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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第8章 伝わる想い
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(4)公衆電話:SIDE チカ<2>

MIXI8-4公衆電話:SIDE チカ(2)


 電話ボックスに駆け込んでから随分と時間が経っているにもかかわらず、いまだに野良犬は近くでウロウロしていた。

 外灯があるので真っ暗ではないが、寒さだけはどうにもならない。

 私は冷たくなった指先に息を吐きかける。

 

 そして、迷いに迷って受話器に手を伸ばした。 


 アキ君の邪魔になるようなことはしたくない。ただでさえ、いつも彼に迷惑をかけている私だから。

 だけど、私を助けてくれそうな人は彼しか思い当たらない。

 今の私は、アキ君の『何かあったら、遠慮なく連絡して』という言葉にすがるしかなかった。


―――後でいっぱい謝るから。アキ君、助けて……。


 私は彼の携帯電話の番号を押す。


―――公衆電話からなんて、絶対変に思うよね?出てくれなかったらどうしよう。


 耳に当てている部分から、呼び出しのコール音が聞こえてきた。

 3回、4回と鳴り響くが、まだ彼には繋がらない。


―――アキ君、出てっ!


 全速力で走った時と同じくらい、心臓がドキドキと早くなる。

 心の中で何度も彼の名前を祈るように繰り返し、かなりの時間呼び出し音を耳にした後、聞き慣れた彼の声が届いた。


『もしもし?』


―――よかった、出てくれた!


 しかし、私は何も話せない。

 このままでは、お母さんのように電話を切られてしまう。


―――そうだ、何か音を出せばいいんだ!



 とは思ったものの、すぐに家に帰るつもりだったために、今持っているのはお財布と繋がらない携帯電話。

 音が出せそうな道具などはない。


―――どうしよう。


 震える手で受話器を握り締める。そして、目に入ったのは震えている自分の手。


―――あっ。


 私は急いで口話部分を指先でたたく。

 爪が当たって、カツン、カツン、と無機質な音が電話ボックスに響いた。

 冬の空気に冷え切った指先は当たるたびに痛いけれど、それしか方法がない。

 我慢して、何度も繰り返していると、再び彼の声が聞こえた。


『あの、どちら様ですか?』


 切られなかったがこちらをうかがう声には不審さがありありと表れていて、何も伝わっていない状況は変わらない。


『もしもし?用件は何ですか?』


 どんどん不機嫌になっていくアキ君。


―――アキ君、分かって! 


 電話の向こうの彼に向かって、声なき声で叫んだ。





 少しの間、沈黙が流れる。

 そして、

『……チカ?』

 半信半疑で彼が尋ねてきた。


―――分かってくれた!


 カツン、カツンッ!!

 私はさっきよりも強く爪で叩く。


『チカ、チカ!何があった?今、どこだ?』

 焦ったような彼の声。


―――あ……。


 電話をかけてきたのが私だと伝わったまではよかったが、場所を知らせるのは不可能だ。

―――どうすればこの場所を伝えられるの?


 ボックスの外では風が吹いていて、木が揺れている。その音はきっとアキ君に届いているだろう。

 だけど、それだけでは公園だということに気付いてもらえそうにない。


―――アキ君……。


 溢れる涙を左手でぬぐう。


 その時、私の顔に硬いものが当たった。

 この公園で彼からプレゼントされた指輪だ。


―――そうだ、これを使えば……!


 急いで指輪を外し、指先で持って口話部分に打ち付けた。

 ゴツッ、ゴツッと鈍い音がする。


―――私はここだよっ。アキ君が誕生日に指輪をくれた公園にいるよ!


 必死に祈る。


―――お願い、分かって!



 黙りこんでしまった彼に向けて、何度も指輪をぶつけた。


 アキ君は私が伝えようとしていることは何なのか、この音から必死に掴み取ろうとしてくれている。

『どこだ?どこだ……?』

 アキ君の独り言が漏れ聞こえてきた。

 文字も言葉もないこの状況から、私のために必死で頭を巡らせてくれている。

 彼の一生懸命さが嬉しくて、涙がにじんできた。

 でも、ここで泣いたらアキ君にもっと心配をかけてしまうから、私はぐっと我慢して、ただ、指輪を打ち付け続けた。




『……指輪の音?公園にいるのか?指輪を渡したあの公園なんだな!』


 アキ君が音の正体に気付いてくれた。


―――そうだよ!


 指輪を一度だけ打ち付けた。


『分かった。そこに行くからっ!』


 彼の想いと私の願いが通じて、ようやく居場所を分かってもらえた。

 私は受話器を元のフックにゆっくりとかける。


―――よかった。アキ君、分かってくれた。



 嬉しくて、ホッとして、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。




 しばらくして、公園内の歩道の向こうから走ってくる足音が聞こえてくる。うずくまっていた姿勢から顔を上げると、アキ君が呼んだ。

「チカッ!」

 私は立ち上がって、電話ボックスの扉をドンドンと叩く。

 アキ君はそこにいた野良犬を追い払って、扉をガバッと引いた。


―――アキ君!


 私が抱きつくと、それ以上の力で抱きしめられる。

「よかった、無事で……」

 アキ君が大きなため息と一緒に言った。


“心配かけてごめんね。来てくれてありがとうね”


 何度も『ごめんね』と『ありがとう』を繰り返す。


“ホントに、ホントに、ありがとうね”


 アキ君の顔を見たら気が緩んで、涙がドンドン出てくる。


「そんなに泣いたら、目が真っ赤になって家の人が驚くよ」

 私のほっぺを指でぬぐいながら、彼が笑った。


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