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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第11章 そして2年後
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(4)失われた記憶 SIDE:チカ


 沈黙だけが流れる病室。

 アキ君は何も言わず、表情もないままぼんやりと私を見ている。

 突然のことにどうすることも出来ず、私もぼんやりと彼を見る。


 2年ぶりに会ったアキ君は顔や手に擦り傷がたくさんあるものの、相変わらずかっこいいままだ。

 仕事が大変なのだろうか。あの頃より少し痩せていた。


 夢にまで見た彼との再会。

 しかし、私は嬉しいと思うよりも『早く逃げなくては』という気持ちで一杯だった。

 クルリ、と背を向け、ドアノブに手をかける。


「あっ!」

 アキ君が短く声を上げたけれど、私は扉を開けて病室を飛び出した。


 


「うわぁっ!」

 病室の外に立っていたお兄ちゃんが驚いて大きな声を出す。

 私はそれにかまわず駆け去ろうとしたが、パッと手首をつかまれる。

「チカちゃん、どこに行くの?!」


“放してっ!!”


―――早く、早くここから逃げなくちゃ!!


 お兄ちゃんの手を振り解こうと、必死で暴れる。


「ちょっと!落ち着いて!!」


 グッと肩を押さえられ、私は動けなくなった。

 私が逃げるのをやめると、ようやく解放される。

「何で逃げるんだよ?あの人、桜井さんだろ。チカちゃんの彼氏だよね?」


 そう訊かれて返事に困った。

 彼の名前は桜井で間違いない。でも、今はもう彼氏と呼べる存在ではない。

 どう答えようか悩んだけど、とりあえず名前については肯定した。


“確かに彼は桜井 晃さんだよ。一度しか会ってないのに、よく覚えてたね”


「記憶力は割りといいんだ。でも、彼にはずいぶん前にチラッと紹介されただけだったから、正直、自信なかった」

 お兄ちゃんが胸をなでおろす。

「よかった。これでどうにかなりそうだ」


“どういうこと?”


「うん……。実は彼、記憶喪失なんだ」


“えっ!?”


―――き……おく、そうし……つ?


「昨日、テロがあったバスに乗っていたらしい。彼は一番後ろの席で、とっさに座席の下に身を隠したから、それほど被害は受けなかったようだ。ただ、頭を強く打ったみたいで」


“そう……”


―――だから、アキ君は私を見ても驚かなかったんだ。


 さっき呼び止めようとしたのは突然私が出て行こうとしたからであって、『大野 チカ』と分かっていたからではなかったのだ。

 がっかりしたような、それでいてほっとしたような、すごく複雑な心境だ。


「彼の所持品は爆発で飛ばされて、身元を証明するものがなくて困ってたんだ。でも、チカちゃんおかげではっきりしたよ。これで日本大使館に連絡とって、帰国手続きが進められる」


 お兄ちゃんは私から聞いたアキ君の住所や勤務先を手帳に書きとめている。

 ふと顔を上げて、私を見た。

「さっき、逃げようとしてたよね。どうして?」


“それは……”


 視線をさまよわせ、一瞬戸惑う。


―――隠し通せないか……。


 勘のいいお兄ちゃんのことだから、きっと遅かれ早かれ気付くだろう。

 だから、自分のから伝えることにした。


“私達、別れたの”


「え?」

 ペンを動かしていたお兄ちゃんの手が止まる。

「……それ、本当?」


“別れたって言うか……、私の一方的な都合、かな。だから彼と顔を合わせづらくて……”

  

 私は視線を床に落とした。


 今でもあの選択が正しかったという自信はない。

 だけど、私には別れしか選べなかった。

 何も言わず、連絡先も告げずに消えた私を、アキ君はどう思ったのだろう。


―――イギリスに来たのは、私を探しに?


 すぐにその考えを否定する。


―――……まさかね。追いかけてくるはずなんてないもん。偶然だよ、きっと。


“私の役目はこれで終わり?”


「うん。ありがとう、助かった」

 上着のポケットに手帳をしまったお兄ちゃんがにっこり笑う。

「桜井さんに挨拶してくる。チカちゃんは?」


“ここで待ってる。中には入れないよ”


「そっか、分かった」

 お兄ちゃんは小さく頷いて、病室へ入っていった。


―――私には、アキ君と顔を合わせる資格なんてないから。


 一人残された廊下で、静かに目を閉じた。


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