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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第8章 伝わる想い
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(2)公衆電話:SIDE 晃



 今以上に、チカのことを分かってあげたい。

 もっと、もっと、誰よりも、チカのことを知っていたい。


 それが、俺に出来るチカへの恩返し。




 終業式を終え、待ち合わせていたチカと一緒に帰る。

 

「明日から冬休みかぁ。ついこの前、体育祭が終ったような気がしていたのに。時間が経つのは早いな」

 白い息を漂わせながら、何とはなしに呟く。


“そうだね。いよいよ受験も間近だね”


 チカの口元でも、白い息が揺れる。


「そうなんだよな。少し気が重いよ」


 年が明ければ、大学受験は目前。

 自分の為にも、そして期待してくれている伯父さんや伯母さんの為にも、第一志望には絶対に受かりたいのだ。

 もちろん、受かる為に勉強してきたし、先生からも合格圏内のお墨付きをもらっているので、よほどの事が無い限り合格できる自信はある。


 とはいえ、実際に試験を受けてみないとなんとも言えない。 

俺が苦笑いを浮かべると、チカは楽しそうに笑う。。


“少し?余裕だねぇ”


「ん?」


“圭ちゃんは『プレッシャーに押しつぶされて、生きた心地がしない』って言ってるよ”


「ははっ。小山は結構小心者だからなぁ」


“ふふっ、そうかも。でも油断はダメだよ、アキ君”


「分かってるって」


 お互い目を見合わせて、小さく笑う。



 こんな風に、一文がそれほど長くなければメモを使わなくても会話できるようになっていた。

 これまでよりもお互いたくさん話すようになって、チカは俺との付き合いにだいぶ慣れてきたらしい。

 口調も仕草も、付き合い始めた頃よりずっと親しげだ。


 それでも、少し遠慮がちになることがある。


「毎日しっかり勉強するよ。だけど、何かあったらすぐに連絡して。あっ、何もなくてもメールしていいから。分かった?」

 俺は真面目な顔で念を押す。

 こうでも言わないと、チカは俺に気を遣ってしまうのだ。


“分かった。アキ君が手の空いたころに必ずメールを送るね。夜10時くらい?”


「そうだな、いつもそのくらいには勉強が一段楽するから。チカのメール、楽しみに待ってる」


 じゃあね、と手を振り合って、チカと別れた。





「ただいま」

 家に入ると、そこかしこがクリスマスのディスプレイに彩られている。

 伯母さんがお手伝いの人たちと一緒に飾り付けたのだろう。


「あら、晃君。お帰りなさい」

 リースや星型のオーナメントを持った伯母さんがリビングから顔をのぞかせた。

 手にしている飾りの量の多さにちょっと驚く。

「もしかして、家中を飾るつもり?」

「当然よ。どうせなら徹底的にやらないと、盛り上がらないじゃない。晃君も手伝って」

 年甲斐もなく、俺よりもはしゃいでいる伯母さんに思わず笑ってしまう。

「じゃ、何をすればいい?」

 後についてリビングに入ると、窓際に俺の背よりもはるかに高い大きなもみの木があった。


「このツリーが重要なのよねぇ」

 2人であれこれ相談しながら、次々とオーナメントを付けてゆく。


 並んで作業をしながら、伯母さんが何気ない調子で話しかけてきた。

「ねぇ、晃君。クリスマスに彼女を連れてきなさいよ」

「えっ?」

 思わず俺の手が止まる。


―――チカを家に?そりゃぁ、いつかは紹介するつもりだけど、まだ付き合って2ヶ月くらいだし、家に連れてくるのは早くないか?


