(3)予期せぬ再会 SIDE:チカ
―――アキ君はもうアメリカに着いたかな?
アシスタントの仕事を終えて家へと歩いている私は、夕暮れにさしかかった空を見上げながら彼を思う。
そこでお腹がグゥ、と鳴った。
―――私って色気ないなぁ。
クスッと笑う。
夕飯は何を作ろうかと考えていたら、不意に声をかけられた。
「……チカちゃん」
ためらいがちに私の名前を呼ぶ声。
振り返ると、アキ君の伯母様が立っていた。
“あ、ごぶさたしていますっ”
手話で語りかけてから、慌てて頭を下げる。
「本当に久しぶりね。すっかり大人っぽくなって、見違えたわ」
“いえ、そんなっ”
小さく首を横に振った。
数年ぶりに会った伯母様は私の記憶にある通りで、変わらずお元気そう。
でも、私を見る瞳がこれまでに知っているものとは少し違う気がする。
―――具合でも悪いのかな?
しかし、直感が“違う”と告げている。
伯母様の表情からすると、何か他の理由がありそうだ。
気のせいかもしれないけれど、待ち伏せをされていた感じもするし。
あれこれ考えていると、伯母様が口を開いた。
「少し時間あるかしら?話があるの」
口調は優しいのに、有無を言わせぬ強さがある。
私は頷くしかなかった。
近くの喫茶店で向かい合わせに座る。
―――いったい、何だろう。
一人暮らしを始めてから、アキ君の家には遊びに行かなくなった。
それ以来の対面。
私の前にいる伯母様は、いつもと同じく柔らかい表情をしている。
なのにどこか思いつめた感じで、瞳の奥に暗い影が見えた。
―――いいお話じゃなさそうだな。
どんな話をされるのか不安に思い、ドキドキしながら待っている私。
ところが、伯母様は前に置かれたコーヒーカップを凝視したまま。
ただ、沈黙が流れる。
私は伯母様の視線の先に手を伸ばした。
“アキ君に何かあったんですか?”
なかなか話し出さない伯母様に尋ねてみた。
私の手話に気付いた伯母様は、ハッと我に返る。
「あっ、ごめんなさいね。誘っておきながら黙ってしまって」
“いいえ”
ニコッと笑って、首を小さく横に振った。
「晃君は元気よ。無事に着いたってさっき会社の方に連絡があったもの」
静かに微笑む伯母様のその表情がぎこちない。
私はなんとなく悟った。
―――アキ君のことで、私に話があるんだ。
これまでに私と会おうと思えば、いくらでも都合を付けて会えたはず。
なのに、彼の出張を見計らって声をかけてくるなんて、そうとしか考えられない。
―――アキ君がいないうちに、私と話がしたかったんだ。
ものすごく嫌な予感に襲われ、何とか落ち着こうとした私は紅茶の入ったカップに手を伸ばした。
指先は小刻みに震えている。
その手でどうにかカップを掴んでゆっくりと紅茶を一口含み、そしてゆっくりと飲み下した。
震えの収まらない手に必死に力を込め、カップを落とさないように、そっとソーサーに戻す。。
そのタイミングで、伯母様が口を開いた。
「晃君と別れてほしいの」