表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第12章 想い出にさよなら
65/103

(4)新たなる地へ


「行っちゃったね」

 横に立つお兄ちゃんがポツリと言うのを聞きながら、私は振っていた手をゆっくりと下ろした。

「チカちゃん、これで本当によかったの?」

 心配そうな瞳のお兄ちゃんが、じっと私を見ている。


“どういうこと?”


「桜井さんに自分のこと、ぜんぜん話さなくてよかったの?」


 私は大きく頷いた。


“教えたところでどうにもならないし、どうにかなって欲しいとも思ってない。

 だから、これでよかったんだよ。

 アキ君とのことは、今日でみ~んなおしまい”


 アキ君を見送って、2年間引きずっていた想いがようやく整理できた。

 まだ完全にすっきりとまではいかないけれど、もう少し時間が経てば、胸の痛みは小さくなるはず。


 アキ君はもう、過去の人。

 思い出の中でしか、存在しない人。

『桜井 晃』という人物は、この先の私の人生に一切登場しない。


―――これでよかったんだよ……。


 お兄ちゃんを見上げて、ニコッと笑えば、ポン、ポンとお兄ちゃんが優しく私の頭をなでる。

「そうか。じゃぁ、帰ろうか」


“そうだね”


 2人で空港出口へと向った。





“お兄ちゃんはいつアメリカに帰るの?”


 並んで歩きながら、話しかけた。


「明日の午後の便だよ。こっちでの仕事はもう終わったからね」


“そうなの……。あのね、お願いがあるんだ”


「お願い?」


“私もアメリカに行っていい?”


「えっ」

 びっくりしたお兄ちゃんは立ち止まってしまった。

「……それはどういうこと?観光旅行ってことかな?」


 私は首を横に振る。


“私はもう、イギリスにいられない。記憶を取り戻したアキ君が、またやってくるかもしれないから”


 彼が何の意味もなくイギリスに来たとは思えなかった。

 会社の意向か、個人的な事情か分からないが、アキ君がこの先何度となくイギリスに訪れることがあれば、何かの偶然で顔を合わせてしまうかもしれない。


 この地を離れることは、アキ君にサヨナラすると決めた時から考えていた。

 今度こそ、彼と顔を合わせるわけにはいかない。


“私一人でやっていけるから、余計な面倒はかけないよ。

 あ、でも、住むところが見つかるまでは、お邪魔するかもしれないけど”


「そんなことは気にしなくていいって。分かった、一緒に行こう」

 お兄ちゃんが深く追求することもなく、優しく笑う。


“わがまま言ってごめんね”


「チカちゃんの我侭は可愛いもんさ。ああ、家の心配はしなくていいよ。俺が住んでるアパートは結構広くってさ、1人増えるくらいは問題ないし」


“それでも、ずっとそこにいるわけにはいかないよ。お兄ちゃんの彼女、部屋に呼べないでしょ?”


 私は冗談交じりに言ったのに、お兄ちゃんの顔は笑ってなかった。

「ずっと、彼女はいないんだ」

 まっすぐに私を見るお兄ちゃんの目。


―――ん、何?


 尋ねようとしたとたんにお兄ちゃんは歩き出してしまったから、訊くことができなかった。




 家に帰るなり突然アメリカに行くと言い出した私に、優子さんは泣きながら怒っていた。

「大人しそうな顔をして行動力はあるんだから、チカちゃんは!急にいなくなったら寂しいじゃないのよ!!」

 ボロボロと涙をこぼし、顔を真っ赤にしている優子さんに私は謝るしかなかった。

 もう、決めてしまったことだから。 


“ごめんなさい”


 私が頭を下げると、私のほっぺをムギュッと思いっ切りつまむことで許してくれた。

「向こうに着いたら必ず連絡しなさいね、絶対よ!連絡してこなかったら、アメリカまでほっぺをつねりに行くからね!!」


“こんなに痛い思いをするのはもう嫌だから、必ず手紙出します”


 苦笑いをしている私に、優子さんが抱きついてきた。

「チカちゃんは話さなかったけど、イギリスに来たのは絵本の勉強だけが目的じゃなかったんでしょ?」

 言われてビクリと肩がすくむ。

「日本で何かつらいことがあったんだなってことは分かってた。だって、チカちゃんの笑顔って、どこか寂しそうだったから」


 きちんと笑っているつもりでも、笑えてなかった。

 自分でも、なんとなく分かっていた。


 だけど、心配かけたくないから平気な顔して過ごしてきた。


―――気の回る優子さんは、そんな私に気がついていたんだ。


 なのに、尋ねたりしないで、そっと見守ってくれていた。

 その優しさに、目が潤む。


「でも、少しずつ本気の笑顔になってきてさ。私、嬉しかったんだ」

 ぐすん、と鼻をすすった優子さんがエヘヘと笑う。

「もう二度と、悲しそうに笑うチカちゃんになって欲しくないの。アメリカで幸せになるのよ」

 最後にギュッと抱きしめてから、優子さんは私から離れた。


“ありがとうございます。私、優子さんに会えてよかった”


 そう言ったら、また泣き出してしまった。

「やだ、もう、笑ってお別れしたいのに。……よぉし、今夜は目一杯食べて、飲むわよ~」


 私たちは眠りにつく直前まで、たくさん話をした。


 そして翌日。

 私はお兄ちゃんと一緒にアメリカへと出発した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=508014265&s●応援クリック、よろしくお願いします♪
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