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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第1章 出逢い
3/103

(3)心の傷

 休むことなく駆け通して図書室へ。


 息を落ち着かせて、扉に手をかけた。

 木製の古い引き戸がガラガラと音を立てる。


 その音に気がついて振り返ったのは、さっきの少女。他には誰もいない。



 俺はまっすぐにその少女に向かって歩いた。

 彼女は突然現れた俺に驚いて固まっていたが、顔を見るなり申し訳ないといった表情でぺこぺこ頭を下げ始めた。


「文句を言いに来た訳じゃないから」

 彼女の肩にそっと手を置いて、お辞儀を止めさせる。

「俺の方が悪いことしたし。だから、もう頭を下げないで」

 彼女は俺の言っていることがいまいちよく分からないらしく、大きな瞳できょとんと見上げてきた。

 そんな彼女に対して、俺は精一杯真剣な顔になる。

「あの……、さっきはひどい事を言ってごめん」

 一歩離れて、頭を下げる。

「転校してきたばかりで、君の事ぜんぜん知らなくて……。いや、事情を知らなくても、あんな言い方はひどすぎたよな。本当にごめん。」

 改めて深く頭を下げた。



 どれだけ謝れば、この子に償えるだろう。


 一瞬とはいえ、ものすごく傷ついた顔をさせてしまった事が本当に申し訳なくって。



 俺は何度も頭を下げ、ひたすら謝った。






 しばらく経って、彼女が俺の右肩をポンポンと軽く叩いた。

 顔を上げると、静かな笑みを浮かべてゆっくりと首を横に振っている。


 その瞳は確かに微笑んでいるのに、ほんの少しだけ寂しそうだった。



 彼女はスカートのポケットからメモ帳とペンを取り出し、サラサラと何かを書いて、そのメモを俺に見せた。

 素直な性格が表れている綺麗な文字を、俺は読み上げる。


「“事情を知らない人にあんな風に言われるのはよくあることです。だから、気にしないでください”」

 読み終えて彼女を見ると、大きく頷いている。

 そして再びペンを走らせ、メモを差し出してきた。


“平気です、慣れてますから”


 そこにあったのは短い一文。


 だが、ものすごく胸を締め付ける言葉だった。



 俺はそんな言葉を書く彼女に、やるせなさを強く感じる。

「そんなはずないだろっ!!」

 ガシッと彼女の肩をつかんだ。

「平気だなんて……。慣れるだなんて……。そんなはずない!」

 感情のままに声を荒立てる。

「何度言われたって傷付くに決まってる!心の痛みに慣れなんて、ありえない!」



 心の傷は消える事はない。

 後から後から重なって、どんどん深くなっていく。


 どんなに時間が経っても、完全に癒えることはない。

 5年経った今でも、親によって傷つけられた俺の心の傷はふさがっていない。


「君は平気なふりをしているだけだ。慣れるなんて、そんなのあるはずないっ!」

 静かな図書室に俺の声が響いた。






 ふと我に返ると、目の前の彼女は呆気に取られてポカンと口を開けている。


「あっ、ごめん」

 俺は慌てて彼女から手を放した。

「謝りに来たのに、怒鳴ったりして悪かった……」


―――何やってんだ、俺。


 あまりの失態に自分が情けなくなり、シュンと俯いて肩を落とす。

 すると彼女がプッと吹き出し、笑い出した。

 もちろん声は出ていないけれど、彼女の素直な表情を見ていると、笑い声が聞えてくるようだ。


―――なんで、笑われてんの?


