(1)変わらない日々
大学には無事に合格。
そして、この春から伯父さんと伯母さんの子供となった。
まぁ、苗字は『桜井』のままだし目立った変化はないが、“家族ができた”という安心感が湧いてくる。
養子になったことで、伯父さん達は本格的に俺を跡継ぎにするつもりだと言った。
それに対し、2人への恩返しの意味も込めて、はっきりと『継ぐ意思はある』と答える俺。
それを聞いて、普段泣いたことのない伯父さんが涙ぐんでいた。
よほど俺の返事が嬉しかっのだろう。
少しでもホテル経営のことを覚えたくて、通える範囲にある系列ホテルでバイトを始めた。雑用がほとんどだが、働く社員さんたちの姿を見て、接客業の難しさとやりがいを肌で感じる。
毎日休まず大学に通い、そしてバイト。さすがにへとへとだ。
でも、そんな俺を支えてくれているのがチカの存在。まめにメールをくれて、俺を励ましてくれていた。
そして休みの日は、疲れている俺を気遣ってのんびり過ごす。
俺の部屋で本を読んだり、宿題をしたり。どこかに出掛けなくても、文句の1つも言わない。
「ごめんな、チカ。どこも連れて行ってやれなくて」
慣れないバイトでぐったりしている俺は、自室のソファーに身を投げ出していた。
チカは床で本を読んでいたが、俺の言葉に手を止めてこっちにやってくる。
そして、俺の隣にストン、と腰を下ろした。
“気にしないで。私はアキ君のそばにいるだけで楽しいんだから”
にっこりと笑うチカ。
その笑顔に癒される俺。
「そのかわり、夏休みにはたくさん遊ぼう」
“楽しみにしてるね”
「おう、期待しとけ」
俺はチカの頭をそっとなでる。
「髪、ずいぶん伸びたな」
ショートカットだったチカの髪が、半年経った今では肩に触れていた。
「どうして伸ばしてるんだ?短いのも似合ってたのに」
“長い髪のほうが大人っぽく見えると思って。
アキ君はますます素敵な男の人になってるから、少しでも釣り合うように”
チカが照れたように笑いながら言う。
「そんなことしなくたって、チカは十分俺に相応しいよ」
つややかな黒髪をなでてやると、彼女は少し首をかしげて俺を見る。
“本当にそう思ってる?”
「思ってる」
“本当に、本当?”
しつこく確かめるチカ。
「本当だよ。俺の言葉を信用しないのか?」
“え、だって……”
チカは自信なさ気に少し目を伏せた。
年齢よりも少し幼く見える自分の外見を、彼女自身は好きではないという。
実年齢よりも大人びている俺と付き合うようになってからは、ますますその思いが強くなったらしい。
だが、俺はそういうチカの外見も含めて好きになったのだ。
無駄に化粧したり、髪をいじったりして、ムリに背伸びする女性は俺的に好みではない。
自然のまま、ありのままのチカが好きなのだから。
暗い表情で俯く彼女に腕を伸ばす。
「そういう疑り深い奴は……」
頭から肩へと手を滑らせ、グッと抱き寄せた。
あっという間に俺の腕の中に閉じ込められた彼女。
「ギューッてしてやる!!」
チカが痛くない程度の力で抱きしめてやった。
恥ずかしくて、手をバタバタと振り回して暴れる彼女。
「信用する?」
ちょっと意地悪い表情で覗き込むと、赤い顔のチカがなんども頷く。
「よし。分かればいいんだよ」
クスッと笑って、力を抜いた。
でも、チカはまだ俺の腕の中。
2人寄り添って、お互いの体温を感じる。
俺の隣にチカがいて、チカの隣に俺がいる。
そんな日々がずっと続いてゆく。
本気でそう信じていた。
大学卒業後、俺は本社ホテルに就職した。
といっても、まだまだ社長業なんて到底無理な話で、今はフロント係としての仕事をこなしている。
まずはホテルマンとして一人前にならなければ、ホテルのオーナーなんてなれない。
時々伯父さんや、稀に伯父さんの代行として出向く伯母さんの秘書として同行したり、家に帰ってからは2人から経営のノウハウを教わったり、心身ともに忙しい日々だ。
学生の頃よりも格段に自由になる時間は減ったが、チカとは相変わらず仲良く付き合っている。
そのチカは高校卒業した後、知り合いのツテで、ある絵本作家のアシスタントを始めた。
夢に向かって進んでいる彼女を見て、俺も負けてれいられない。
伯父さんと伯母さんに認めてもらえるように、もっともっと頑張らないと。