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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第8章 伝わる想い
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(8)クリスマスの約束<1>



 どさくさ紛れな報告だったものの、チカのお母さんは俺たちの付き合いを認めてくれた。

 本当はもっときちんとした形で挨拶に来るべきだったかもしれないが、まぁ、自然な俺たちを見てもらえて、かえってよかったのかも。


 しばらく3人で話し、俺は席を立った。

 そろそろ帰らないと、伯母さんが心配してるだろう。

 チカが玄関の外まで送ってくれた。


「あ、そうだ。チカ、25日って予定空いてる?」


“空いてるよ。なんで?”


「伯母さんがさ、クリスマス用においしいチキンが届くから、彼女も招待しなさいって」


“……行ってもいいの?”


 チカは恥ずかしそうに、おずおずと訊いてくる。


「もちろん。伯父さんも伯母さんも大歓迎してくれるよ。なんたってチカは俺を変えてくれたんだからな」


“私、何にもしてないよ?”


 大きな瞳できょとんと見上げてくるチカ。


「チカが分かってなくても、俺が変わったのは事実だよ」

 首をかしげて、チカはしきりに瞬きを繰り返す。

 そんな彼女の頭を軽くなでる俺。

「25日の夕方に迎えに来るよ。じゃあね」


“うん。じゃあね”


 チカに見送られて、俺は家へと向かった。





 25日は良い天気になったけれど、すごく冷え込んだ。

 俺は厚地のコートを着て、マフラーもしっかり巻いてチカを迎えに行く。

 家の外で俺を待っていた彼女は俺以上に厚着だった。

 真っ白な毛糸の帽子、真っ白なマフラー、コートも、手袋も真っ白。


「なんだかウサギみたいだな」


“そう?”


「小さくて白くて、フワフワしててさ。それにかわいい」


 とたんにチカの顔が赤くなる。


“べ、別にかわいくなんかないよっ”


 ワタワタと手を振り回して慌てる様子が、またかわいい。

「俺が“かわいい”って言ってんだから、素直にうなずいておけばいいんだよ」

 今度は耳まで赤くした彼女に、俺はクスッと笑った。


 こんな楽しい気分でクリスマスを迎えたのは、両親を亡くして以来初めてだ。

 チカをつれてくることになって、伯父さんも伯母さんも相当はしゃいでいたが、一番はしゃいでいるのは俺だろう。



 いろんな話をしているうちに家に到着。

 犬嫌いのチカのために、庭の犬たちは今だけ小屋にいる。


 門の中へ入ったとたん、チカがそこから動かなくなった。

「どうした?」

 振り返ると、ポカンと口を開けているチカ。


―――あ~、家の大きさに驚いているのか。


 初めてここを訪れる人は、たいていチカと同じ反応を示す。


―――これじゃ家の中を見たら、もっと驚くかもなぁ。


 ただでさえ豪華な調度品が置かれているのに、クリスマス仕様ということで、きらびやかにグレードアップしているのだ。


「ここにいても寒いだけだよ。ほら、行こう」

 強引に手を引いて歩き出した。




 玄関の扉を開けたとたん、チカがまたポカンとする。

 予想通りの反応に思わず笑みが漏れた。

 どんな表情でもチカはかわいい。

 無防備に立ち尽くす彼女がかわいくて、抱きしめたくなってしまった。

 が、そこに伯父さんと伯母さんがやってきたので我慢、我慢。


「いらっしゃい」

 やわらかく笑う伯母さん。

「寒い中、よく来てくれたね」

 伯父さんも笑顔だ。


 ホテルの仕事なんてクリスマスは忙しいはずなのに、『どうにか都合を付けて無理やり抜けてきた』と、伯父さんは言った。

 それだけ俺の彼女に会うことを楽しみにしていたようだ。


 2人の声を聞いて、チカが我に返る。

 急いで帽子を取って、ペコリと頭を下げた。


「この子が俺の彼女。大野 チカちゃんだよ」

 チカが再び頭を下げる。

 姿勢を戻したチカが俺に向かって口を動かす。

「彼女が“今日は招待してくださって、ありがとうございます”って言ってる」


 俺とチカのやり取りに、2人の表情がほんの少し曇った。

「晃、チカさんは風邪でも引いているのか?」

「ううん、元気だけど」

 俺は2人が妙な顔つきになった理由に思い当たった。

 やたらなことを詮索されないうちに、先に俺から説明をする。

「彼女、話が出来ないんだ。病気が原因で、声帯を取ってしまったから」

 伯父さんと伯母さんがハッと息を飲んだのが分かった。

 それを見たチカの体が硬直する。

 申し訳なさそうに、彼女は少しうつむいてしまった。


 伯父さんと伯母さんは何も言えず、ただチカを見ている。



 沈黙が流れる中、俺は彼女の手をそっと握った。

 俯いたままのチカの肩がビクッと震えて、ゆっくりと俺を見上げる。


―――大丈夫だよ。


 俺は優しくチカに微笑みかける。

「チカに声がなくても、俺達にとっては何の問題もないんだ。2人とも、絶対にチカのことを気に入るよ。だって、彼女は本当にいい子だから」

 俺は自信を持って言った。

「チカは自慢の彼女なんだから」

 俺が堂々と言うと、チカの顔から寂しそうな表情が消えた。



 伯父さんと伯母さんが緊張を解いて、チカに向き直る。

「その……。チカちゃん、ごめんなさいね。少し驚いてしまって」

 チカが伯母さんに対して首を横に振る。

 そしてにっこりと笑った。

 俺がチカの口の動きを読んで、彼女の気持ちを代弁する。

「“私はすっごいおしゃべりなんです。もし声が出せたら、うるさくてお2人はびっくりしたと思います。

 だから、かえって話せないほうがいいかもしれませんよ”ってさ」

 俺が言い終えると、チカがぺロッと舌を出した。

 すると伯父さんと伯母さんが笑い出す。


 2人に気を遣わせないように、わざとおどけて見せた彼女。本当にチカは強くて、優しい。


―――こんなに素敵な女の子、他にはいないよ。



 俺も笑った。


 チカの存在感がこの場の空気を和やかにしてゆく。

 伯父さんも伯母さんも本気で笑っている。

 その場を取りつくろう愛想笑いではなかった。



「こんなところにいないで食事にしよう。チカさん、遠慮しないでたくさん食べるんだよ」

「おいしいケーキも用意したのよ。チカちゃん、甘いもの好きよね?」

 2人ともすっかりチカを気に入ったようだ。


 俺とチカは目を見合わせて、ちょっと笑った。




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