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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第13章 再びイギリスへ
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(2)夢


 損傷した脳細胞を補う手術がC県の大学病院で行われた。


 脳の手術なんていうから、頭蓋骨を開くのかと思ったらぜんぜん違った。

 鼻から針金みたいなチューブを通して、その奥の脳膜を突き抜ける。

 そうしたら特殊な液体を注入。その液体というのが新しい細胞の素だとか。


 手術痕は小さいが、液体が脳になじむまでに一週間はかかるそうで、眠り続けることになる。


 その間、俺はある夢を見た。



 あたり一面が暗闇の世界。空も地面も黒く、何もない空間。


 そこに一人で立っている俺。

 今の自分ではなくて、高校生くらいの年齢だ。


 少し幼さが残っているその表情は冷たく、瞳に生気がない。

 何をするわけでもなく、何を言うでもなく、ただ立ち尽くしているだけなのに悲しみが伝わってくる。


 親を亡くした寂しさが、人を信用できない苦しみが、“俺”の全身を覆っている。


 このままいけば、いずれ自分の命を絶つことに何のためらいも抱かない人間になるだろう。

 そう思えるほど、悲壮感を背負っている。



“生きながら死んでいる”


 そんな言葉がふと浮かんできそうな顔をしている俺だった。



 その時、右手がふわっと温かくなるのを感じる。

 温もりの元にゆっくりと視線を移動させると、女の子が俺の手を握っていた。


 女の子といっても、小さな子供ではない。

 年齢は俺と大きく変わらないだろうが、小柄であどけない様子が幼さを感じさせる。

 色が白く、黒髪の似合うその子が俺に微笑みかけた。


―――あ……。


 これまで心に張り付いていた氷が解けてゆくのが分かった。

 絶望が消え、穏やかな安らぎが俺を満たす。


『救われた』 


 そう思った。


 改めてその子を見る。

 見上げてくるパッチリとした瞳には見覚えがあった。


―――どこで会ったんだろう。


 この子はきっと俺にとって欠くことのできない、大切な存在。

 それは直感的に分かったのだが、彼女に関する事柄がまったく分からない。

 名前はなんと言うのか。

 自分とはどういう関係にあるのか。


 知らないのではなく、思い出せない。

 俺は確かにこの子を知っているのに……。


「あ、あの!」


 声をかけると、女の子は首をかしげてきょとんとする。


―――このしぐさ、絶対に覚えがある。


 思い出そうとするほど、頭の中に白い霧がかかってしまう。

「君は誰?名前は?」

 俺の問いかけに、その子は寂しそうに微笑む。そして、繋いでいた手をスルリと解いた。

 とたんになくなる優しい温もり。

「待って!!」

 俺はその子に手を伸ばす。

 だけど、輪郭がぼやけ始めたその子に触れることは出来なかった。



 行き場を失った腕を力なく、ゆっくりと下ろす。

「あの子はいったい……?」


 女の子が立っていたあたりに視線を落とした。

 何も残されていないその場所にしゃがみこんで、静かに手を置く。

 するとそこに四葉のクローバーが1つ現れた。よく見ると、小さな葉の上に、もっと小さなピンクの石が乗っている。

「これは……」

 それを見て、胸が熱くなった。

 愛しいという想いが自分の奥底から湧き上がり、そして、消えてしまったあの子の顔が四葉のクローバに重なる。


 なぜか分からないけれど、あの子にもう一度会いたいと思った。

 いや、会わなければいけない。


「今度こそ……、今度こそ掴まえないと」


 何もない空間に俺の呟きが響いた。





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