(10)指輪の行方
その後、どんなに手を尽くしても『イギリスに行った』ということしか分からなかった。
チカを見つけるためにはどうしたらいいのか。
チカに会いに行くためには何をするべきなのか。
さっぱり見当の付かない日々が無常に過ぎてゆく。
俺が帰国してからの数日間は、伯父さんも伯母さんも見合い話を持ち出さなかった。
ところがある晩、叔父さんが一枚の見合い写真を手に帰宅した。
夕食後、その写真を押し付けられる。
俺は一応写真を開き、添えられていた身上書にざっと目を通した。
「どうだ。これまでで一番素敵なお嬢さんだろ?」
得意気に言う伯父さんを横目に、俺は無言で席を立つ。
そんな俺の態度に、伯父さんが声を荒げた。
「晃っ!この女性のどこが気に入らないんだ!?何が不満なんだっ!?」
―――何が?どこが?
「……そんなの、なにもかもだよ!!」
つられて大声で言い返す。
「チカじゃなければダメだって、何度言ったら分かってくれるんだよっ!」
「お前こそ、現実を知れ!あの子じゃ社長婦人は務まらん。もっと大人になるんだ!!」
身勝手な理由を振りかざす伯父さんに、カチンと来た。
「大人になるって何だよ?会社のために、利益のために、好きな女をあきらめることが大人って言うのか?!そんな考えは絶対に間違ってる!」
お互い一歩も引かない。
しばらく睨み合ったあと、伯父さんが苦笑混じりに言った。
「あの子はお前を捨てたんだぞ?」
「違う!そんなはずない!」
伯父さんを真正面から更に睨みつける。
だけど、大グループの社長としての地位を築き上げたこの人は、そんなことでは揺るがない。
「だったら、連絡先をいまだに知らせてこないのはなぜだ?」
「そ、それは、きっと何か事情があって……」
「2週間も経つのに連絡一つよこさない事情とはなんだ?それは“別れたい”ということじゃないのか?」
「チカはこんな一方的なことをするような人間じゃない!!」
俺は見合い写真を伯父さんに投げつけ、自分の部屋へと駆け戻った。
厚い木で出来た仕事机にこぶしを打ち付ける。
「チカ、チカ……」
―――どこに行ってしまったんだ?どうして何も知らせてくれないんだ?
何度も机をたたく。
―――別れたいなんて、何かの間違いだ!!
机にすがりつくように、ずるずると床へ倒れこんだ。
そのままゴロリと横になる。
―――何があったんだよ……。
ぼんやりと部屋の中を見回す。
視界の隅にチカから送られた箱が映った。
「……そうだ」
俺は急いでその箱をひっくり返し、入っていたものを一つ一つ丁寧に調べる。念のために包装紙も。
何度確かめても、俺が探していたものは出てこなかった。
「やっぱり、あの指輪がない……」
チカが俺と別れるつもりなら、必ずあの指輪を返すはず。
それが送られてこなかったってことは、チカがまだ持っているということ。
俺を嫌いになった訳じゃないということ。
―――チカはまだ、俺を好きでいてくれているんだ。
そう思うだけで、前に進む力が湧いてくる。
「チカ、待ってろよ。絶対に探し出してやるからな」
脳裏に浮かぶ彼女の笑顔に、固く誓った。
本心としては今すぐにでもイギリスに行きたい。だけど、どこを探せばいいのか分からない。
闇雲に探し回るには、国一つはあまりに広すぎる。
それに今、桜井グループを飛び出すわけにはいかなかった。
実はちょっとした問題がグループ内で起きていて、そんな時に次期社長の俺がいなくなったとなれば、簡単に会社が崩れる。
チカを認めてくれない伯父さんと伯母さんに腹は立つけれど、俺は2人を苦しめたいわけではないから。
「まずは準備が必要だ」
会社のために。
俺のために。
なにより、チカのために。
実は、チカが姿を消した原因にうすうす気が付いている。
あの出張は仕組まれたものだったのだ。
本当は海外事業部の課長が行くはずだったという噂を、あとから聞いた。
―――そうだよな。3日前にいきなり『ロスに行け』なんて、よく考えてみればおかしいよな。
伯父さんと伯母さんは、俺とチカを切り離す機会が欲しかったのだ。
猛烈に腹が立っていても、それを今更言ったところでどうにもならない。
2人を責めるより、今はやらなければならないことがある。
俺はいざという時、いつでも出発できるように“ある計画”を進めることにした。
●新年明けました☆
今年もどうぞ宜しくお願いいたします。