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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第7章 変わってゆく俺
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(1)強い心




 ファンクラブは解散となった。


 松本たちが腹いせに何か行動を起こすかもしれないと心配していたけれど、俺に怒鳴られたことがよっぽど怖かったのか、大野さんに危害を加えるようなことは一切ない。



 付き合い始めて2週間。

 俺は彼女のことを『チカ』と呼び、チカは俺のことを『アキ君』と呼ぶようになった。

 呼び方が変わったおかげで、もっと仲良くなった気がする。

 照れくさくてくすぐったい毎日だが、温かな幸せを感じていた。


 チカと過ごせる高校生活はあと少し。年が明ければ俺たち3年生は自宅学習となる。

 今のように毎日は会えなくなるから、俺は出来る限りチカと一緒にいる時間を作った。



「桜井。これまでとはぜんぜん違うな」

 いそいそと帰り支度をしている俺を見て、小山があきれたように言ってくる。

「そうか?……どうだろ、自分じゃ分かんねぇけど」

「別人だよ、別人。いつも楽しそうだしさぁ」

「まぁ、それは当たってるよ。実際楽しいし」

「はいはい。ノロケてないで、早くチカちゃんのところに行ってあげれば?」

「なんだよ。お前から話しかけてきたくせに」

 ペンケースをカバンに突っ込んで、俺は席を立つ。

「じゃぁな。俺、待ち合わせしてるから」

「ああ。チカちゃんによろしくな」

 小山と軽く手を振り合って、教室を出た。




 チカと一緒に帰る事が、付き合いだしてからの日課となっている。

 彼女に図書委員の仕事がある時は、終わるまで図書室で自習して時間を潰すことにしていた。

 一年の授業はもう終わっているから、既に彼女は委員の仕事中だろう。

 俺はまっすぐ図書室に向かった。


 中に入ると本を読んだり、勉強をしている生徒たちの姿はあったが、彼女の姿はない。


―――あれ、どうしたんだろう。


 とりあえず手近なイスにカバンを置いた。

 見える所にいないということは、奥の棚で本の整理をしているのかもしれない。


 俺は背の高い本棚の間を静かに移動してゆく。

 すると、チカは一番奥の専門書が置かれた一角にいた。腕を伸ばして、さらに爪先立ちで本を棚へ入れようとしている。

 あまりに必死な姿が可愛らしくて、しばらく見守っていた。


 ところが、腕をしびれさせた彼女の手から分厚い専門書が滑り落ちる。


「危ないっ!」

 とっさに駆け寄って落ちてくる本をつかんだ。

 突然現れた俺に驚いて、ぱちぱちと瞬きを繰り返しているチカ。

 俺は受け止めた本をそっと棚に押し込み、彼女の頭をポンポンとたたいて苦笑する。


「小さいのに無理したらダメだろ」

 

 チカはものすごい小柄ということではないけれど、俺の背が高いので身長差が20センチ以上はあるのだ。


“小さいって言わないでよ!”


 プリプリと怒りながら、書いたメモを俺に見せる。


―――なんで怒るのかなぁ。この小ささがいいのに。


 ムキになって顔を赤くする彼女が可愛くて、ついからかってしまう。

「小さいよ。うん、小さい、小さい」 


“そんなことないもん!!”


 プゥッと頬を膨らませるチカ。


「そんなことあるって」


 彼女の手首をつかんでグイッと引き寄せた。

 よろけたチカが俺の胸に倒れこんできて、それを抱きしめる。

「小さいから、俺の腕にすっぽり収まるよ。ちょうどいいサイズだね」

 クスクスと笑いながら彼女の耳元で囁く。

 するとチカの耳が、怒りとは別の意味で赤く染まった。





 その後、俺はおとなしく自習をして、チカの仕事が終わるのを待っている。

 時々チカが俺を見て、さっきの事に対する照れ隠しにべぇっと舌を出してくるけれど、俺がずっとニコニコしているから諦めたらしく、黙々と作業をしている。



―――チカは見ていて飽きないよ。


 彼女といると、つまらないと思うことがなくなった。

 まさに、人生が変わったと言えるかもしれない。


―――小山の言うとおり、ぜんぜん違うな。


 そう思えるようになったのはチカがいるから。


―――彼女の何が俺を変えたんだろう?


 俺は教科書に視線を落としながら、ボンヤリと考えていた。







 チカの仕事が終わり、俺たちは近くのファーストフード店に入る。


「チカ、さっきは何を買ったの?」


 ここに来る前、彼女は“買いたい本があるから”と、本屋に寄った。

 チカはテーブルの上に一冊の本を載せる。それは優しい線で描かれた猫が表紙の絵本。

 パラパラと中をめくると、そこには短いけれど穏やかな言葉がたくさんある。

 この年になって絵本に興味はないけれど、この本はいいなって思った。


「これがどうかした?」


“好きな作家さんなの。私、将来は絵本作家になろうと思うんだ”


 少しはにかみながらメモを差し出してきたチカの瞳は、まっすぐと力強い。


―――チカは自分にハンデがあっても、しっかりと先を見てるんだ。


「チカはえらいな。話せないのに、前に進もうとしてる。強いよ」

 

しみじみそう告げると、チカは首を横に振った。


“私はぜんぜん強くないよ。『声が出なくなる』って聞かされた時、すっごく泣いたもん。私には未来がないんだって思えて、本気で死んじゃおうかって考えたりもしたし”


 彼女はペンを止めて、ふうっとため息をつく。 そしてチラッと俺を見てから、またペンを動かした。


“でもね、声が出ないからってそこで私の人生が終わるわけじゃないって気がついたの。もちろん不便だし、つらいこともあるけど、泣いたって私の声は戻ってこないから。

 だったら、今の自分に出来ることを精一杯やろうって決めたんだ。どうせ生きるなら、楽しいほうがいいもんね”


 チカは笑顔とともに、小さなガッツポーズを見せる。



 チカの気持ちの切り替えは、俺が言葉に対して期待しなくなったことと同じことなのだろうか。

 人生をあきらめたってことなのだろうか……。


「それってさ、色んなことを諦めたって意味?」


“ん~、あきらめるというのとは違うかも。なんて言うのかなぁ”


 チカがメモの上でペン先をウロウロさせながら首をひねる。


“うまく言えないけど、『覚悟を決めた』って感じかな。メソメソしているよりも、逃げないで受け入れてしまったほうが、きっと笑って生きていけるって思ったの”


 チカはペンを置いてジュースを飲み始めた。

 その表情に、自分の人生を悲観している様子はない。


―――やっぱり、チカは強いよ。


 俺なんて簡単に諦めて、逃げ出して、自分から壁を作って、人を信用しなくなった。

 これまで、本当につまらない人生だった。



 そんな俺だけど、チカといれば変われるだろう。

 これから先は楽しい未来が待っている。


 チカがいてくれれば。


●ご無沙汰しまくりで、ごめんなさい。

 諸事情によりへこみまくっていましたが、どうにか連載を再開できるようになりました。


今後とも宜しくお願い致します。

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