(2)出張
それからも、伯父さんと伯母さんは色々な女性との見合い話を持ってくる。
そして顔を合わせれば『チカと別れろ』と口にする日々。
俺は別れるつもりなんて、まったくない。誰に何を言われても、俺はチカから離れる気はないのだ。
チカ以外の女性と結婚するつもりなんて、これっぽっちもありはしない。
俺に会社を継がせたいという気持ちはありがたいし、これまで俺を育ててくれたこともありがたいと思う。
だけど、俺はチカがいないと生きていけないのだ。
俺が社長じゃなくても会社は成り立つ。なにも血縁者が社長になる必要はない。
優秀な社員は他にもいるのだから、その中から社長を選べばいい。
何度そう言っても、2人は納得してくれなかった。
それでも俺は面と向って怒鳴るなんてことはしない。まして、“つかみかかって伯父さんとケンカ”なんてこともしない。
ただ、ただ、自分の想いを懸命に話す。
2人が早くチカのことを認めてくれたらいいなと、真剣に思いながら。
伯父さんのことも、伯母さんのことも、嫌いになった訳ではない。
意見が合わないから、俺達の関係が今はうまくいっていないだけ。
前のように仲のいい家族として過ごせるように、俺は自分の想いを一生懸命に伝えてゆく。
このまま辛抱強く自分の意志を通せば、いずれ2人も俺達の結婚を許してくれると思っているから。
だが、俺の気持ちと伯父さんたちの考えが完全に逆方向を示していて、最近は気の重い日々が続いていた。
“アキ君。このところ特に疲れた顔してるよね。お仕事、大変?”
休みの日。
例のごとくチカの部屋に来た俺に、彼女が心配そうに言う。
「んー。大変と言えばそうかもな。でも、一時的なものだから」
チカに余計な心配をかけたくないので、本当のことは言わない。
“そっか。早く落ち着くといいね”
ソファに座っている俺にコーヒーを出しながら、チカが微笑みかけてくれる。
「そうだな」
マグカップを受け取って、俺はいつもより弱い微笑みを返した。
「……ね、チカ」
“何?”
俺の左に腰を下ろしたチカが、首を傾げてこっちを見てくる。
「もし金も仕事もなくなったら、俺のこと嫌いになるか?」
このままずっと伯父さんたちとの関係が平行線ならば、俺はあの家を出ることになるかもしれない。
そんなことになったら仕事も、家も、財産も、何もかもが一度になくなってしまうだろう。
それでも、俺にはチカしかいないから……。
“いきなりどうしたの?”
チカが変な顔をして訊き返す。
「ま、例えばの話だよ。どう?」
チカは数回瞬きをすると、ニコッと笑う。
“嫌いになんてならないよ。そんなの決まってるじゃない。何があっても、アキ君はアキ君だもん”
即答してくれる彼女が嬉しかった。
―――チカさえいてくれれば、俺はきっと大丈夫。
「……ありがと」
俺は彼女を抱き寄せた。
チカと肩を寄せ合いながら、テレビを見ている。
ふと画面から視線をはずすと、壁にかけられたカレンダーが目に入った。
「そうだ。俺、あさってから出張なんだ」
見合いのことでバタバタしていて、チカに話すことを忘れていた。
“どこに行くの?”
「ロサンゼルス。系列ホテルの視察って感じかな」
“アメリカかぁ。チョコレートが美味しいんだよね。値段は安いのに、けっこう味がいいんだよ”
嬉しそうに話してくる。
甘いものが好きなチカは、特にチョコレートには目がないのだ。
「よし、お土産はチョコに決定。一週間で帰ってくるから」
“気をつけて行ってきてね”
「日本に戻ってきたら、すぐお土産渡しに来るよ」
“え?いいよ。疲れてるだろうし、自分の部屋でゆっくりしたら?”
「なんだよ。俺に会いたくないのか?」
チカの気遣いは分かっているが、わざとらしくすねてみる。
“会いたいに決まってるでしょ!でも、無理して欲しくないの”
チカはやたらにワガママを言わない。それが彼氏としては少し寂しい。
代わりに俺がワガママだったりするけれど。
「バカ、無理してるんじゃないって。チカに会いたいんだよ」
ギュッと彼女を抱き寄せる
「あ~、一週間もチカに会えないなんてなぁ。寂しくて気が狂ったらどうしよう」
俺のプチ浮気の一件以来、出来る限りチカに会うようになった。
休みの日はもちろん、仕事帰りに待ち合わせしたり、今では2日と空けずに会っている。
それなのに、1週間丸まる会えなくなるのだ。
オマケにチカの携帯電話は海外対応機種じゃないから、俺からのメールが受信できない。
チカがメールを送ることも出来ない。
完全にチカと切り離された1週間になる。
“アキ君、それは大げさだよ”
結構本気で言った俺に、チカはおかしそうに笑っている。
「大げさじゃないって。俺、チカがいないとダメなんだ」
“もう、そんなこと言って。お仕事はきちんとしてきてよね?”
俺の目を覗き込みながら、チカが言う。
「分かってますって。じゃ、仕事を頑張ったご褒美として、会いに来ていい?」
“……しょうがないなぁ。アキ君の好きなロールキャベツを作って待ってるよ”
苦笑するチカ。
「絶対だぞ。10月5日は何があってもこの部屋にいろよ?」
俺はきっちり念を押す。
“私はどこにも行かないって。ちょうど話したいことがあるから、私も会いたいと思ってたし”
「話?今すれば?」
“今はダメ、まだ自分の中で迷ってるから……。今度会ったら話すね”
チカが真剣な目をしたので、俺はそれ以上訊くのをやめた。
2日後、ロスに向けて出発した。
伯父さんや伯母さんと多少もめていても、仕事はきっちりこなさないと。
こんな時期にだらけていたら、ますますチカとの結婚に納得してもらえない。
一週間後のチカの話とロールキャベツ、もちろんチカ本人に会えることを楽しみに飛行機へと乗り込んだ。