(9)クリスマスの約束<2>
食事はとても楽しい雰囲気だった。
伯父さんも伯母さんもサービス業に関わる人だから、どんなお客にも対応できるようにと、手話を習得している。
だからチカとの会話も問題なし。
最初は緊張していたチカだったが、時間が経つにつれていつもの元気な彼女になってゆく。
―――伯父さん、伯母さん、よく見て。俺を変えてくれたチカは、こんなに素敵な女の子なんだよ。
3人の会話の様子を、俺はそっと見守っていた。
ケーキを食べ終え、俺は自分の部屋にチカを連れて行く。
「適当に座って」
そう言うと、チカは床においてあった大きなクッションに腰を下ろす。
そして小さなため息。
「疲れた?」
“少しね”
チカが苦笑を返してくる。
“だって、アキ君のお家、すごく立派なんだもん。落ち着かないよ”
近くにあった小さめのクッションに手を伸ばし、それをぎゅっと抱きしめるチカ。
“アキ君が別世界の人に見えちゃったよ。お家が大きくて、お金持ちでさ。 将来、伯父様の跡を継ぐんでしょ?”
俺はうなずいた。
ずっと前から『うちの養子にならないか』と言われていた。
初めてその話を聞かされた時は誰のことも信用していなかったから、いい返事は出来なかった。
だけど、チカが人を信じる心を俺に取り戻させてくれたから、養子の話を正式に承諾した。
高校を卒業したら、俺は伯父さんと伯母さんの子供になる。
“そっかぁ。アキ君は将来、ホテルの社長さんになるんだね。すごいなぁ”
チカが目を伏せる。
“ますます別世界の人になっちゃうんだね……”
ポツリと呟く。
すごく寂しそうに。
すごく悲しそうに。
俺はチカの目の前にヒザをついて、彼女が抱きしめていたクッションを取り上げた。
驚いたチカが顔を上げる。そして、俺の顔を見てもっと驚く。
俺が泣きそうになっていたから。
“アキ君?”
心配そうに俺を呼ぶ彼女。
「そんなこと言うなよ……」
俺の視界が少し揺れる。
「そんな寂しいこと、言うなよ……」
チカが俺の前から消えてしまいそうな気がして、どうしようもない不安に襲われる。
「どんなに家が広くても、どんなに金持ちでも、チカがいないと俺は幸せになれないよ」
そっとチカの頬に触れる。
「俺のことが好きなら、そばにいて。俺を不幸にしたくなかったら、離れていかないで」
―――ずっと、ずっと、俺と一緒にいて。
じっとチカの瞳を見つめた。
チカが泣きそうに笑う。
“もう……。それって脅迫だよ?”
「分かってる」
俺も笑う。
「でも、脅迫だけじゃチカがかわいそうだから……」
誕生日にあげた指輪の上に、俺は手を重ねた。
「“約束”もあげる。この指をダイヤのついた指輪で飾るから。俺がチカを支えられるくらい立派な大人になったら、絶対に贈るから」
深く息を吸い込んで、言葉を続ける。
「いつか、俺と結婚して」
まだ未熟な俺がチカに囁く、精一杯の約束。
チカは目大きく開いて、信じられないという顔をしている。
そんな彼女の顔を両手で静かに挟んだ。
「絶対だからね。そしてこれは約束のしるし……」
俺はゆっくりと顔を近づけて、チカの唇に自分の唇を重ねた。