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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第14章 すれ違いの果てに待ち受けるもの
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(1)研究施設


 上田さんと別れた後にホテルへと戻り、これからどうするかを考えていた。


 チカが送った手紙の消印はカルフォルニアのD地域。

 偶然にも、そこには俺が資金援助を行っている研究チーム施設がある場所だ。

 その施設では“形成外科”を専門としている医師が働いている。形成外科とは事故や病気で失われた体の組織を元通りに、もしくはそれに近く復元する医学である。


 チカが俺の目の前から消えてしまった2年前、俺は伯父さんと伯母さんがチカとの結婚を認めてくれる方法を探素ことにした。

 感情論だけをぶつけてもまるで無駄なことであるし、それなりの具体的な結果を示さなければ彼等はけして納得しないだろう。

 伯父さんと伯母さんがネックとしているのは、『チカは話すことが出来ないこと』だけ。

 その問題点さえクリアすれば、あの2人が俺達を反対する理由がなくなるはずだ。


 俺は医学、美容整形、リハビリ学など、チカの声を取り戻すに役立つ分野を徹底的に調べた。

 そして行き着いたのが形成外科。

 交通事故などで激しく損傷した顔を、どこに傷があったのか分からないほど精巧に復元したその技術には度肝を抜かれたものだ。

 そういった研究をしている医療チームは世界にいくつもあったが、カルフォルニアの某チームは特に声帯に関する研究に力を入れていると知り、援助を申し出た。

 その後の十分な研究費のおかげで、どうやら成果は確実に上がってきているらしい。


 横山から見せられたメールには、ようやく完成にこぎつけ、先日行なわれた学会で発表されたことが記してあった。



「研究の成果も気になるし、ちょっと寄ってみるか」

 俺は期待に胸を弾ませ、眠りについた。





 翌日、アメリカに向けて早々に出発。

 現地に着くとすぐに研究所と連絡を取り、訪問の許可を取った。



 施設の前で、所長が出迎えてくれる。

「はじめまして、桜井です。本日は急な訪問を許可してくださって、ありがとうございました」

「所長のディビッドです。電話やメールで何度もやり取りしていたので、あなたとは初めて会ったという気はしませんね。どうぞ気を楽になさってください」

 伯父さんと同年くらいの優しそうな男性が、握手をしながらそう言ってくれた。

「はい、今日はよろしくお願いします」

「では、さっそく案内しましょう」


 連れられて、薬品独特のにおいがする施設内を進む。

 廊下をしばらく歩いた先にある白く塗られた木製の扉を、所長が軽くノックした。

 中にいたのはは15人ほど。それぞれが資料を読んだり、データを入力したりしている。

 

「トオルはいるか?」

 所長が尋ねると、近くにいた女性が答える。

「“急用が出来たから今日は休む”という電話がありましたよ」

「急用?あの仕事熱心な男が突然休むなんて、どんな用事だ」

「例の彼女が熱を出したので、病院に連れて行くそうですわ。相変わらず、あの彼女には甘いですね」

 女性医はちょっと楽しそうに話している。

 それを聞いて、所長が何度も頷いた。

「なるほど。それなら仕方ないな」

 所長は扉を閉めて、俺を見て済まなそうな顔をした。

「人工声帯に詳しい者に会っていただこうと思ったのですが、あいにく休みだそうで」

「いえ、お気になさらずに。当分は滞在していますので、いずれ会えるでしょう。そのトオルさんという方は、お名前からすると日本人なんですよね?」


 この施設では医者たちも、事務員たちも全員外国籍の人間ばかりだったので、日本人がいることに少し驚いた。


「はい。この施設で働くどの医師よりも、彼は研究熱心でしてね。先日お伝えした人工声帯が完成に漕ぎ着けたのも、彼がいたからなんですよ」

 笑顔でそう述べる所長の言葉に、一切のお世辞は感じられなかった。

 

 ここは世界でも5本の指に入るトップレベルの研究施設で、それこそ血を吐くような努力と実績を積まなければ勤めることなど出来ないと聞いている。

 そのような職場で働く日本人がいることに、同じ日本人としてなんだか誇らしい。

 同郷の知り合いがいないこの場所で研究を続ける“トオル”という人物は、よほどの目的があるのだろう。

 俺は彼に興味を持った。


「ぜひトオルさんにお会いしたいですね。ゆっくりお話を伺いたいです」

「後日、彼との都合をお付けしてご連絡しますよ。今日は私が簡単にお話しましょう」

 応接室に通され、所長が人工声帯について簡単に説明してくれた。

 それはまだ実用的に広まってはいないものの、何人もが手術を受け、声を取り戻していると言う。

 その話を聞いて、チカと俺との未来に明るい光が差し込む。


―――よし。後はチカを見つけるだけだ。


 この先の人生には、俺とチカの幸せが待っている。

 俺はそう信じて疑わなかった。


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