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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第10章 交差する想い
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(4)彼の覚悟 伯母様の主張 SIDE:チカ

 短く、きっぱりとした口調で、伯母様がもう一度言う。

「お願い。晃君と別れて」


 私は思い切り目を大きく開いた。


―――『別れて』?!

 

 今の言葉がウソであることを願って、伯母様を見つめる。

 ところが、まっすぐに私を見つめ返す伯母様の瞳に浮かぶ光は、冗談などではなかった。


「こんな話、晃君抜きですることではないとよく分かっているわ。でも、あの子ったら私たちの話にちっとも耳を貸してくれないのよ……」

 疲れたように伯母様はため息を漏らす。


 この様子からすると、この話はつい最近のことではない。

 ずいぶん前から、アキ君は伯父様たちに私と別れるように言われていたのだろう。だから、アキ君もこのところずっと疲れた顔をしていたのだ。


 別れを突きつけられた自分自身よりも、彼のこれまでのつらさを思って、私は唇を噛んだ。




 コーヒーを一口飲んだ伯母様は、これまでの沈黙がウソのように話し出す。言葉を止めてしまったら躊躇ってしまう、とでもいうかのように。

「うちのホテルは世界進出もしていて、時折、本社と支社のトップとお得意様を集めてパーティがあるわ。既婚者はパートナーと出席するのが欧米では当然のルールなの」

 伯母様はちらりと私を見た。

「晃君と結婚したら、そういった場であなたもお客様をおもてなしする立場になるのだけれど。チカちゃんには……、何て言うか、向かないと思うの。あなた自身も、その……、やりきれないでしょうし」

 言葉を選びながら、とつとつと告げてくる。

 突き放すように言い切れないのは、私に気を遣ってくれているから。

 一方的に『別れろ』と言っておきながらも、本当は優しい人だから。



 伯母様は話を続ける。

「現実的なことを考えて、順二さんはあなた以外の女性とのお見合いを晃君に勧めているわ。でもね、晃君は“あなたと結婚できないなら、社長の立場も桜井家も捨てる!”とまで言ってるのよ」

 

 伯母様の言葉に、私はハッと息を飲む。

 ここで私は数日前の出来事を思い出した。


『もし金も仕事もなくなったら、俺のこと嫌いになる?』


 いきなり彼が切り出した言葉。

 その時は何のことか分からなかった。


 でも、今ははっきり分かる。

 伯父様たちとの話があってのセリフだったということが。



―――あのセリフにこんな重大な意味があっただなんて。


 私は自分に向けられた彼の愛情を実感するとともに、何もかも捨てる覚悟のアキ君に申し訳なくなった。


―――私一人のために、そこまでしてくれなくてもいいのに……。


 彼の唯一の家族である伯父様と伯母様に迷惑をかけてしまっているのが、申し訳なくて。

 彼を悩ませてしまったことが、本当に申し訳なくて。


―――アキ君、ごめん。気付いてあげられなくて、ごめんね。


 心の中で何度も謝った。




 俯く私に、伯母様はほんの少し口調を和らげた。

「それにね、子供のいない私たちにとって晃君はかけがえのない跡継ぎ。彼に会社を託すのが、私たち夫婦の夢なの」

 伯母様は左の薬指にはめられている指輪をそっと撫でた。

「会社をここまで大きくするのに、順二さんも私も本当に苦労したわ。それこそ寝る間も惜しんで、必死で働いたの。桜井グループは私たちの子供であり、私たちが生きてきた証よ」

 ふぅ、と短く息を吐き、再びコーヒーカップに口をつける伯母様。

 ゆっくりと一口嚥下し、ソーサーに戻したカップを見つめながら、話を続ける。

「今でこそグループはある程度の安定を保っているけれど、それは絶対的なモノではないわ。外国資本のライバルも近年増えてきているし、景気も不安定なところがあるもの」


 確かに、そういうニュースは毎日のようにテレビや新聞で騒がれている。


「こんな時に社内でのトラブルは、グループにとって命取りになるわ。従業員は不安に駆られて勤労意欲をなくすでしょうね。ましてや“跡継ぎが社長のイスを捨てた”なんて事になったら……」

 伯母様は深刻な顔つきで、テーブルの上に置いた手をクッと握り締める。

「これまで融資してくれていた銀行もストップをかけてくるかもしれない。先のない企業にお金を貸してくれるほど、銀行は優しくないもの。そうなれば、グループの今後なんて簡単に推測できてしまう」

 伯母様は視線を私に戻し、強い意志のこもった光を私に向ける。

「だから、何があってもこの会社を潰すようなことはできないの」


 揺るがない気持ち。

 少しも後には引かない主張。


 副社長として。

 晃君の母親として。

 譲るわけにはいかないという強い思い。


「お願い。チカちゃんから別れを切り出して」

 これまで以上に、強い口調で伯母様が言った。




 私は伯母様を見つめながら、ゆっくり瞬きをした。


 国内はもちろん、海外でも指折りの桜井グループ。

 そこで働く従業員の数は、想像もつかないくらい多い。

 

 彼が桜井家を飛び出した後のグループと従業員達の行く末を思うと、ぞっとした。

 

 別れないという事であれば、私が想像した行く末は現実のものとなるだろう。

 アキ君の性格を考えると、実際に家も会社も躊躇なく捨ててしまいそうだから。


―――だめ、だめ……。そんなこと、アキ君にさせたらだめ……。


 あやふやだった私の心が少しずつ固まってゆく。


 

 これが頭ごなしに、『あなたはふさわしくないから別れなさい』ということだけだったら、伯母様の主張に耳も貸さず、話の途中で席を立ったかもしれない。


 私だってアキ君が好きだから、一緒にいるのだ。

 愛しているから、今までそばにいたのだ。

 簡単に『はい、分かりました』と言ってしまえるようなな軽い気持ちではない。

 

 だけど、伯母様の話はそうではなかったから。


 伯父様と伯母様が会社を、従業員を。

 そして何よりアキ君を大切にしているのが、痛いほど伝わってきたから。


 私が出すべき答えは1つしかなかった。 



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