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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第7章 変わってゆく俺
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(4)解けてゆくわだかまり

 チカははめられたリングを大事そうに眺めて、指先でそっと撫でている。


「そんなに嬉しい?」

 尋ねると、縦に大きくうなずく。

「それならよかった。やっぱり伯母さんに相談して正解だったな」


“伯母様に話したの?”


「何をプレゼントしたらいいのか思いつかなくてさ。伯母さんなら、女性がどんな物を喜ぶのか分かるだろうし。

 その後、伯母さんから話を聞いた伯父さんに冷やかされて参ったよ」


 チカが嬉しそうな顔で俺にメモを渡す。


“アキ君、顔つきがすごく変わったね。前に伯父様と伯母様の話をした時よりも、表情が柔らかいもん”


「変わったのはチカのおかげだよ」

 俺はチカの頭を撫でる。

「チカといると“俺に向けられる言葉や気持ちを信じてもいいんじゃないか”って、最近、そう思えるようになった。

 だから、少しずつだけど伯父さんたちに甘えられるようになったんだ」


 チカが俺の話を聞いて、少し不思議そうに眉をひそめる。


“最近って、どういうこと?”


「あ、それは……」


 俺の過去の出来事や、俺がこれまで抱いてきた思いをチカに話して、彼女はどう思うだろうか。

 重く暗い感情を話して、チカは俺のことを嫌いになったりしないだろうか。


 初めて好きになった人に嫌悪されてしまうことは、怖くてたまらない。



 だけど、この先もずっと一緒にいたいと願うチカに対して、隠しておくことはしたくない。


 やや躊躇ったものの、俺はこれまで誰にも打ち明けたことのない話を始めた。


「両親は、俺を残して死んだんだ。何の前触れもなく、何も言い残さず、自殺した」

 感情もなく淡々と言うと、チカの息を飲む音が聞こえた。

 俺は話を続ける。

「“晃は俺の宝物だ。何があっても、守ってやるからな”って言ったくせに。“晃に彼女が出来るまで、いつも一緒よ”って、言ったくせに。突然この世からいなくなってさ」


 俺はスッと視線を落とした。

 一呼吸おき、そして苦々しい独白を続ける。

「それ以来、俺は簡単には人を信用することが出来なくなった。“好きだよ”、“ずっと一緒だよ”って言ってくれる人はいたけど、どうせ俺を置いて行ってしまうくせにって思えて……」


 ベッドに横たわった両親の姿を思い出し、ひざの上に置いていた俺の手が小刻みに震えだす。




 しばらく俺を見守っていたチカが、静かにメモを差し出した


“お父さんとお母さんのこと、今でも恨んでる?”


 それを見て、俺はゆっくりと大きくうなずいた。

「正直、恨んでるよ。伯父さんや伯母さんにはだいぶ心が許せるけど、父さんと母さんのことは……」


 両親の姿が目前に浮かび上がり、彼らに手を伸ばしたその瞬間に霧散した。

 今なお自分の中にある、『置き去りにされた』という思い。


 握ったこぶしに力が入る。

「突然独りぼっちになったんだ!悲しかった。寂しかった……」



 この世のすべてが終わったかのように思えたあの日。


 大好きな両親においていかれたあの日。


 たった一人、残されたあの日。



 『絶望』なんて言葉は生ぬるいとさえ感じた。

 それほどの虚脱感に襲われたのだ。



 俺はがっくりと肩を落とし、重いため息をついた。







 これまでおとなしく話を聞いていたチカが、ペンを動かす。


“そうだったの。

そんな事があったら、自分の親でも許せなくなるかもね”


 チカは強張った俺のこぶしに自分の手をそっと重ねた。

 俺の手を包むように握ったり、ポンポンと軽くたたいたりした後、またペンを動かす。


“でも、私はアキ君のお父さんとお母さんを嫌いにはなれない”


「え?」

 思いがけない言葉に、俺は弾かれたようにチカを見た。


 チカはやわらかく目を細めて静かにうなずき、書いたメモを見せてきた。


“だって、お二人がいたからアキ君は生まれてきたんだもん。アキ君のご両親に感謝してる。だから、嫌いになんてなれないよ”



 チカがフワリと微笑む。

 それだけで、これまで俺の心の奥底で固まっていた黒い感情がほんの少し軽くなる。


“すごくつらい思いをしたから、すぐにご両親を許す事が出来ないのは分かるよ。アキ君の寂しさを考えたら、「許してあげて」なんて、私からは言えない”


 チカは少し間を置いてから、新たなメモを差し出してくる。


“だからその分、私がアキ君のご両親を好きになるよ”


 清々しい瞳で、チカは真っ直ぐに俺を見つめていた。

 その瞳はとても穏やかで、見ているうちに少しずつ心が凪いでゆく。

 黒い感情がさっきよりも軽くなる。


 彼等が俺を残してこの世を去った事は、動かしようのない事実。


 だが……。


「そうだよな。父さんと母さんがいたから、俺はチカに逢えたんだよな」


 それもまた、事実。



 俺はこれまで詰めていた息を深く吐く。

 暗闇立ち込める心に、光明が差し込んだかのように感じた。



 チカの言葉を聞いて、今はまだ無理だけど、この先いつかは父さんと母さんが許せそうな気がしてくる。


 いつになるか分からないけれど、その可能性はまったく無いとはいえない。



―――チカは、本当にすごいよ。


 人を信じる気持ちを俺に思い出させてくれた。

 5年間抱え込んだ両親への恨みを解かすきっかけを与えてくれた。



「チカ、ありがとう」


 どうして礼を言われたのか分かっていない彼女は、大きく首をかしげている。

 その顔にだいぶ傾いた陽の光が当たって、優しいマリア様のように見えた。




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