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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第13章 再びイギリスへ
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(1)明かされない理由


 日本に降り立つと、俺の伯母だと名乗る女性が迎えに来ていた。

「晃君!」

 俺の顔を見た途端に駆け寄ってきて、ギュッと抱きついてくる。

「もう、心配したのよ!大使館から連絡が入った時、心臓が止まりそうだったんだから!」


 沢山の人が行き交う空港でハグされるのは、かなり恥ずかしい。

 だけど、それだけこの人は俺の身を案じてくれていたのだろう。自分が大事にされていることがよく伝わってくる。

「すいませんでした」

 好きでテロに巻き込まれたのではないが、心配かけたのは事実だ。

 俺は深く頭を下げた。

「なにはともあれ、無事に帰ってきてくれて本当によかったわ」

 腕を解いた伯母さんが、俺の顔を見て嬉しそうに笑う。

「入院は明日だから、今日は家でゆっくりしなさいね。車はこっちよ」

 そう言って連れてこられた空港の駐車場に用意されていたのは、運転手つきの高級車。

 テレビの中で、政治家やどこかの大社長が乗っているのと同じ。


「晃君、早く乗って」

「は、はい」

 戸惑う俺の前で、運転手が後部座席を開けてくれた。



 驚きを隠せないまま車に揺られていると、更に驚くことに。

 ここが自宅だと言われたものは、もはや家と呼ぶようなかわいらしいものではなく、城のように大きくそびえ立っている。

 あまりに立派で、門の前で足が動かなくなってしまった。


―――俺、本当にホテルグループの跡取りだったんだ。


 イギリスで『大きなホテルの次期社長で、日本ではある意味有名人だ』と大野さんに言われた。 

 いまいち信じてなかったけれど、これで納得。


―――そうだよな。大野さんはウソをつくような人じゃないよ。 


 だから、彼女が言ったとおり、俺達は本当に面識がなかったのだ。

 そのことに、今更ながらすごくがっかりする。


「どうしたの?」

 動かない俺を心配して、伯母さんが声をかけてくる。

「あ、その。家があまりに大きくて、驚いていました」

「ふふっ、ここは間違いなく私たち家族の家よ。大丈夫。記憶が戻れば、戸惑うこともなくなるわ」


―――『記憶が戻れば』か……。


 この人は、俺の記憶がなくなる前のことを知っているのだろうか?

 俺はずっと気になっていたことを尋ねる。

「あの、どうして僕はイギリスに行ったのでしょうか?理由をご存じないですか?」

 すると女性はほんの一瞬眉をしかめた。

 そして、少しぎこちない笑顔を作る。

「さぁ、私には見当がつかないわ。ごめんなさいね」

「いえ」


 この女性は何かを知っている。だけど俺には言いたくない。

 そんな態度に見えた。



―――別に、急いで訊くことでもないか。手術が終われば、解決するはずだ。


 分からない事だらけで不安もあるけれど、もらったお守りのおかげか精神的に落ち着いている。

 上着のポケットに入れた指輪にそっと触れた。


―――大野さん。不思議な人だったなぁ。


 初めて会ったのに、どこか懐かしさを覚えた。

 穏やかな安らぎを与えてくれた。


―――彼女が俺と結婚してくれたらいいのに。


 そうすれば、俺はずっと笑顔でいられそうな気がする。


―――ははっ、それは無理か。

   


 彼女はすでに『最高の出会いをした』と言った。おそらく、その最高の男性と将来、結婚するのだろう。

 そこに割り込むことは出来ない。


―――退院したら、改めてお礼に行こう。そして、友達になってもらおう。


 そのくらいなら、彼女の心を捉えた彼にも許してもらえるだろうか。



「晃君、なんだか楽しそうね」

 すぐ横に立つ伯母さんが言う。

「そんな顔、していますか?」

「してるわよ。実はね、記憶喪失だと聞かされて、正直今もパニックなんだけど。

 あなたの明るい表情が見られて安心したわ。よほど病院のスタッフによくしてもらえたのね」

「はい。本当にお世話になりました」


 大野さんは病院とは関係ない人だが、あえて詳しく説明する必要もないと思い、伯母さんにはただ素直に頷いておいた。




 自分の家だというのに、リビングに通された俺は落ち着かない様子でソファーに座っている。

 伯母さんが苦笑しながらコーヒーを出してくれた。

「もっとくつろいでいいのよ」

「あ、はい。すいません」

 硬い返事をすると、また伯母さんが笑った。

「ふふっ。順二さんが帰ってきたら食事にしましょうね、もうそろそろだと思うわ」

 言ってるそばから、玄関で『ただいま』と言う声がした。


「おっ、晃。帰ってたんだな」

 高そうなスーツを着こなした男性が現れた。

 どことなく俺と似ているその人に向って、俺は頭を深く下げる。

「色々ご心配をおかけしました」

「いや、元気ならばそれで十分だ」

 ネクタイを緩めながら、伯父さんが嬉しそうに言う。

「帰国したばかりで、晃も疲れているだろう。食事が終わったら、早めに休むといい」

「そうね。すぐに用意するわ」

 二人はリビングから出て行った。


 伯父さんも伯母さんも必要なこと以外は言わないし、尋ねてこない。

 2人の表情から、自分がとても大事にされていることはよく分かる。


 なのに、よそよそしさを感じる。


―――俺がイギリスに行ったことに、触れられたくないのか?


 俺が“何か”を思い出すことが、そんなにまずいことなのだろうか……。


―――俺はいったい、何をしにイギリスへ行ったんだ?


 そのことが気になって、せっかく用意してくれたご馳走の味がよく分からなかった。


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