(3)俺
階段を駆け上り、廊下を走って部屋に戻る。
少し乱暴気味にドアを閉めると、絨毯の上にゴロリと転がった。
何となく心の奥が動揺しているが、そのうち消えるだろうか。
心臓がドキドキしているのは、走ったから?
それとも……?
「“それとも”ってなんだよっ?!」
俺らしくない思考に、動揺は増すばかり。
「そ、そうだ。漫画でも読んで、気分転換しよう」
動揺をなかった事にして、ガバッと立ち上がる。
急いで机の上に置いたカバンから、今日買った本を取り出した。
ベッドの上に腹這いになって、しばらく読みふける。
静かな部屋にはページをめくる音だけ。
その手がふいに止まった。
「あの子、真面目そうだからこんな漫画は読まないのかもなぁ」
さっきもそうだったけれど、妙にあの子の顔がちらつく。
「いつも、文学全集とか読んでそうだ」
一文字、一文字、丁寧に目で追う姿が想像付く。
「で、その本は百科事典並みに大きくて重いから、棚に戻すのにフラフラしちゃって」
小さくて華奢なあの子は、そんなイメージ。
「しかも、戻しきる前に腕がしびれてさ。結局しまえなくって、床に落としたりするんだろうなぁ」
実際にありえそうな状況に、プッと吹き出す。
微笑ましい光景に自然と笑みが漏れた。
「……って、何であの子のこと、考えてんだよ?」
自分が身内以外の女性の事を思い浮かべるなんて、この5年間一度もなかったのに。
―――そりゃ、ひどい事言って傷つけたりしたから、印象には残っているけど。それにしたって、あの子を思い浮かべて笑うって何事だ?!
自分の中の変化に、俺は戸惑いを隠せなかった。