足を進め、やがて俺の真横に到達した。

 眩しさがなくなり、ベール越しでもその顔がはっきりと見て取れる。


 俺の目の現れたのは、色鮮やかなブーケを手に持ち、眩しいほどの純白なウェディングドレスに身を包んだチカだった。



―――え……、チカ?!チカ!!


 名前を呼ぼうとするけれど、なぜか声が出なかった。

 どんなに振り絞っても、その喉からは声が、愛しくてたまらない彼女の名前が紡がれない。

 オマケにイスに貼り付けられたように体が硬く、立ち上がるどころか身動きさえ取れなかった。

 それでもどうにかチカの気を引こうとするが、彼女は俺に気付くことなく、静かに横を通り過ぎていく。



―――クソッ、何でだよ!!


 俺の目の前にチカがいるのに手が出せない歯がゆさで、泣きそうになる。


―――チカ!チカッ!!


 俺の心の叫びは届かず、チカは祭壇で待つ男性の横に立った。

 男性はより一層破顔し、満足そうに頷く。


―――チカの隣に立つのは俺だぞっ!チカと結婚するのは俺だぞっ!


 どんなに心の中で喚いても、チカにはまったく届かない。


―――ちくしょう、ちくしょう!!


 悔しさのあまり、ついに涙が1粒こぼれる。


 その時、チカがゆっくりと振り返った。

 自分でベールを少しだけ上げて、2回まばたきをし、そして、まっすぐに俺を見る。

 チカは少しだけ瞳を大きくして、唖然としていた。

 その唇が震えながら、それでも『アキ君……』と動く。


―――良かった、気づいてくれた!


 体がいまだ動かない俺は、視線だけで必死に訴える。


―――俺がいるのに、他の男と結婚するな!!


 しかし。


「もう遅いよ。私、×××さんと結婚するって決めたの……」


 チカは信じがたい言葉を口にする。

 話せないはずの彼女の唇から紡がれる言葉は弱々しく、最後列の席に座る俺は男性の名前が聞き取れなかった。


―――チカッ?!



「アキ君、ごめんね」

 チカは寂しそうに微笑んだ。





「うわぁっ!!」


 大声とともに飛び起きる俺。

 心臓が痛いくらいに脈打ち、全身にじっとりとイヤな汗が滲んでいる。


「夢、か……」

 額の汗をぬぐい、ほう、と息をつく。

「やけにリアルな夢だったな」

 目が覚めた今も、瞼裏にはその光景が鮮明に残っている。


―――そんなこと、あるはずないさ。


 チカは俺と結婚するのだ。

 すっと、すっと、彼女と共に過ごすのだ。

 そのためにこの2年間、俺は手を尽くしてきた。


 その努力がもうすぐ報われそうだという時に、なんて後味の悪い夢を見てしまったのだろう。


「きっと逆夢だ……。ははっ、そうだよ。これは逆夢なんだ、は、ははは……」


 夜明け前の一室に、乾いた笑いが静かに響いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=508014265&s●応援クリック、よろしくお願いします♪
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