(7)愛して・愛されて
ホテルを出て、今井さんは右に、俺は左へと進む。
―――チカに会いたい。
素直にそう思った。
会って、抱きしめたい。
そして謝りたい。
時間は8時を過ぎたころ。まだチカは出勤前で、家にいるはずだ。
俺は走り出した。
駅からチカの家へと走りながら、俺は付き合いだした頃を思い出していた。
『チカだけが頑張ってもダメだし、俺だけが頑張ってもダメなんだ。2人で一緒に頑張らないとさ』
自分からそう言ったのに、チカだけに頑張らせていたのだ。
―――本当に甘ったれで情けない男だな、俺は。
自分で自分のほほを一発ぶん殴った。
家のチャイムを押すと、奥からパタパタと足音が聞こえてきた。
「チカ!俺だよ!」
扉が勢いよく開いて、顔を出したチカが目を丸くしている。
“アキ君!?急にどうしたの?”
「会いたくなったから」
そう言って玄関の中にすべり込むと、ギュッと彼女を抱きしめた。
突然現れた俺に、訳が分からなくなっているチカ。瞳を大きく開いて、オロオロとしている。
俺は大きく息を吸い込んで、言った。
「チカ、ごめんな」
メールを無視してごめん。
『愛してる』と言って欲しいなんて、めちゃくちゃワガママでごめん。
俺ばかりが愛情を欲しがってごめん。
愛することを手抜きしてごめん。
「ごめんな……」
何度も謝る。
数え切れないほどごめんを繰り返し、抱き寄せていた腕の力を少し緩めて、チカを解放する。
彼女は首をかしげて不思議そうな顔。
どうして俺が謝っているのか、まるで分からないって表情だ。
しばらくその格好で俺を見つめていたチカが、不意に微笑む。
“お仕事、忙しかったんでしょ?ご苦労様。私も会いたかった”
優しい笑顔を浮かべて、そっと俺のほほに触れてくる。
“ここ、少し赤くなってるよ。何があったの?大丈夫?”
その小さな手の平から体温以上のものが伝わってきた。
何気ない仕草の中に、俺に対する“愛してる”が溢れている。
今、この仕草だけじゃない。
俺と付き合い始めてから、これまでもずっと、チカは視線や表情、仕草にありったけの“愛してる”を込めていたはずなのだ。
分かっていたのに……。
分かっていたのかもしれないけどいつの間にか慣れてしまっていて。
『彼女の愛情を感じ取ることをサボってしまった』と、言うべきかもしれない。
―――自分が愛されたいなら、まず相手を愛さないと。
「愛してるよ、チカ」
俺は改めて強く強く、彼女を抱きしめた。