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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第7章 変わってゆく俺
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(2)幸せであるように


 12月9日がチカの誕生日だと、小山に教えられた。


「1週間後かぁ。何かプレゼントしたいよな」

 部屋で雑誌を読みながら、ふと呟く。

「やっぱりペンとメモかなぁ」


 俺と付き合うようになってから、チカのメモの消費量が格段に増えた。

 自分ではおしゃべりだと思っていなかったが、チカといるとずっと話している気がする。

 そうなると、必然的にチカのメモはどんどん使われてしまうのだ。


「でも、それだけじゃつまんないか。チカが喜びそうなものってなんだろう」

 しばらく頭を巡らせるけれど、いい案は浮かばない。


「……仕方ないな」

 俺は立ち上がって部屋を出た。



 残業している伯父さんの帰りをリビングのソファーで待っている伯母さんのところへ向かった。

 ゆったりとテレビを見ていた伯母さんが俺に気がつく。

「あら、晃君。どうかした?」

「う、うん……」

 相談するつもりで来たのだが、いざとなると恥ずかしくて言い出せない。


 なかなか口を開かない俺に、伯母さんが尋ねる。

「何か悩み事でもあるの?」

「まぁ、そんな感じ」

 突っ立ったまま視線をさまよわせていたら、伯母さんが吹き出した。

「はっきり言ったら?“好きな人”のことで、何か相談があるんでしょ?」

「え!?」

 思わず目を瞠る。


 チカのことはまだ伯父さんにも伯母さんにも話していないのに、どうして分かったのだろう。


 そんな俺の心情を読み取った伯母さんが説明してくれる。

「このところの晃君、すごく明るくなったもの。きっと彼女が出来たのよって、順二さんと話してたのよ」

「あ、ああ。そうなんだ……」


 知られていると分かって恥ずかしさが増したけれど、かえって肩の力が抜けた。


「あの……、もうすぐ彼女の誕生日なんだ。一応プレゼントは決めたんだけど、それだけじゃなんか物足りない気がして。女の人は何をもらったら喜ぶ?」


 俺にとって、チカが初めての彼女。

 今まで女性と付き合ったことはないし、母親以外の女性にプレゼントなんかしたことが無かった。

 付き合うどころか、極端に接触を避けていたので女子のことがまったく分からない。

 “オンナは厄介な生き物”という認識しか抱いてこなかった俺だから、女性の好みなんて、これまで一切知ろうともしなかったのだ。


「そうねぇ」

 伯母さんはゆっくりと視線を巡らせて、少し考える。

「アクセサリーなら、たいていの人は喜ぶわ。特に指輪」

「指輪?」

「そう。ネックレスやピアスと違って、異性から贈られる指輪には意味があるのよ。結婚式で交換するのは、昔から指輪でしょ」

「あ、確かに」

「好きな人からもらう指輪は更に特別な意味を持つわ。ずっと一緒にいたいっていう意思表示だから」

 そう言って伯母さんは薬指にはめられている指輪に視線を落とし、幸せそうに微笑んだ。




―――指輪かぁ。チカにプレゼントしたら、すっごく驚くんだろうな。真っ赤になって、オロオロしてさ。


 慌てふためく彼女の姿が簡単に想像できて、つい口元が緩む。


 そんな俺の様子に、伯母さんが苦笑した。

「ふふっ。晃君、よほどその子が好きなのねぇ」

「な……、何言ってんの。やだな、伯母さん」

「照れなくたっていいのに。今の晃君、幸せそうな顔をしてたわ」

 伯母さんが目元を穏やかに細めて言う。

「あっ、そ、そう?」

 ズバリと指摘され狼狽える俺を見て、伯母さんは更に優しく微笑む。

