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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第10章 交差する想い
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(1)見合い話


 俺達は仲直りした。

 ケンカしたと言っても俺の一方的な身勝手だったのだが。


 それからはずっと穏やかに過ごしている。

 送られてきたメールには必ず返信し、時間の都合が合えば一緒に過ごす。

 そんな風に日々を送り、25歳を過ぎたあたりからは結婚を少しずつ意識し始めた。もちろん相手はチカだ。


 チカといると気持ちが落ち着いて、心が癒される。特別に何かをしなくていい。

 他に何もいらない。


 ただ、チカと2人でいる時間があれば、俺はそれだけで幸せになれる。



 休みの日は2年前から一人暮らしをしているチカの部屋でゆっくりするのが近頃の定番。

 一緒にテレビを見たり、他愛もない話をしたり、腹が減ればチカの手料理を味わう。

 さっきからいそいそと料理に励むチカの後姿を眺めて、一人ニヤけている俺。


“アキ君、何で笑ってるの?”


 出来上がった料理を運んできたチカが首をかしげている。


「台所に立ってエプロンして料理作ってるチカっていいな」


“そう?”


「こうしてると、俺達新婚みたいだな」


“もう、何言ってんの”


 チカは照れて怒ったようにしているけれど、その顔は嬉しそうだ。


 いつの日か。

 そう遠くない未来に、俺達は本当の『夫婦』になれるのだろう。






 ある日、仕事から帰ると、珍しく伯父さんの方が先に帰っていた。

「あれ?伯父さん、今日は早いんだね」

 養子になって数年経つが、つい『伯父さん』、『伯母さん』と呼んでしまう。


 本当は『お義父さん』『お義母さん』と呼ぶべきなのだとは分かっているけれど、長年のクセが抜けない。テレもあるし。

 きちんと呼べるようになれるといいなと思ってはいるが、なかなか出来ないでいる。



「ああ。晃に大事な話があってな」

 リビングのソファーに座って俺を待っていた伯父さんが、なにやら楽しそうに言った。

「話?」

 俺はスーツの上着を脱いで、伯父さんの向かいの席に腰を下ろす。

「晃君、お帰りなさい。待ってたのよ」 

 伯母さんがコーヒーを運んできて、俺達の前に置く。そして伯父さんの横に座った。


―――待ってた?今日はなんか大事な日だったかなぁ。


 話の内容はぜんぜん見当が付かない。

 だが2人の顔は明るく、イヤな話ではなさそうだ。


 コーヒーを一口飲んで伯父さんの顔を見た。

 叔父さんは自分の横に置いていた、大きくて白い2つ折のものを俺の前へと滑らせてくる。

「なに?」

「いいから、中を見てみろ」

 言われた通りに開いてみると、そこには艶やかな着物に身を包んだ女性の写真があった。

 にっこりと微笑むその人は、俺と大して年が変わらないだろう。

「あの、これ……」

 写真から視線を上げた俺は、少し戸惑い気味に伯父さんを見る。

 すると伯父さんはニッコリと笑った。

「見合い写真だ。もちろん、お前のだ」

「俺に!?」


 この写真が見合い写真だってことは、誰だって分かる。

 ただ俺が戸惑っているのは、『どうして俺に見合いをさせるのか?』という、2人の真意が測れないからだ。


 軽くパニックになっていると、伯母さんがウキウキと話し始める。 

「そのお嬢さんは私の古くからのお友達の娘さんでね。お名前は“由香里さん“と言うのよ。小さな頃から良く知っていて、すごく気立てが良くてしっかり者だから、晃君をしっかりと支えてくれるはずよ」

 伯母さんの横でうんうん、とうなずいている伯父さん。

 伯父さんはその女性について、事前に話を聞いていたらしい。

 だからこそ、俺にこの写真を勧めてきたのだろう。


「語学が堪能な方らしい。聞くところによると、英語はもちろん、中国語やイタリア語、フランス語も話せるそうだ。うちのホテルは海外進出もしているから、社長婦人としてまさにうってつけじゃないか」

「晃君と由香里さんなら、私たちが引退しても安心よね」

 当の俺をそっちのけにして、伯父さんと伯母さんが盛り上がっている。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 慌てて2人に割り込んだ。

「どうした晃?」

「とっても綺麗なお嬢さんでしょ。晃君にお似合いよ」

「まあ、綺麗だとは思うけど……」

 あいまいに返事をする俺に、伯父さんは小さく笑う。

「ああ、写真だけじゃよく分からんか。やはり実物じゃないとな」

「それなら会う段取りをつけましょ。明日にでも、あちらに電話するわ」

「あ、だから!待ってってば!」

 再び話を進めてしまう2人を止めた。


 きょとんとした2人が俺を見ている。

「何か、都合が悪いのか?確かに仕事は立て込んでいるが、そう無理でもあるまい」

「会って、お食事するだけだもの。仕事に影響するほど時間はとらせないわ、大丈夫よ」

「そうじゃない。仕事とか時間の都合じゃなくて、俺に見合いは必要ないってこと」

 俺は静かに閉じた写真を押し戻す。

「こんなに素敵なお嬢さんを何で断るんだ?……もしかして、すでに結婚を考えている女性がいるのか?」

「晃君、そうなの?」

 尋ねられて、俺は正直に大きく頷く。

「あ、あら、そうだったの?ごめんなさいね、勝手に話を進めちゃって。晃君たら、このところあまり彼女の話をしないから、てっきり一人身かと思ってたのよ」

 伯母さんが苦笑いをしながら、写真を手元に引き寄せる。

「いや、別にいいよ」

 俺も苦笑いを返す。

「それで、晃。お前の今の彼女は、どんな人だ?」

 伯父さんが興味津々で身を乗り出してくる。


―――は?『今の』って、どういうことだ?


