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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第2章 小さな、小さな変化
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(1)伯母さん

 学校を出て、俺は途中にある本屋でしばらく立ち読みし、そこで今日発売の漫画を買ってから帰宅した。



 俺を引き取ってくれた伯父夫婦は日本はもちろん、海外にも事業展開しているホテルのオーナーで、自宅もホテルのように大きい。


 子供のいない伯父夫婦は俺のことを自分の子供のように可愛がってくれていて、小さい頃からよく面倒を見てもらっていた。

 過去に何度も家に遊びに来ていたはずなのに、いざそこで生活するとなると、その迫力に圧倒される。


 広い庭には警備のためにドーベルマンを3頭、シェパードを2頭飼っていた。

 子供の頃から見慣れているとはいえ、帰宅するたびに犬達に一斉に囲まれると少し怖い。


 だけど、俺がここで暮らす事を彼らは認めたのか、絶対に噛み付いてきたりはしなかった。

 それどころか、遊んで欲しそうに俺の周りをぐるぐる回る。


「今日は遅いから、また今度な」

 学校ではけして見せない微笑みを浮かべながら、1匹ずつ頭をなでてやった。



 動物は好きだ―――俺を裏切らないから。


 余計な言葉も話さないし、外見で人を判断したりしないから。






「ただいま」

 大きな扉を開けて入ると、廊下の奥から伯母さんが出てきた。

「お帰りなさい。今日は遅かったのね」

 ややふっくらとした体型ではあるが、動きはきびきびとしている。伯父さんと一緒にホテルの経営に携わっているためか、はきはきとした口調。

 でも、優しい声。


「本屋に寄っていたから。連絡すればよかった?」

「ううん。このくらいの時間に帰宅なんて、よくあるわよね。私が世話を焼きすぎるだけ。晃君はもう高3なのにね、ふふっ」


 47歳の伯母さんが肩をすくめる仕草は意外と合っている。


 生まれた時からの俺を知っている伯母さんはもともと俺を甘やかしてくれていたけれど、一緒に暮らすようになってからは、ますます甘くなったような気がする。

 伯父さんが『私と晃のどっちが大事なんだ?』と、苦笑混じりに言っていたほどだ。


 伯母さんの事は嫌いじゃない。むしろ、好きな部類に入る。



 でも、また俺の前から消えてしまったら?


 両親の様に突然いなくなってしまったら……?



 そんなことを考えるだけでゾッとする。


 きっと、今度こそ立ち直れないだろう。



 だから俺は申し訳ないと思いつつも、心の中で一線を引いていた。

 これ以上、親しくならないように。


 大切な人を失う苦しみは、もう二度と味わいたくないから。



 伯父さんも伯母さんも、こんな俺に気がついているだろうけれど、あえて何も言ってこなかった。






「もうすぐ順二さんが帰ってくるから、そうしたらみんなで夕飯にしましょうね」

 靴からスリッパに履き替えている時、伯母さんが言った。


 仕事で全国を飛びまわっている伯父さんは、月の三分の一は支社への出張。

 出張がない時は本社で仕事をしているが、会議が長引いたり、接待とかで、たいていは10時を過ぎてから帰ってくる。


「伯父さんが7時前に帰ってくるなんて珍しいね」

「ほら。あの人、今週はまだ一度も晃君とゆっくり話してないでしょ。“そろそろ顔を合わせないと、忘れられるー”って言ってたわ。急ぎじゃない仕事は明日に回したみたい」

 手を口に当てて、クスクスと伯母さんが笑う。

「ははっ。なんか伯父さんのほうが俺より子供だ」

 どんな表情で伯母さんに電話してきたのか簡単に想像出来て、俺は思わず声を出して笑ってしまった。


「……ねぇ、晃君。今日、学校で何かあった?」

 ふいに伯母さんが尋ねてきた。

「どうして?」

 俺は首を傾げる。

「なんかね。いつもと違って、顔つきが楽しそうで穏やかだから。いい事でもあったのかなと思って」

「え?」


―――顔つき?自分ではいつもと変わらないつもりでいたけど。


 伯母さんはにっこりと笑う。

「晃君はモテるからねぇ。彼女が出来たって所かしら」

 なにやら激しく誤解しているらしい。


―――そんなに俺の表情は違ってるのか?


 少しだけ、一日を振り返る。


―――何かあったか?


 いつも通り、女子達の雑音がうるさかった。

 それから……。


―――あっ、小山のイトコに会ったな。これまでにないタイプの女子だったっけ。


 出来事といえば、そのぐらいか。

 


「別に、大した事はなかったよ。もちろん、彼女が出来たわけでもないし」

 自分の表情が変わるほどの出来事に心当たりのない俺がそう答えると、伯母さんはわずかに目を見張る。

「……そう。変なこと訊いちゃってごめんなさい。食事の前に着替えてきたら?」

「分かった」

 俺は床に置いていたバッグと本を持って、2階奥の自分の部屋に向かう。


 その背中を、伯母さんは嬉しそうに見ていた。



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