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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第8章 伝わる想い
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(1)言葉はなくても



 学校はもうすぐ冬休みに入るため、今週から授業は半日で終わることになっている。


 受験生達にとっては最後の追い込み時期で、俺も午後からは予備校に通ったり、家で勉強したりと忙しい。

 それでもどうにか時間を作って、チカと会うようにしていた。 


      

 彼女は“私と会うよりも勉強に時間を使ったら?”と言うが、俺からすれば、チカと会って元気をもらって、そして勉強に集中したほうが効率いい。 

 実際、チカと付き合うようになってから俺の成績は落ちるどころか上昇中。


 今日も学校帰りに2人でファミレスに寄った。

 昼ご飯を食べながら楽しくおしゃべりをしていると、あっという間にテーブルの上にはチカが書いたたくさんのメモが。


 なおもおしゃべりと続けていると、話の途中でチカはペンを置き、手を握ったり開いたりし始めた。


「もしかして、疲れた?」

 俺が訊くと、チカはえへっと笑ってうなずいた。


 手の具合を見ながら、ゆっくりとペンを動かす。


“アキ君といるのが楽しくていっぱい書いたから、少し手首が痛いかな”


 俺は口で話せばすむけど、チカは俺に対する返事や質問をいちいちメモに書いているのだ。  

 2人の話が盛り上がるほど、その分チカに負担がかかってしまう。



「ごめん。俺が調子に乗ってしゃべりすぎたから」


 ううん、と首を横に振るチカ。でも、まだ手首のマッサージを続けている。



 そんな彼女を見て、何かいい方法はないかと首をひねる。

「……そうだ、チカ。手話って出来る?」


 突然そんなことを言い出した俺を、彼女がきょとんとした目で見る。

 そしてゆっくりとうなずいた。


「だったら、手話で話せばいいよ。そうすれば会話を書き出さなくてもいいんだしさ」

 それなら特別な道具が必要なわけでもないし、彼女の手も痛くならない。

 真面目な顔でそう告げると、チカは数回瞬きしたあと、プッと吹き出した。


―――なんで笑うんだ?


 今度は俺がきょとんとする。


 チカはクスッと笑いながら、メモにペンを走らせた。


“私が手話で話しても、聞き手の人が手話を理解できなかったら会話にならないんだよ。

 アキ君、手話を読み取れるの?”



「……あ」

 チカが笑った理由が分かった。


―――そうだよなぁ。いくらチカが手話を使っても、俺が彼女の手話を理解できなかったら意味ないじゃん。


「残念。いいアイディアだと思ったんだけどなぁ」

 がっくりとうなだれて、ソファーにもたれかかる。


“アキ君はすごく勉強できるのに、こういうところはちょっとヌケてるよね”


 くすくすと笑い続けるチカ。


「そうだな。俺って、けっこう間抜けなんだな」 

 俺も苦笑い。


“でも、私のことを心配してくれる優しいアキ君が好きだよ”


 そう書いたメモをスッと俺の前に滑らせてくる。

 視線を上げて彼女を見ると、チカはゆっくりと唇を動かして何かを言った。


もちろん声なんて出てなかったけれど、口の形で伝わってくる。



“ダ・イ・ス・キ”



 チカは確かにそう言った。






「今、“大好き”って言った?言ったよな!?」


 思わず大きな声を出して立ち上がった。

 そんな俺にチカはギョッとして、慌てて立てた人差し指を唇に当てる。


“シーッ!シーッ!”


 周りを見れば、他の席のお客さんが『何事か?』という目をしていた。



「ご、ごめん。嬉しくって、つい……」

 肩をすぼめてシュンとなると、チカがしょうがないなぁって顔で笑う。

 俺は頭をかいて、また『ごめん』と言った。




「あのさ、今みたいにすればチカの手は痛くならないし。俺が手話を知らなくても、問題ないよな?」


 長時間のおしゃべりでも、チカに負担をかけないですむ。

 だけど、チカは申し訳なさそうに視線を落としてペンを動かした。


“そうだけど。読唇術って読み取る人が大変なんだよ?今みたいに短い言葉なら分かっても、会話並の長さになると本当に難しいから。

 私の家族でも、スラスラと会話するまでにはなってないし”


 一緒に暮らしている彼女の家族ですら難しいという読唇術。

 わずか2ヶ月付き合ったくらいの俺には不可能に近いかもしれない。


 それでも、やらないうちから諦めるなんてイヤだ。



「俺、頑張るから」

真剣にチカを見つめると、彼女は困ったように眉を寄せた。

ペンをメモに付けたり離したり、なかなか返事を書き出そうとしない。


そんな彼女に、少し強く言う。

「チカとたくさん話がしたいんだ。もっと、いろんなことを、遠慮なく話がしたい」

 


 チカが軽く息を吐いてから、ペンを動かした。


“私も、もっと、もっと、アキ君とお話しがしたい。

 大変だろうけど、頑張ってくれる?”


 チカは期待と不安の入り混じった瞳で俺を見つめる。

 俺は大きく頷いた。

「当たり前だろ。俺はチカの彼氏なんだから、彼女のために頑張るのは当然だよ」

 腕を伸ばして、チカの頭をクシャッとなでた。





 それからはチカの口の動きを覚えるために、時間があれば今まで以上にチカのそばにいる毎日。

 おかげで、チカの言いたいことがメモを通さなくてもだいぶ分かるようになった。


 時々、読み取れない時はメモに書き出してもらうこともあるが、それでもチカの負担はだいぶ減ったはずだ。



 俺がこんな短期間で読唇術を会得しつつあるのは、チカが根気よく俺に付き合ってくれたのも理由の1つだけど。


 俺を見上げる瞳。

 優しく笑う口元。

 俺に触れる小さな手。


 くるくる変わる表情や些細なしぐさが、言葉以上にチカの気持ちを伝えてくる。




 自分の想いを相手に届けるために言葉は重要だ。

 だけど、言葉はなくても気持ちは伝えられることに気付かされた。


―――チカと付き合うようになって、本当に発見の連続だな。


 彼女と一緒にいると、いろいろなことが見えてくる。

 それはきっと、他の人からすれば当たり前のように見えていたことなのだろう。


 しかし、他人に対して心を閉ざしていた俺には見えていなかった。

 当然のことが、理解できていなかった。



―――でも、今は違う。チカと一緒にいれば俺は、“本来の自分”として、生きていけるんだ。




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