 伯父さんの発言と行動に、俺は首をひねった。

 そこへ伯母さんが追い討ちをかける。

「もう、何で紹介してくれなかったのよ。もちろん、すぐに会わせてくれるわよね?」


―――え?


 俺は2人が言っている意味が分からなかった。


―――伯父さんも伯母さんも、何を言ってるんだ?俺の彼女は今までずっと1人だけなのに。


「改まって会わせる必要はないと思うけど……。あ、正式に婚約者として連れてきたほうがいいってこと?」

 今度は伯父さんと伯母さんが首をかしげる。

「会わせる必要がないってどういうことだ?」

「そうよ。これから家族になるんだから、最初の顔合わせは肝心よ。どんなお嬢さんか知らなければ、うまくやっていけないじゃないの」

 ますます話がかみ合わない。


―――この2人は冗談を言っているのか?


「だって、もう知ってるだろ」

 俺が苦笑しながらそう言うと、伯父さんと伯母さんの動きが止まった。

「え……?」

 何かとんでもない事を聞いたかのように、二人の表情が固まる。

「顔合わせも何も、チカのことは知ってるだろ。まったく、何言ってんだよ」

 俺はソファーの背にドサリともたれて、口元を緩めてクスクスと笑った。

 それとは反対に、2人の顔がますます固くなる。

「……まだあの子と付き合っていたのか?」

 伯父さんはなぜか動揺し、その声は少し震えていた。

「別れたのではなかったの?!もう長いこと、この家に連れてきてないじゃない!」

 伯母さんの口調は、まるで『チカと今でも付き合っていることがウソであって欲しい』と言うような感じだ。


 一体、この2人は何を誤解しているのだろう。

 俺には伯父さんと伯母さんの考えていることが分からない。


「別れてないよ。チカはずいぶん前から一人暮らしをしてるんだ。だからこの家に呼ばなくても、俺が行けばすむことだし」

 ちょうどチカのことが話題になったから、いい機会だとばかりに俺は話を切り出した。

「いずれチカと結婚するから。2、3年以内って考えてる」

 と言ったとたん、伯父さんがものすごい勢いで怒り出した。

「そんなのはダメだっ!!」

「……伯父さん?」

 あまりの語気の強さに俺はあっけにとられてしまう。

「あの子はお前の妻に相応しくない。結婚なんて、そんなことは絶対に駄目だ!!」

 テーブルにこぶしを打ち付ける伯父さん。

 ダンッ、と音がして、載せてあるコーヒーカップがカチャカチャと揺れる。

 こんなに激しく怒りをあらわにする伯父さんを初めて見た。

「伯父さん、どうしたんだよ。何をそんなに怒ってるんだ?」

 助けを求めて伯母さんに目を向けると、同じような表情をしていた。


「どうして……?俺達のこと、認めてくれていたんじゃないのか?」

 今度は俺の顔が固くなる。

「付きあいは認めたが、結婚は認めん。絶対にダメだ」

 はぁ、と思いため息をつきながら伯父さんは頑なに首を横に振った。

 理不尽な言いつけに俺はカッとなる。

「なんでだよっ!?初めてチカをつれてきた日も、それからも、彼女に良くしてくれていたじゃないか!!」

 俺は2人を睨みつけた。


 俺達の間に沈黙が流れる。




 少し経って、伯母さんが苦々しく口を開いた。。

「いずれ別れると思っていたのよ。学生の頃の恋愛なんて、その時の勢いみたいなものだから。大人になって冷静になれば、晃君は他の女性に目を向けるだろうって思っていたの。何一つ障害のない、健全な女性を好きになるだろうって」

「はぁ?何だよ、それ……」

 初めて聞かされた2人の考えに愕然とする。

「だから、あなた達が付き合っている間くらいは仲良くしてあげようってことだったのよ。それがまさか、いまだに付き合っているなんて……」

 伯母さんは目を伏せて、眉をひそめた。

「じゃぁ、初めからチカのことは認めていなかったってこと?!俺達の結婚の可能性は、最初からなかったってこと?!」

「口の利けないあの子では、人前に立つ事が多いホテルの社長婦人は務まらんだろうよ」

 伯父さんが決定的なセリフを言った。







―――声が出ないから、チカとの結婚を認めないって言うのか?


 そんな理由で?

 それだけの理由で?


 俺は膝の上で強く手を握り、淡々と言った。


「だったら、俺は社長になれなくていい」

 その言葉にギョッと目をむいて、2人が慌てる。

「あ、晃!お前、何を言ってるんだ!?」

「私たちは晃君が跡を継いでくれることが楽しみで、今まで頑張ってきたのよ!晃君だって、快く引き受けてくれたじゃない?」

「確かに、跡を継ぐ気があるって言ったよ。でもそれは、チカと別れるって意味じゃない。俺はチカ以外の人とは結婚しないからっ!」

 テーブルにバンッ、と手をついて立ち上がる。

「晃っ!!」

「晃君っ!!」 

 2人が大声で呼び止めてくるが、それを無視して俺はリビングを出て行った。



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