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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第12章 想い出にさよなら
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(3)さよなら、アキ君 SIDE:チカ

 今日、アキ君が帰国する。

 私とお兄ちゃんは空港まで見送りにきていた。




 結局、アキ君は自分が何をしにイギリスに来たのか思い出せないままだ。


「そんなにがっかりしないでください。手術を受ければ、記憶は戻るんですから。そうしたら、また来ればいいんですよ」

 お兄ちゃんがアキ君の肩をたたいて励ます。

「ええ、そうですよね。気を落とさないようにします」

 苦笑交じりに返事をしたアキ君が、お兄ちゃんから私に視線を移す。

「大野さん、いろいろとありがとうございました。とても楽しい時間が過ごせました」


 優しく目を細める彼に、私も微笑む。


“そう言ってもらえて嬉しいです。たくさんお話できて、私も楽しかったですよ”


 数分後に迫った彼との別れ。

 それでも、私の心は落ち着いている。


 この3日間、アキ君と付き合い始めてからのことを、ずっと考えていた。


 かっこよかったアキ君。

 面白かったアキ君。

 少し意地悪だったアキ君。

 優しかったアキ君。


 たくさんのアキ君を思い出した。


 どのアキ君も、私の胸の中で生き生きと存在している。

 これから先、今のアキ君と一緒に歩いていけなくても、私の中のアキ君と生きていくことが出来る。


 想い出にはもう、しがみつかない。

 前に進もう。

 時には彼を思い出すこともあるだろうけれど、それは過去に戻りたいということではない。

 立ち止まることではない。

『こういうことがあったなぁ』と、単に懐かしむだけのこと。




 アキ君が乗る飛行機の搭乗アナウンスが、空港内に流れた。

「そろそろか……。それではお2人とも、お元気で」

「桜井さんも」

 アキ君とお兄ちゃんが握手を交わす。

 次に私へと手を差し出すアキ君。  

「僕のワガママに付き合ってくださって、ありがとうございました」

 

“どういたしまして”


 アキ君の手をそっと握り返した。

 これでもう、彼に触れる機会は二度とない。

 そう思うと、私の中に往生際の悪さがわずかに生まれる。


―――……決めたでしょ。アキ君とはきちんとサヨナラするんだって。


 いつまでもすがってしまいそうな温もりが怖くて、自分から手を解いた。




「もう、行きますね」

 その場を離れようとしたアキ君に、私は握った手を伸ばす。

「なんでしょうか?」

 首をかしげる彼の前で、手を開いた。


 そこにあるのは、彼からもらったあの指輪。

 彼との思い出と、彼の愛情がつまった指輪。

 

 でも、アキ君と完全に別れることを決めた私には、もう必要ないものだ。


“この指輪を持っていると、すごくいいことがありますよ。おかげで、私は人生で最高の出会いをしました。

 お守りがわりに差し上げます”


 そう言って、アキ君に手の平に載せた。


「そんなに大切なものを、僕がもらっていいんですか?」


“ええ、いいんです”


 日本で手術を受け、記憶を取り戻したアキ君はこの指輪を見て、私との別れを理解するだろう。

 私がアキ君のもとに戻るつもりがないことを……。



―――これで、本当にお別れだ。


 私はそっと微笑みを浮かべ、アキ君から1歩離れた。




「日本の空港にはご家族の方が迎えにいらっしゃるそうですよ。桜井さんの伯母に当たる方だそうです」

 アキ君が日本に帰る手続きを本人に代わってこなしていたお兄ちゃんが彼に告げる。

「何から何までお手数かけて、すいません。山下先生には感謝するばかりです。ありがとうございました」

「いいえ。どうぞ、お気をつけて」

「はい」

 今度こそ、アキ君は搭乗口に向う。

 バッグを肩に担いで、私を見た。

「大野さん、お元気で」


 私は精一杯の笑顔を浮かべる。


“桜井さんもお元気で”


―――アキ君、元気でね。



「さようなら」


“さようなら”


―――バイバイ。


―――バイバイ、アキ君。



 私は彼の姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。

 


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