 返事に困っていると、伯母さんはニコニコと話を進めていく。

「その頃においしいチキンが届くから。その子、鶏肉は嫌い?」

「好きだと思うよ。よくカラアゲとか食べてるし」

「ならよかった。絶対に連れてきてね。私も順二さんも楽しみにしてるんだから」

 にっこりと微笑まれてしまった。


「あー……」


―――どうしよう。家に連れてきて紹介ってなると、照れくさいんだけど。


 だが、伯父さんもすごく楽しみにしているみたいだし、指輪のことで伯母さんに助けてもらったから、むげに断ることが出来ない。


「分かった。後で彼女の都合を聞いてみるよ」

「よろしくね。うふふっ、今年のクリスマスは張り切っちゃおっと」

 伯母さんはウキウキと飾り付けを再開した。




 部屋で制服から着替えて、机に向かった。

 夕飯までに少し時間があるから、英単語でも復習しておくことにする。


 テキストを開いたところで、机の端に置いていた携帯電話が鳴った。

 このメロディは登録されていない番号での着信。


「誰だ?」

 携帯を開いてみると、画面には“公衆電話”の文字。

 友達も知り合いも携帯電話を持っているので、公衆電話からかけてくるような人物に心当たりは無い。


「いたずらか?」

 閉じてしまおうと思ったが、なんとなく胸騒ぎがして電話に出ることにした。


「もしもし?」

 相手の様子を伺うものの、返事がない。

 そのまましばらく待ってみても、一向に話し声は聞こえてこなかった。


―――やっぱりいたずらか……。


 電話を切ろうとしたその時、物音がした。


 カツン、カツン。


 相手が持つ受話器の口話部分に、硬い何かが当たっている。


「あの、どちら様ですか?」

 話しかけても聞こえてくるのは物音だけ。


―――なんだ、この音?


「もしもし、用件は何ですか?」

 尋ねても相手は一切何も言わず、“カツン、カツン”と物音だけが続いている。


―――ったく、なんなんだ!?少しはしゃべれよ!


 文句の一つも怒鳴りつけようとして、ハッとなった。


―――もしかして、相手は声が出せない?それなら、この電話をかけてきたのは……?



「……チカ?」

 恐る恐る呼びかける。


 カツンッ!カツンッ!


 すると、これまで聞こえていた音がいっそう大きくなった。


―――やっぱりそうか!でも、何で公衆電話から?いつもはメールなのに?


 理由はどうあれ、こうやって公衆電話を使ってでも連絡してきたということは緊急事態なのだろう。


「チカ、チカ!何があった?今、どこだ?」

 そう言った自分の言葉に愕然とする。

 電話の主がチカだと分かっても、何も言えない彼女では居場所を伝えることが出来ないのだ。


―――ああっ、くそっ!


 イライラと部屋の中を歩き回る。


―――何か手がかりはないのか!?


 俺は必死で耳を澄ませた。

 風に吹かれて揺れる木の葉の音がかすかに聞こえてくる。

 彼女がいるところは木が多いらしい。


 だが、それだけでは居場所を確定できない。


―――公衆電話があって、木がたくさん生えているところは……。


 俺が知る限り、そういう場所は5ヶ所。


―――仕方ない、1ヶ所ずつ当たるか。


 かなり大変だろうけれど、方法はそれしかない。


「チカ、必ず行くから。そこから動かずに待ってるんだぞ!」

 電話の向こうにいる彼女に呼びかけると、また物音が聞こえた。

 さっきとは違う、少し重い音。


 ゴツッ、ゴツッ。


―――この音は?


 さっきよりもかなり硬いものが口話部分にぶつかっている。まるで金属のような、硬い音。


―――金属?!


「手に持ってるのは指輪かっ?そうだったら1回、違ったら2回叩け」


 ゴツッ。


 返ってきたのは1回。

 それなら、チカが今いるのは……。


「公園にいるのか?指輪を渡したあの公園なんだな?」

 再びゴツッと鈍い音が1回。

「分かった。そこに行くからっ!」


 俺は携帯電話と上着を手に、部屋を飛び出す。

 階段を滑るように駆け降りると、足音に驚いた伯母さんが慌ててやってきた。

「どこに行くの?もうすぐご飯ができるわよ」

「俺の彼女がなんだかすごく困っているみたいなんだ。だから俺、行かなくちゃ!」

「ちょ、ちょっと晃君?!」


 伯母さんの制止を振り切り、俺はあの公園を目指して駆け出した。



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