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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第8章 伝わる想い
33/103

(3)公衆電話:SIDE チカ<1>


「おしょう油が足りなくなっちゃったの。買ってきてくれる?」


 リビングでテレビを見ていると、台所からお母さんが来てそう言った。

 私はうなずいて、テレビを消す。

「お願いね」

 お母さんからお金を受け取って、コートとマフラー、携帯電話を持って家を出た。


 歩いて5分くらいの距離にある近所のスーパーでおしょう油を買って、家へと急ぐ。



―――今夜のおかずは何かなぁ。


 小走りで角を曲がると、その先に大きな野良犬がいることに気がついた。

 私は幼稚園の頃に近所の犬に噛み付かれて以来、犬がすごく苦手なのだ。

 本当に小さな仔犬であれば、ちょっとだけ触ることが出来る。

 だけど、大きな犬はたとえ良く慣らされた飼い犬でも、怖くて怖くて近づけない。


 それが、大きな野良犬となれば、私にはどうすることも出来なかった。



 道をふさぐ形で、野良犬は私を睨んでいる。

 あいにく私の前にも後ろにも誰一人いなくて、助けてもらえない。


―――どうしよう。


 犬はお腹が空いているのか、おしょう油の入った袋をじっと見ている。

 そして低いうなり声を出して、少しずつ私の方に近づいてきた。


―――どうしよう、どうしようっ。


 泣きたくなって、おしょう油をぎゅっと抱きしめる。

 すると、野良犬がこちらに向かって走り出した。


―――い、いやぁ!!


 私はくるりと向きを変え、来た道を駆け出す。


―――やだっ、来ないで!


 必死で逃げるほど、野良犬も追いかけてくる。


 私は転ばないようにするのが精一杯で、どこをどう走ったのか分からない。

 気がつけば公園に来ていた。

 学校帰り、アキ君とよく立ち寄る公園だ。


―――確か、電話ボックスがあったよね。あそこに逃げ込めば大丈夫かもっ。


 薄暗い公園を走って、目指す電話ボックスにたどり着く。

 中に入って、急いで扉を閉めた。


 下に隙間はあるけれど、さすがにそこからは入れない。

 野良犬は悔しそうに低いうなり声を上げ、ボックスの周りをぐるぐる歩いていた。




―――はぁ、怖かったぁ。


 ホッと息をつく。


―――しばらくすれば、あきらめてここからいなくなるかな?それまでおとなしく待ってよっと。



 ところが、私の予想に反して野良犬はちっとも向こうに行ってくれない。


―――困ったなぁ。お母さん、心配してるよね。


 迎えに来てもらおうと思って、私はコートのポケットから携帯電話を取り出す。

 2つ折の携帯を開くが、画面は暗いまま。


―――あ、そうだ。さっき充電しようとして、忘れちゃったんだ。これじゃ、お母さんにメールできないよ。


 すぐ目の前に公衆電話があるが、私には意味がない。


―――どうしよう……。


 野良犬はまだそこにいる。

 時間はどんどん過ぎていって、辺りはだいぶ暗くなってきた。


 迷った挙句、私はお財布から小銭を取り出す。


―――お母さんなら分かってくれるかもしれない。


 かすかな期待を胸に、私は家に電話をかけた。

 数回のコール音の後、つながる電話。

『はい、大野です』


―――お母さん!


 私は受話器を握り締め、出せない声で大きく叫ぶ。


『もしもし?どちら様でしょうか?』


 なかなか私だとは分かってもらえない。


―――お母さん、お母さん!


 心の中で何度も叫ぶ。

 ところがプツッと音がして、切れてしまった。



―――分かってもらえなかった……。


 私はがっくりと肩を落とす。


―――ずっとこのままなのかなぁ。


 ジワッと涙が浮かぶ。

 怖いし、寒いし、お腹空いたし、どうしたらいいのか分からない。


―――誰か助けて。誰か、誰か……。



 ここでアキ君の顔が浮かんだ。


―――彼なら分かってくれるかも!


 覚えていた彼の携帯電話の番号を押す。


 でも、途中で手を止めた。

 時間は7時少し前で、もしかしたら勉強している最中かもしれない。


―――受験勉強の邪魔は出来ないよ。


 静かに受話器をフックに戻し、思い直して、もう一度家に電話をかける。


 結果は、さっきと同じだった。



 ボックスの外では私に向かって野良犬がけたたましく吠えていて、心細さが増してゆく。


―――困ったよぉ。



 鼻の奥がツンと痛くなって、涙がジワッと浮かんだ。


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