 今度は俺が呆気に取られた。



 笑い続けた彼女が、ようやく落ち着いてメモに書き込んでゆく。


“不機嫌だったり、申し訳なさそうな顔したり。大きな声を出したと思ったら、落ち込んだりして、忙しい人だなぁって思ったんです。気を悪くしたなら謝ります。ごめんなさい”


 俺が読み終えると同時に、頭を下げる彼女。


「あ、いや……。気なんて、全然悪くしてないから」

 そう言うと、彼女は胸に手を当ててホッと息を吐く。

 その仕草に、俺もホッとする。

「俺もさ、言葉で傷つけられたり裏切られたりした事があるから、そのつらさは分かるんだ。だから、ついムキになって……。驚かせて悪かったよ」

 バツが悪い俺は頭をかいた。


 クスッと笑った彼女は首を横に振る。

 今度は悲しそうな瞳ではなく、穏やかな笑顔だった。





「それと、このバッグのホコリ払ってくれてありがとう。すっかり綺麗になったよ」

 俺はバッグを持ち上げて彼女に見せた。

 彼女は少しはにかんだ笑顔と共に、メモを差し出す。


“私は「ごめんなさい」言えないから、態度で示すしかないんです。でも、分かりづらいですよね”


「いや。俺が冷静だったら、きっと気付いてた」

 そう言うと、俺を見る彼女の瞳が柔らかく細められる。

 彼女がわずかに首を傾けると、サラサラの髪がなめらかな頬の上で少し揺れた。



「じゃ、そろそろ行くから。作業の邪魔してごめんな、大野 チカちゃん」

 なぜか、彼女の名前がスルリと零れた。

 ビクッとした彼女が、大急ぎでメモを書いて俺に見せる。


“どうして私の名前を知っているんですか?”


「ああ、さっき友達が言ってた。可愛くって有名なんだってね」

 

すると真っ白な頬を桃みたいにピンクに染めて、また何やら書いている。


“私は可愛くなんかありません。子供っぽいだけです。それに、有名なのは桜井先輩です”


 見せられたメモにはそう書いてあった。


「どうして俺の名前知ってんの?」


 クスクス笑いながら、彼女はペンを走らせる。


“すごくかっこいい先輩が転校してきたって、友達が大騒ぎしてます。それで、名前を知りました”


―――やれやれ。同学年だけじゃなくて、1年でも騒がれてんのか。


 普通なら喜ぶところだろうが、俺としては気が重いだけしかない。


 彼女はまだ何か書いている。

「なになに?“私、顔がいい人は苦手なんです。なんだか高飛車な感じがして”。……え!?」


―――俺って、この子にそんな風に思われてたのか!


 確かに、あの廊下での態度は冷たく偉そうで、初めて会った彼女にそう見られても仕方ない。

 気が重くなった事に加えて、なんだか分からないけど、ものすごくショックだ。


 しょんぼりと目を伏せる俺に、彼女は次のページに書いていたメモを差し出してきた。


―――もっとショックなことが書いてあったらどうしよう。


 ドキドキしながら、文字を目で追う。

 ところが、そこに書かれていたのはちっともショックな事ではなくて。


“でも、桜井先輩はそんなことないんですね。表情がコロコロ変わって、子供みたいなところもありますし。それに、心の傷を心配してくれる優しい人です”


―――よかった。


 そっと安堵のため息を漏らす。

 彼女に嫌われていなかった事が嬉しかった。


「俺は高飛車なんかじゃないよ」


 苦笑いしながらそう言うと、すかさず差し出されるメモ。


“顔がいい事は否定しないんですね”


 下から俺の顔をチロリと見上げてくる。


「あっ、そのっ」

 彼女の鋭い突っ込みに、言葉が出ない。


 あたふたしていると、ペロッと舌を出す彼女。


“意地悪なこと書いて、ごめんなさい”


 そして、少し間を空けた下のほうに 

“先輩は本当にかっこいいです”

 と書いてあった。


「え?」

 びっくりしてメモから顔を上げると、彼女の頬が苺のように真っ赤に染まっていた。


 顔の事を人に言われるのは嫌いだった。

 だけど、彼女にかっこいいと言われた事がなんだか嬉しくて。

 これまでにない感情に、どうしていいか分からない。

「う……、えと……、あ、ありがと」

 結果、間抜けな返事しかできない俺。


 彼女はそんな俺にちょこんと頭を下げると、隣りの司書室へと入っていった。



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