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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第11章 そして2年後
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(2)騒がしい夕暮れ SIDE:チカ 

―――えっ?


 クルッと後ろを向いた。


 住んでいる町から電車で2時間行ったところにある美術館に出かけていた私。

 帰宅する為に駅へと向っていると、誰かに呼ばれたような気がして振り返ってみたけれど、そこに見知った顔はない。


―――気のせいか。


 私はバッグを持ち直して歩き出す。


 

 今日で留学して2年。

 イギリスは日本人とは感性の違う世界だった。驚きの中に吸収することが多くて、夢中で勉強した。

 そんな毎日を送る中。

 どんなに忙しくても、どんなに疲れていても、アキ君を思い出さない日はなかった。


―――私のこと、嫌いになったかな?


 少しだけ歩調がゆっくりとなる。


―――あんな去り方をしたんだもん。憎んでるよね。


 何の説明もないまま、突然姿を消した。別れの挨拶は短い手紙だけ。

 我ながら卑怯な消え方だったと思う。


―――それとも、こんなひどい私のことなんてとっくに忘れちゃったかな?アキ君はかっこいいから、女の人が放っておかないだろうし。


 とぼとぼと歩きながら、小さくため息。


―――忘れられて当然か。……だけど、嫌いでも恨んでもいいから、覚えていてくれないかなぁ。


 そう考える自分に苦笑い。


―――そんなムシのいい話、ないよね。綺麗さっぱり忘れちゃってるよね。


 うっすらと瞳に浮かんだ涙を指でぬぐう。


 アキ君が私のことを忘れてもいい。

 私は覚えているから。

 一生、忘れないから……。








 自分が住む地域に近づくにつれ、騒がしくなっていくことに気がついた。

 夕暮れ時はいつも静かな場所なのに、今日に限って救急車や消防車がけたたましくサイレンを鳴らし、何台も走ってゆく。


―――何があったの?


 胸騒ぎを感じながら家へと急いだ。



 家の扉を開けたとたん、5歳上の同室者である裕子さんが飛びついてきた。

「よかったぁ、無事だったのね」


 普段はおっとりとした裕子さんなのに、こんなに慌てているなんてどうしたのだろう。

 首をかしげる。

 すると裕子さんの肩越しに、テレビの画面が目に入った。


 生中継をされているのは市街を走る路線バス。

 だけど、映し出されているバスはなぜか横転している。しかも窓ガラスは全部割れていて、全体が黒くすすけていた。


―――何、これ?!


 私がテレビに釘付けになっていると、裕子さんが話し始めた。

「自爆テロだって。犯人はもちろん、乗客もたくさん亡くなったみたい。生存者の確認を急いでいるみたいだけど、今のところ1人もいないわ」


 鉄で出来たバスがろ歪むほどの爆発だ。あの狭い空間の中で助かるなんて、そうありえない。


「いつもよりチカちゃんの帰りが遅かったから、巻き込まれたかと思って心配してたのよ」


 私はペコリと頭を下げる。

 そして手に持っていた荷物を軽く持ち上げた。


「そっか。買い物をしていて遅くなったのね?」


 時間は6時を過ぎていて、いつもならとっくに夕飯時だ。だけど、こんな映像を見てしまったら食事をする気分になれない。

 それは裕子さんも同じみたい。

「現場に行ってみようか?何か出来ることがあるかもしれないし」

 彼女の提案に頷いた。


 私達はこのあたりで活動しているボランティアグループに参加している。

 災害があったり、大きな事故があった時はその場所に行って、簡単な手伝いをするのだ。


 現場に着くと、グループリーダーのジェシカさんが忙しそうに働いていた。

 話によると、爆発があった所には日本人観光客が多くいたようで、同じ日本人の私達の手伝いが必要だったらしい。


 裕子さんと一緒にケガ人が一時的に運ばれている近くの教会に急いだ。

 教会の中は騒然とした雰囲気で、消毒薬の匂いが漂っている。

 ケガをした人があまりに多くて、地元のお医者さんのほかにボランティアの医療チームも駆けつけたようだ。

 白衣を着た人たちが、右に左にと走り回っている。

 私は軽症の人が寄せられている所に行って、体を冷やさないための毛布や温かい飲み物を配る。

 そこでいきなり、後ろから肩をたたかれた。


―――誰っ?


 びっくりして振り向くと、もっとびっくりした。

 立っていたのは私の知っている人だったから。


「久しぶり」

 この場ではちょっと不謹慎なほど穏やかな笑顔で言われた。


―――どうしてここに!?


 私は唖然として棒立ちとなり、そして食い入るようにその人の顔を見つめた。


「まさか、ここで会えるとは思わなかったよ」

 その人が、今ではすっかり伸びて背中で揺れる私の髪をクシャリとなでる。

「元気そうだね」



 その人とは―――トオルお兄ちゃんだった。



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