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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第10章 交差する想い
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(8)晃、帰国


「はぁ、一週間ぶりの日本だぁ」

 十時間近く機内で過ごした俺は、ゲートを出て思いっきり背伸びをした。

「早くチカに会いたいな」

 連日の視察や会議、長時間のフライトで体は疲れていたが、チカの顔が見られると思えば足取りも軽い。

 空港からまず本社に向う。

 出張の報告をしなければならないのだ。


 重く丈夫な木の扉をノックして中に入った。

「失礼します。ただいま戻りました」

「晃か。出張、ご苦労だったな」

 社長の机で書類に目を通していた伯父さんが顔を上げる。

「早速、報告書を見せてもらおうか」

「はい」

 俺はまとめておいた書類を数枚手渡した。



 書類に目を通し終えた伯父さんが社長印を押し、そして俺を見る。

「お前の今日の業務はこれで終わりだ。理沙子が“ご馳走を作る”と言って早退したから、早速顔を出したらどうだ?」

「いや。伯母さんには悪いけど、チカと会う約束をしているんだ。食事は彼女と摂るから」

 とたんに伯父さんは眉をひそめるが、特に何も言ってこない。

 これまでは『彼女に会うな。すぐに別れろ』とばかり怒鳴っていたのに。


―――出張で疲れている俺に気を遣ったのか?


 まぁ、下手に言い出して彼女との仲を裂かれても困るから、感じた疑問は胸中に留めた。



「そうか。なら、晃からそのことを家に連絡しておけ」

 伯父さんは俺から視線を外し、再び書類に目を落とす。

 そんな伯父さんを見て、なんとなくすっきりしない気分のまま社長室を出た。



 伯母さんに謝りの電話をして、チカのアパートに車を走らせた。

 助手席には彼女のために買ったお土産のチョコレートがドン、と置かれている。

 両手で抱えるほど買ってきた。

「喜ぶだろうなぁ。それより、“こんなにあるの!?”と驚くかな」

 どちらの顔も俺にとっては楽しみだ。



 アパートの前に車を停め、チョコが入った袋を手に部屋へと向かう。

 数日振りに会う彼女にワクワクしながら、チャイムを押した。


 しかし、いつもならすぐに開くはずが、いつまで経っても扉は閉じたまま。

「あれ?」


―――今日、会う約束してたのに。


 もう1度チャイムを押してみるが、やはり誰も出てこない。

「買い物に行ってるのか?」

 仕方ないので、しばらくここで待ってみることにする。


 しばらくすると、隣の住民が帰ってきた。

 扉の前に立つ俺を見て、首をかしげている。

「あら。もしかして203号室の大野さんに御用ですか?」

 何度か顔を合わせたことがあるその女子大生は、俺に話しかけてきた。

「はい、そうですけど」

 それを聞いたお隣さんは、ほんの少し気の毒そうな顔になった。

「もういませんよ。引っ越しされたので」

「え?引っ越し?」

 大きく驚く俺を見て、更に話を続ける。

「はい、荷物を運び出してましたから。突然のことで私もびっくりしたんですけど、アパートを出る時、大野さんからご挨拶もいただいてますし」

 これまでにお隣さんと話をしたことなどなかったが、嘘を付くような人ではなさそうだ。

「そうですか……」

 俺はその人に頭を下げて車に戻った。



―――引越しするなんて聞いてないぞ。


 チカに何かあったのだろうか。急に体調でも崩して、一人暮らしが無理になってしまったとか。

 だが、そんな連絡は来ていない。

 

 とりあえず、チカの実家に向うことにした。




 彼女の家のチャイムを押して、出てきたのはお母さんだった。

「こんにちは」

「あら、桜井君。どうしたの?」

「チカに会いに来ました。アパートにいないということは、こちらにいるんですよね」

 俺の話を聞いて、お母さんの顔色が曇る。

「……ここにはいないわ」

「え?もしかして、入院でもしてるんですか?」

 お母さんがものすごく驚いた顔になった。

「あなた、知らないの?!」

「何をでしょうか?」

 俺は首をかしげながら訊きかえすと、返ってきた言葉に耳を疑った。


「あの子、留学してるのよ」





「は?」


―――チカが留学?

 一言もそんなことを聞いていなかった俺は、お母さん以上に驚く。


「外国で暮らしたほうが感性が鋭くなるからって。あなたには話してあるって、あの子は言ってたのよ?」

「俺は、何も聞いていません……」

 力なく首を横に振る。

 そんな俺を見て、お母さんは震えだした。

「そんなっ?!じゃあ、あの子は今どこにいるの?!」

 倒れそうなほど青ざめているお母さんが、俺の腕をギュッとつかむ。

「ねえ、桜井君。本当に知らないの?!」

「知りません!彼女が留学しているなんて、今、初めて聞いたんですっ」

 突然知らされた事実に俺もパニック寸前になるが、気になることがあって、どうにか正気を保つ。


 さっきお母さんが口にした『じゃあ、あの子は今どこにいるの?!』というセリフ。


 その意味は一体?




「あ、あのっ。チカの留学先は?」

「イギリスって言ってたわ」

 今にも倒れそうなお母さんが必死に俺へとすがり付く。

「だけど、それ以上は分からないの。メモに書かれた連絡先はデタラメだったから」

「デタラメ?彼女の仕事先の人は、何も聞かされてないんですか?!」

「あの子の話だと宿泊先は先輩に紹介してもらったって。なのに、職場の人に内緒でキャンセルしたらしいのよ……」

「そんなっ?!」


―――それじゃ、手がかりがないじゃないか!! 

 

 俺は言葉を失う。


「だから、桜井君ならあの子の行き先を知っていると思ってたのに。そのあなたが何も知らないだなんて……」

 お母さんはとうとうその場にへたりこんでしまった。




 急いでお母さんをリビングのソファーへ運ぶ。

「これからチカの職場に出向いて、もう一度詳しく話を聞いてみます」

 お母さんは声もなく頷くだけ。

「大丈夫ですよ。チカは何も言わずにどこかへ行ってしまうような子じゃないです。何か行き違いがあっただけですよ」

 お母さんに、そして自分に言い聞かせて、彼女の家をあとにした。



―――大丈夫。大丈夫だ。


 自分を落ち着かせるために、何度も『大丈夫』繰り返しつぶやく。 


―――これまでに一度だって、チカは俺に隠し事なんてしたことなかったじゃないか。


 車を急がせる。

 飛び出すように降りて、チカの職場に駆け入った。


 だが。


 そこで聞かされたのは、お母さんが言っていたことと何一つ変わらない事実だった。




 やっとの思いで車に乗り込むが、とても運転できる状態ではない。

 シートに力なく腰掛けたまま視線を彷徨わせると、目に入ってきたのは、彼女に渡すはずだったたくさんのチョコレート。



 ロールキャベツを作って待っていると言ったのに。

 どこにも行かないって言ったのに。


―――チカ、どこに行ったんだよ……。


 ハンドルを抱えるようにもたれ、俺はしばらく動けなかった。


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