「ええ、とっても幸せそうよ。晃君にそんな顔をさせる彼女を、私達にぜひ紹介してね」


 俺を変えてくれたチカを、伯父さんと伯母さんに会わせよう。

 きっと、チカのことを気に入ってくれるはずだから。


「うん、近いうちに」

 そう言って、リビングを後にした。




 部屋に戻って、携帯電話を取り出す。

 伯母さんに『指輪を買う時にはサイズを確認しなさいね』と、注意されたのだ。

 チカには内緒で用意するから、本人には聞けない。……と、いうことで小山に電話することにした。


 彼女には絶対に秘密だからと念を押すと、小山はニヤニヤするのを隠しもしない。

『へぇ、桜井がチカちゃんのために指輪を買うのかぁ。うわぁ、マジで惚れてんだぁ』

「うるさい、冷やかすな!!」

 受話器に向かって、思い切り怒鳴ってやった。

『はいはい、そんなに怒鳴るなって』

 それ以上冷やかしてくることは無かったが、相変わらず受話器越しにニヤけた雰囲気がバシバシと伝わってくる。


 相談する相手を間違えただろうか。

 とはいえ、こんな話、小山以外にはできない。


 苦々しく思いながら、話を進める。

「それで、指輪のサイズは分かりそうか?」

『俺の母さんが趣味でいろんなアクセサリー作っててさ。チカちゃんにもいくつかプレゼントしたことあるみたいだから、たぶん分かると思うよ』

 折り返しかけるからと言って、小山は電話を切った。



 そして待つこと10分。

 小山はきちんと調べてくれた。

 おまけにお母さんには、『くれぐれもこのことはチカちゃんに内緒で』と、しっかり口止めをしてくれたようだ。

 こういう気の回るところは頼もしい。


 サイズを教えてくれた後も散々俺をからかってきたが、電話を切る間際『チカちゃんをよろしく頼むよ』と、至極真面目な声で言われた。

 今まで聞いた事のない、真面目な声。


「小山?」

『ホントに頼むな。チカちゃんはこれまでつらい思いを沢山してきたから、絶対に幸せになってほしいんだ』


 真剣な声から伝わってくる、痛いほど真摯な想い。

 小山にとって、チカは大切な大切な妹なのだろう。


「うん、分かってるよ」

 小山の気持ちが伝わり、俺は素直にうなずいた。

『泣かせたら、ただじゃおかないからな』

「大丈夫だって」

『絶対だぞ!』

「任せとけ」

『万が一チカちゃんが泣いたら、容赦なくぶん殴るからな!それこそ、顔の形が変わるくらい』

「分かったって言ってるだろ!あーっ、しつこい!!」


 そんなやり取りを数回繰り返す。


「もういいだろっ。切るぞ!」

 乱暴に言い捨て、終話ボタンに指をかける。

 すると小山は電話の向こうで慌てた声を出した。


『ま、待ってくれ。最後に一言っ』

「ったく、なんだよ」

 はぁ、とため息をつきながら、小山の言葉を待つ。

 

 受話器から聞こえてきたのは、



『桜井。お前も幸せになれよ』


 という言葉だった。




 照れたように言ってくるから、俺も釣られて照れる。

「な、なんだよ。急に……」

『俺はイトコのチカちゃんも大切だけど、友達のお前も大切なんだ。だから、さ』


―――本当にいい奴だよ、小山は。


 ちょっと胸がジンとする。

「ありがとな。でも、俺はもう十分幸せだから心配すんな」

『うっひゃ~!桜井の口からそんなセリフが聞けるとは。こりゃぁ、明日は槍が降りそうだ』

「なんだとっ!」

『あははっ、冗談だって。じゃあな』

「ああ」


 俺たちは電話を切った。





 畳んだ携帯を持ったまま、ゴロリと床に寝転ぶ。


―――“幸せ”かぁ。


 軽く目を閉じて、屈託のない彼女の笑顔を思い浮かべた。

 それだけで、心がホワッと温かくなる。


 

―――俺がそばにいることで、チカが幸せになるといいな。




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